Coishikawa Scraps

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2026-01-15RADWIMPS@有明アリーナ New!
2026-01-12『ストレンジャー・シングス シーズン5』
2026-01-08『高校のカフカ、一九五九』
2026-01-04ずっと真夜中でいいのに。@東京ガーデンシアター
2025-12-31『プリンス論』
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RADWIMPS

RADWIMPS 20th ANNIVERSARY LIVE TOUR/2025年12月27日(土)/有明アリーナ

あにゅー

 2025年最後のライブは、RADWIMPSの二十周年ツアー最終日@有明アリーナ。

 前回RADWIMPSを観たのは2019年のことだから、これがじつに六年ぶり。気がつけばずいぶんと間が空いてしまっていた。

 まぁ、その前に観たのが十周年ツアーファイナルなのだから、この十年に関しては、ほぼ観ていないも同然だったことになる。

 ラッドが好きだといいながら、あまりライヴに足を運んでいないのは、彼らのライブが僕にとってはいささかアウェイだから。

 ラッドのファンの人たちって、本当によく歌う。アンコールの待ち時間に『もしも』を合唱するルーティーンはいまだに現役だったし(誰かの「せーの!」ってかけ声で始まったのには驚いた)、洋次郎が率先して要求するからっていうのもあるけれど、ライブ本編でもあたりまえのように歌う。どの曲でどう歌うかとかが、ちゃんとオーディエンスのあいだで共有されている感がある。

 そういう参加型のライヴって、はいり込める人にとってはこの上なく楽しいんだろうけれど、残念ながら僕はそういうタイプの人間ではないので、その手の和気あいあいとした輪の中にはまず入れない。結果いまいち居心地の悪い思いをすることになる。

 『おしゃかしゃま』での即興バトルとかも、定型化されすぎていて僕はあまり好きではないんだけれど、まわりはやんやと囃したてて、嫌だなんていえない雰囲気がある。

 あと、なぜだかラッドのライブでは環境に恵まれないことも多くて、オールスタンディングのときには前の人が大きくてよく見えなかったり、規制退場では最後まで残されたり、退出の雑踏にのまれて立ち往生したり、フェスではそばの人のおしゃべりに悩まされたりと、いつもなにやら楽しくない目にあっている。

 この日も終演後に退出ルートを制限されて、来たときとは違う道を歩かされて、駅までやたらと遠回りさせられた。なぜ毎回そんな目にばっかあうんだか。なんかすごい巡り合わせというか相性が悪い気がする。

 そんなこんなの積み重ねが、僕の足を遠ざけている要因。あとはうちの奥さんが聴かない(お気に召さないらしい)というのも大きい。エレカシやずとまよのチケットは彼女が率先して取ってくれているのに、ラッドは自分で取らないといけないので、不精な僕はついチケット争奪戦にめげて、最初から諦めてしまうことになる。

 でもまぁ、RADWIMPSというバンドが好きなのは本当なので、いまいち馴染めないと思いつつも、それでもたまにはライヴが観たくなる。今回は二十周年という区切りだし、うちの子がチケットを取ってくれたので、一緒に観にいくことができた。

 で、いざ観てみれば、アニバーサリー・ツアーということもあって、セットリストはファンならば文句のつけようのないサービス・メニュー。『ふたりごと』で始まり、『有心論』で終わるという、『おかずのごはん』の曲多めのセットリストは、あのアルバムでラッドを好きになった者としては、こたえられないものがあった。

【SET LIST】
  1. ふたりごと
  2. まーふぁか
  3. NEVER EVER ENDER
  4. ます。
  5. ワールドエンドガールフレンド
  6. Tummy
  7. me me she
  8. 賜物
  9. 棒人間
  10. 告白
  11. おしゃかしゃま
  12. DARMA GRAND PRIX
  13. DASAI DAZAI
  14. 三葉のテーマ ~ スパークル ~ グランドエスケープ [メドレー]
  15. トアルハルノヒ
  16. 筆舌
  17. 有心論
    [Encore]
  18. 正解
  19. 25コ目の染色体
  20. いいんですか?
  21. 会心の一撃

 そのアルバムから五曲、あと新譜『あにゅー』からも五曲というのが、たぶんアルバムとしては最多。せっかくの新譜なんだから、『あにゅー』からもっと聴けたら嬉しかったけれど、でもまぁ、二十周年記念という性格上、そういうわけにもいかなかったんだろう。とりあえず、この日は朝からずっと頭の中で『まーふぁか』が鳴っていたので、その曲が聴けたのは嬉しかった。でもその一方で、まさか『命題』が聴けずに終わるとは思わなかった。

 意外性があったのは、『三葉のテーマ』から入って、『スパークル』をワンコーラスだけ聴かせて、『グランドエスケープ』へとつないだ新海サントラメドレー。そこまでいったら『すずめの戸締まり』の曲もやるかと思ったのにやらなかった。

