2020年12月の本

Index

  1. 『「グレート・ギャツビー」を追え』 ジョン・グリシャム
  2. 『葡萄園の骨』 アーロン・エルキンズ
  3. 『マルドゥック・ヴェロシティ』 冲方丁

「グレート・ギャツビー」を追え

ジョン・グリシャム/村上春樹・訳/中央公論新社

「グレート・ギャツビー」を追え (単行本)

 村上春樹の翻訳最新作は、トム・クルーズ主演の映画『ザ・ファーム 法律事務所』の原作者にして、弁護士ミステリで有名なジョン・グリシャムの作品で、プリンストン大学からフィッツジェラルドの直筆原稿が盗み出されて、さあ大変――という話。
 恥ずかしながらこの私、第三章に入るまでこの小説をノンフィクションだと思って読んでました。
 なんでそう思い込んでいたかはさだかじゃないけれど、おそらく村上春樹とギャツビーの組み合わせで、これがフィクションのはずがないと思い込んでしまっていたのだと思う。あと、『ムンクを追え!』という似たタイトルのノンフィクション(十年以上前に買ったのに読まないまま放置していたらすでに絶版になっている)があるのもきっと影響したんだろう。
 まぁ、現実にフィッツジェラルドの直筆原稿が盗まれるなんて事件があったら、それなりのニュースになるはずだから、知らないはずがないだろうって話なんだけれど。
 そういえば、僕は高校時代に春樹氏のデビュー作『風の歌を聴け』を読んだときにも、作中に出てくる作家デレク・ハートフィールドを実存の作家だと思い込んでいたし、どうも村上春樹という人には昔から騙されやすいみたいだ。――って失礼。騙してないですね。俺が勝手に思い込んでしまっていただけ。
 まぁただ、言い訳をさせてもらうと、この小説の最初の二章はけっこうドキュメンタリー・タッチだと思う。
 窃盗団がプリンストン大学で偽装テロ事件を起こして原稿を盗み出す顛末を描いた第一章と、そこからいきなり脱線してフロリダの人気書店のオーナーの経歴を紹介した第二章は、会話等ほとんどなしの叙述がつづくせいもあって、うっかり者の僕にノンフィクションと思い込ませるのも無理ない内容だった。
 おやっと思ったのは、そのあとの章。売れない女性作家マーサー・マンが登場して、保険会社の敏腕調査員の女性イレインから潜入調査の協力を依頼されるくだりにいたって、さすがにこれはフィクションじゃなかろうかと思うようになった。
 そしたら、そこからがこの作品の本編だった。
 経済的な理由からやむなくその仕事を引き受けたマーサーは、いまは亡き祖母の屋敷に滞在して執筆活動にいそしむという口実でフロリダを訪れ、盗まれた原稿を隠し持っているのではないかと疑われている女ったらしの書店オーナーや、その土地の作家たちと知己を得て、つかのまのホリデー気分を満喫することになる。
 ということで、盗まれた『グレート・ギャツビー』の行方を追う迫真のノンフィクションかと思っていたこの作品は、悩める女性作家が密かな任務を帯びて訪れた思い出の地で、当地の文学コミュティの一員として迎え入れられて、楽しい日々を過ごすという、予想外の(でもおもしろい)エンターテイメント小説だった。
 ジャンル的にはミステリかもしれないけれど、謎解き要素は希薄です。
(Dec. 05, 2020)

