「グレート・ギャツビー」を追え
ジョン・グリシャム/村上春樹・訳/中央公論新社
村上春樹の翻訳最新作は、トム・クルーズ主演の映画『ザ・ファーム 法律事務所』の原作者にして、弁護士ミステリで有名なジョン・グリシャムの作品で、プリンストン大学からフィッツジェラルドの直筆原稿が盗み出されて、さあ大変――という話。
恥ずかしながらこの私、第三章に入るまでこの小説をノンフィクションだと思って読んでました。
なんでそう思い込んでいたかはさだかじゃないけれど、おそらく村上春樹とギャツビーの組み合わせで、これがフィクションのはずがないと思い込んでしまっていたのだと思う。あと、『ムンクを追え!』という似たタイトルのノンフィクション(十年以上前に買ったのに読まないまま放置していたらすでに絶版になっている)があるのもきっと影響したんだろう。
まぁ、現実にフィッツジェラルドの直筆原稿が盗まれるなんて事件があったら、それなりのニュースになるはずだから、知らないはずがないだろうって話なんだけれど。
そういえば、僕は高校時代に春樹氏のデビュー作『風の歌を聴け』を読んだときにも、作中に出てくる作家デレク・ハートフィールドを実存の作家だと思い込んでいたし、どうも村上春樹という人には昔から騙されやすいみたいだ。
――って失礼。騙してないですね。俺が勝手に思い込んでしまっていただけ。
まぁただ、言い訳をさせてもらうと、この小説の最初の二章はけっこうドキュメンタリー・タッチだと思う。
窃盗団がプリンストン大学で偽装テロ事件を起こして原稿を盗み出す顛末を描いた第一章と、そこからいきなり脱線してフロリダの人気書店のオーナーの経歴を紹介した第二章は、会話等ほとんどなしの叙述がつづくせいもあって、うっかり者の僕にノンフィクションと思い込ませるのも無理ない内容だった。
おやっと思ったのは、そのあとの章。売れない女性作家マーサー・マンが登場して、保険会社の敏腕調査員の女性イレインから潜入調査の協力を依頼されるくだりにいたって、さすがにこれはフィクションじゃなかろうかと思うようになった。
そしたら、そこからがこの作品の本編だった。
経済的な理由からやむなくその仕事を引き受けたマーサーは、いまは亡き祖母の屋敷に滞在して執筆活動にいそしむという口実でフロリダを訪れ、盗まれた原稿を隠し持っているのではないかと疑われている女ったらしの書店オーナーや、その土地の作家たちと知己を得て、つかのまのホリデー気分を満喫することになる。
ということで、盗まれた『グレート・ギャツビー』の行方を追う迫真のノンフィクションかと思っていたこの作品は、悩める女性作家が密かな任務を帯びて訪れた思い出の地で、当地の文学コミュティの一員として迎え入れられて、楽しい日々を過ごすという、予想外の(でもおもしろい)エンターテイメント小説だった。
ジャンル的にはミステリかもしれないけれど、謎解き要素は希薄です。
(Dec. 05, 2020)