 ラッドのファンの人たちは元気に歌うだけあって歓声もすごくて、男の子が「よーじろー、愛してるよー」みたいなことを叫んで笑いを取ったりしていた。でも、そんなおふざけのあとに『筆舌』がしんみりと始まったのは、いささか決まりが悪かっただろう。お気の毒さま。

 ラッドのライブって本編最後はバラードで終わって、照明が落ちて真っ暗になり、挨拶もなしにメンバーが姿を消すってイメージだったんだけれど(少なくても僕が観た過去のステージはみんなそんな感じだった)、この日は最後が『有心論』で、洋次郎たちはちゃんと挨拶してステージから去っていった。そんなところの変化も、あぁ、二十年の節目のツアーなんだなぁって思わせた。

 そういや『棒人形』で洋次郎が冒頭の歌詞を間違えて歌い直したりしたのにも、あぁ、彼ももう四十代だもんなぁって思った。歳をとるとどうしたって間違いや物忘れが多くなるのは致し方なし。

 この日のライヴでなにが特別だったかって、そのあとのアンコールにスペシャルゲストが登場したこと。

 それがなんと山口智史だっ!!!! おお~! 場内騒然!!

 『25コ目の染色体』一曲だけとはいえ、まさかふたたび彼がドラムをたたくRADWIMPSを生で聴ける日が来ようとは……。僕みたいなすちゃらかファンがそんな貴重なライヴを観させてもらってしまって、なんとなく申し訳ない気分。

 山口くんはVXDという、ボーカルでバスドラの音を鳴らす特殊なドラムセットで演奏していたらしいのだけれど、遠くてそんなことはまったくわかりませんでした(ちなみに僕らの席はステージ向かって右手のスタンド四階の二番目くらいに遠いあたり)。

 バンドはラッドのふたりに、ドラムが森瑞希と繪野匡史という人のツイン・ドラムで、ギターが白川詢という新人の五人組。もともとツイン・ドラムのところに山口くんが加わったので、『25コ目の染色体』ではトリプル・ドラムという激レアな構成になっていた。

 いやしかし、十周年のツアーは山口くんの活動休止後で、二十周年の今回は桑原くん脱退後というのも、なんか不幸な巡り合せだ。三十周年ツアーは無事に洋次郎と武田、ちゃんとふたり揃って迎えて欲しい。

 でも、そのころには僕ももう七十近いので、さすがにもう観にゆけそうにない。

(Jan. 15, 2026)

ストレンジャー・シングス シーズン5

ザ・ダファー・ブラザーズ制作/ウィノナ・ライダー、デイヴィッド・ハーパー、ミリー・ボビー・ブラウン/2025年/アメリカ/Netflix(全8話)

 海外の配信作品では年末一の話題作って感じだった『ストレンジャー・シングス』の最終シーズン。

 残念ながら今シーズンはシリーズでもっとも出来が悪いと思った。つまらなかったとまではいわないけれど、ひっかかるところが多すぎて、どうにも楽しみ切れなかった。

 このドラマはいたいけな子供たちやふつうの人々が、未知のモンスターに襲われて右往左往しながらも、なんとか事態を切り抜けてゆくスリリングさが魅力だったのに、今回は主要キャラがやたらと暴力的なのがとにかく駄目。

 彼らはホッパーとエルを中心にしたアンダーグラウンドのゲリラ勢力みたいになっていて、ホッパーはアーミーに対して平気で銃を乱射したり、手榴弾を投げつけたりする。ナンシーまでライフルを撃ちまくる展開においては、なんだそりゃだ。人を殺すことに対してなんの躊躇も逡巡もないところに違和感ありまくり。

 終盤でダスティンやスティーヴがランボーみたいな服装をしているので、『ランボー』に代表される八十年代のアクション映画へのオマージュのつもりなのかもしれないけれども、だとしたらちょっとピントがずれすぎではと思う。

 モンスターと戦うのならばともかく、同じ人間どうしで殺しあっちゃ駄目でしょう? 己の信じる正義のためならば他人の命を奪うのもやむなしという発想には、最近のベネズエラ侵攻に通じるアメリカの自分勝手さを感じる。普段ならそれほど気にならなかったのかもしれないけれど、観たのがちょうどその軍事侵攻の直後だったので、なおさら駄目な気がした。

 たかがエンタメ、されどエンタメ。政治と娯楽がともに他人の命を奪うことになんの罪悪感も覚えていないようなアメリカ人の倫理観には疑問しかない。

 このドラマに関しては、新型コロナウィルスや業界のストライキによる中断期間が挟まったために、主演の子供たちが成長してしまったのが最大の痛手だったように思う。

 子供のままだったら、もうちょっと節度のある展開が期待できたかもしれないのに、なまじ大人になってしまっただけに(まぁ、物語の中ではいまだ高校生という設定だけれども)イージーなアクション任せなシナリオになってしまった気がする。