葡萄園の骨

アーロン・エルキンズ/嵯峨静江・訳/ハヤカワ・ミステリ文庫

葡萄園の骨〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

 遺骨を鑑定して難事件の謎を解き明かすスケルトン探偵シリーズの翻訳最新作。
 最新作とはいっても、刊行されたのはもう七年も前のこと(積読の放置がひどい)。そもそも、この本は発売された時点で前作の『騙す骨』から四年も間があいていて、2016年に出た次回作(現時点でシリーズ最後の一作)は翻訳が出ていないので、これがシリーズの本邦最終作になる可能性も大だ。ハヤカワさんがすっかり翻訳ミステリの大本山としての矜持を失ってしまったようで寂しい。
 ――なんて辛気くさい話を抜きにすれば、作品自体のおもしろさは今まで通り。
 今回の話は仕事とバカンスを兼ねてジョン・ローとともに奥さん同伴でイタリアを訪れたギデオン・オリヴァーが、お世話になるワイナリーの故オーナー夫妻の遺骨をそうとも知らずに鑑定することになるというもの。無理心中だと思われていたその事件が、ギデオンの鑑定により他殺だと判明する展開が本シリーズならではの醍醐味だ。
 探偵役が血なまぐさい事件や警察とは基本無関係だからだろうか。決してミステリ史上に残る傑作シリーズだとは思わないけれど、このシリーズにはここでしか味わえない魅力があるように思う。ひさびさに(だから十年ぶりに)読んだから、なおさら新鮮で楽しかった。たまに読むミステリって、本当にいいよなって思いました。
 まぁ、最近はずっとクリスティーを読んでいるから、ミステリがひさしぶりってわけではないけれど、昔のミステリといまのミステリは感触が確実に違う。自分の生きる時代に沿った作品には、いまの話だからこそって楽しさがある。
 早川さん、願わくば未訳の第一作と最新作を出して、シリーズをコンプリートしていただければと切に思います。いやもう無理かな………。
(Dec. 22, 2020)

マルドゥック・ヴェロシティ

冲方丁/早川書房/Kindle(全三巻)

マルドゥック・ヴェロシティ1 新装版 マルドゥック・ヴェロシティ2 新装版 マルドゥック・ヴェロシティ3 新装版

 『マルドゥック・スクランブル』のスーパーヴィラン、ディムズデイル・ボイルドがいかにしてウフコックと袂をわかつことになったかを描く前日譚。
 前作でのラスボス的な悪役を主人公にしている点で、『スター・ウォーズ』のエピソード1~3に通じる性格の作品。
 で、あの映画のアナキン(ダース・ベイダー)が悪役ではないように、この作品のボイルドにも悪役っぽさはまったくない。特殊能力を持つサイボーグ・チームを率いる頼れるリーダーって感じ。
 ――と書いてから思ったけれど、ボイルドのキャラからすると、『スター・ウォーズ』よりも『ターミネーター2』に例えたほうが適切な気がする。とにかく、前作の悪役が善玉として大活躍するというのがこの作品の要。
 物語は「100」という数字をつけたプロローグでボイルドがルーン=バロットに敗れる回想シーンを描いたのちに、過去にさかのぼって本編に入り、そこから1ずつカウントダウンしていって、最終章でグラウンドゼロ(爆心地)を意味するエピローグ「0」にいたるという気のきいた構成で、ボイルドを含む特殊能力者たちのチームが「楽園」を出て、マルドゥック・シティで特殊任務を与えられ、自分たちと似た特殊能力を持つ暗殺者集団と血みどろのバトルを繰り広げ、その組織を裏であやつる黒幕の正体を暴くまでを描いてゆく。
 『マルドゥック・スクランブル』にもフリーキーな殺人集団が登場したけれど、こちらの悪役チーム、カトル・カールは人数が多くてキャラも立っていて、前作に輪をかけてフリーキー。デフォルメされた悪役たちの奇矯さには、ちょっと筒井康隆を思わせるところがある。あと、十二対十二のチーム戦が繰り広げられ、敵味方がバタバタと死んでゆくという展開もあって、山田風太郎の忍法帖のSF版的な印象も強い。
 要するにエログロ――いや、というにはエロは控えめだけれど、全編にわたって、とにかくグロい。そして血なまぐさい。登場するキャラクターが多くて、誰が誰だかってわかりにくさもある。脚本のト書きのような特殊な文体(エルロイを意識しているとかなんとか)で書かれていることもあって、小説としてもいささかとっつきにくい。なのであまり万人向けのエンターテイメントとはいいがたいと思う。
 ただ、小説としてはとてもパワフルでおもしろかった。特異な文体も慣れれば気にならないし、ボイルドが文字通りの毒婦と恋に落ちるという純愛小説的なプロットが組み込まれている点も胸を打つ。歯ごたえのあるエンターテイメントとして、前作とはまた違った魅力のある小説だった。
 この小説の唯一の問題は、これを読むと、どうしたって『マルドゥック・スクランブル』を読み返したくなること。あぁ、圧倒的に時間が足りない。
(Dec. 30, 2020)