皇帝のかぎ煙草入れ
ジョン・ディクスン・カー/斎藤数衛・訳/早川書房/Kindle
Kindleで安く買えたので読んでみることにした古典ミステリの名作。
ジョン・ディクスン・カーは若いころに『火刑法廷』を読んだことがあって、その作品がまったくぴんとこなくて――それこそまったく内容をおぼえていないくらいなので――それきりほかの作品を読もうという気にならないでいた。
だから今回のこれもそれほど乗り気しないまま、でも安さにつられてつい買っちゃったからなぁ……とか思って読み始めたのですが。
うん、これはよかった。なるほど、名作として読み継がれてきたのがわかる。こういう作品が書ける作家の作品なのだから、もしかしたら『火刑法廷』も、いま読めばまた印象が違うのかなと思った。
このミステリはひとりの美女を中心に展開する。
夫の浮気が原因で離婚したばかりのイヴは、隣の屋敷に住む貴族の一家と懇意になり、やがてその家の息子と婚約するにいたる。
そんな彼女のもとへ、ある夜遅く、元夫が押しかけてくる。
合鍵をつかって勝手に入ってきた彼は、寝室にいた彼女に詰め寄り復縁を迫る。
深夜に元夫と寝室でふたりきり――この外聞をはばかる状況のもとで、彼女は窓越しに隣の屋敷でフィアンセの父親が殺されているのを目撃してしまう。
元夫と一緒にいたことを隠しておきたい彼女が、どう対処したらいいかと頭を悩ませているあいだに、事態は思いがけない展開をみせ、なんと警察からは彼女が殺人の容疑者とみなされることに……。
さて、ご当地の警察署長に連れられて事件に関与してきた心理学者のキンロス博士は、いかにして彼女の冤罪を晴らしてみせるのか?
――あらすじのまとめ方が下手すぎて、イヴが逮捕されるにいたる展開がとても唐突な印象になってしまっている気がするけれど、実際に読んでいると、殺人を目撃したあとのどたばたした展開で、あ、これはきっと彼女が容疑者として疑われることになるんだなというのがわかる。その辺の話の持っていき方が上手いなと思った。
でもって、予想通り彼女に殺人の容疑がかかるのだけれど、その時点でひとつだけ、そこまでの展開では語られていない決定的な物的証拠――それがタイトルの『皇帝のかぎ煙草入れ』に由来する――が見つかる。
え、なぜ?――という僕らの疑問に対するその答えが、ちゃんとこのミステリの鍵となっている。そこのところがとても上手いし、フェアで、素晴らしいと思った。
探偵が美女にほだされちゃうなんだそりゃな結末も、それはそれでおもしろみがあった。元夫婦の痴話喧嘩的な導入部からその結末まで、けっこうメロドラマ的な要素が多いのも一興だ。
ちなみに舞台はフランスで、殺人の容疑を受ける美女も、その嫌疑を晴らす探偵もイギリス人。なのに書いている作家はアメリカ人という。これはそんな不思議な組み合わせの小説だったりもする。
(Sep. 26, 2026)

















![Foreign Tongues [Explicit]](https://m.media-amazon.com/images/I/51hW+VocVTL._SL160_.jpg)