 あと、ラスボスを前作で登場したヴェクナにしてしまったのも個人的には失敗だと思った。もともと人間だったキャラを倒せば世界が救えるという展開にはどうにも説得力がない。最後にそのキャラの首を落として終わりという残虐さについても、なんでそうなるのと思わずにいられなかった。

 最終話では二時間という映画並みの尺をとってクライマックスを描いたあとに、後日談として平和になった世界をたっぷりと見せてくれているけれども、それまでの展開があんまりだったものだから、どうにもハッピーな気分になれない。

 とにかく、アメリカという国が潜在的に持つ暴力性が、エンタメとして悪い形で噴出してしまったような完結編だったと思う。残念。

(Jan. 12, 2026)

高校のカフカ、一九五九

スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸・訳/白水社

高校のカフカ、一九五九

 前作同様、原書が厚すぎるという理由で、日本での出版事情を鑑みて二分冊になったスティーヴン・ミルハウザーの最新短編集・其の一。

 内容はいつも通りのミルハウザーだ。超常的なことはほとんど起こらないけれど、それでいて現実感を欠いた不穏な感触の物語ばかりが並んでいる。

 たとえば冒頭の短編では、どこかに電話をして「係の者がまもなく対応いたしますので、電話を切らずにそのまましばらくお待ちください」という自動応答メッセージを聞かされた女性が、待たされたことで記憶を刺激されて、電話口にいもしない話し相手に対して、若いころの異性にまつわる思い出を延々と聞かせる。

 ある男性は親密な関係にある恋人に、正面から向かいあうことを拒まれているし(精神的な意味ではなく肉体的に)、最後の短編では主人公の青年が、恋人の母親となにやら微妙なひとときの夕べを過ごすことになる。

 そういうミニマムな個人の物語の一方で、マクロな視点に立って、位相がずれた社会現象を描くのもミルハウザーの得意技。

 ある町では犯罪者に対して斬首刑が採用されて、広場でギロチンによる公開処刑が行われ、ある町ではマイホームに立てかけた梯子でどこまでも高く昇ってゆくのが流行って、転落死が社会問題になる。ある町では影芝居のブームが人々の生活を変えてゆく。

 もっともボリュームがある表題作『高校のカフカ、一九五九』は、カフカという男子高校生の日常を断片的に描いたもので、それだけならば普通の青春小説という印象だけれども、ところどころに同級生たちのインタビューがインサートされるのが味噌。

 それがあることで、その子が将来なんらかの形で有名になるんだろうなって読者の僕らは勝手に想像する。ただし、カフカくんが将来どんな大人になるのかは明かされない。偉くなるのか、悪いことをするのか。真相は藪の中。おかげでこの作品はふつうの青春小説とはひとあじ違った不思議な感触を残す短編に仕上がっている。

 そんなふうに物語性や会話劇ではなく、その小説の語りのみで世界を構築してゆく。スティーヴン・ミルハウザーほど、小説という表現形態によってどんなことができるかを突き詰めて考え、作品として形にしつづけている小説家も珍しいと思う。

 その存在は唯一無二。でもそれゆえに読むとちょっと疲れるので、年末の慌ただしい時期に読んだのをちょっと後悔した。不本意ながら今回は二分冊にしてくれて助かったかもと思ってしまった。

(Jan. 08, 2026)

ずっと真夜中でいいのに。

コズミックどろ団子ツアー/2025年12月22日(月)/東京ガーデンシアター

 ずとまよのファンクラブ会員限定アコースティック・ライブ『コズミックどろ団子ツアー』。その千秋楽のひとつ前の公演を東京ガーデンシアターで観た。

 平日にライヴがある日は仕事を休むのが習慣なのだけれど、この日は諸事情あって休みがとりにくい状況だったのと、通勤先の隅田川沿いのオフィスビル前から出ている都バスに乗れば、一本で会場へ行けることがわかったので、仕事を早退して観にいった。いくつもの橋を渡るバスに乗って、馴染みのない下町の風景を眺めながらライブに向かうというのも、なかなかおつなものだった。

 ずとまよのアコースティック・ライブはこれが第三弾で、最初がビルボードライブ(チケット取れなかった)、二回目がZeep DiverCityときて、今回は東京ガーデンシアター。しかも全国二十五公演。人気のほどがそのまま公演規模の変化に表れている。

 でも今回はこの広い会場が仇になった。

 アコースティックセットってことで、終始しっとりとした雰囲気で照明が暗めだったこともあり、最上階に近かった僕らの席からは、ほとんどステージが見えない。

 ずとまよ名物の凝ったステージセットも、中央に巨大なタマネギみたいな形のフレームに乗った天体図が配されていたのはなんとなくわかったけれども、ディテールはまったく識別できず。天体図の輪っかの一部で赤いランプが点滅していたけれど、それがなにを意味しているのかもわからない。なにより上から見下ろす形だったので、そのセットの中央にいるACAねがほとんど見えないのがダメージ大だった。

 東京ガーデンシアターというと、以前アリーナ席の後方でずとまよを観たときにも、前の人が邪魔でステージがよく見えなくてストレスだったし、ボブ・ディランも照明が暗すぎてまったく見えなかったし、なんでこんなに見えないの?――って経験ばかりさせられている。帰りは帰りで、動線を規制されて、駅に着くまで三十分も歩かされるし。ほんとこの会場は毎回やたらと印象が悪い。

 とにかくこの日のライヴも見えなさのせいで楽しさ半減だった。もとよりアコースティック・セットってことで期待度がいつもより低かったうえに、視覚的にもストレス過多ではなぁ……。

 ずとまよはACAねが顔出しNGだから、見えなくても関係ないように思えるけれど、顔が見えないのはともかく、動きも見えないとなると話が違う。せめてもう少し照明を明るくするか、スクリーンを配して欲しかった。

 そういう意味では今回のツアーは会場規模と演出がミスマッチだったと思う。少なくても席がよくないと十分には楽しめないステージだった。

【SET LIST】
  1. サターン
  2. 正しくなれない
  3. クズリ念
  4. 蹴っ飛ばした毛布
  5. グラスとラムレーズン
  6. Blues in the Closet
  7. 猫リセット
  8. 微熱魔
  9. スローモーション[中森明菜カバー]~味噌ネコの団子(黒猫のタンゴ)[メドレー]
  10. 低血ボルト [即興ver.]
  11. Ham
  12. 違う曲にしようよ
  13. 袖のキルト
  14. TAIDADA
  15. またね幻
    [Encore]
  16. 過眠
  17. 花一匁

 ライブ自体はアコースティックってコンセプトゆえ、いつもよりスローでシリアス度高めな内容。バンドメンバーはギターに菰口雄矢、キーボード岸田勇気、ドラム(パーカッション?)神谷洵平に、オープンリールの吉田兄弟という構成だった。前回はギターとピアノだけだったから、人数は倍増している。

 ライヴは「コズミック」と「アコースティック」というキーワードから連想する曲といえば、まずはこれっていう『サターン』でスタート。最初はACAねの弾き語りで、アウトロから菰口、岸田、神谷の三人が入ってくるアレンジ。

 最初の数曲はこの四人だけの演奏で、その後、どの曲からか忘れたけれど――『グラスとラムレーズン』あたり?――吉田兄弟が登場してからは、なにやら重低音が加わって、音作りが重厚になる。あれはオープンリールの効果なんすかね? なんか不思議な音のボリューム感だった。

 いずれにせよ、アコースティックな編成ゆえのアレンジの違いがこの日のなによりの聴きどころ。『永遠深夜万博』につづいてスローバラードとして演奏された『クズリ念』とか、意外性のあるスローなボサノバ調の『微熱魔』とか。アンコール〆の『花一匁』も前半部分が超スローでエモかった(若者言葉を使ってみるやつ)。かって知ったるイントロが、いつもとは違うリズムや音色で鳴り始めるのがとても新鮮だった。

 まぁ、暗さについて文句をいってしまったけれども、今回のツアーはACAねが深夜にひとり部屋で音楽を作っているシチュエーションを再現する、というようなコンセプトだったらしいので、照明を明るくできなかったのは致し方ないんだろう。でもだとしたら、せめてスクリーンは用意して、ディテールを映像として拾うとかして欲しかったなぁ……。

 あとね。全体的にシリアスな曲とアレンジばかりだったので、そこに差し込まれた吉田兄弟の余興が余計。

 それが楽しくて好きって人もいるんだろうけれど――というか、ACAねをはじめとした当事者たちは好きでやっているんだろうけれど――音楽至上主義の僕にとっては毎回余計すぎる。そんなことしている暇があるのならば、その分もっと音楽を聴かせてくれって思ってしまう。なまじこの日のステージはなにやってんだか見えなかったので、なおさらだった。素人の笑えない余興ほど寒いものはなくない?

 俺がエレカシが好きなのは、宮本がステージでほとんどしゃべらないからってのも大きいよなって思った。

 アコースティック企画では恒例の特選カバー曲は、意外や、中森明菜の『スローモーション』――と『黒猫のタンゴ』改め『味噌ネコの団子』のメドレー。『スローモーション』ではサビの最後の部分で「え、なにその歌い方?」と思ってしまうような、演歌的なコブシの効いたボーカルに驚いた(うちの奥さんは「ねっとりしていた」と表現してました)。

 すっかり定番となった三曲ランダムセレクション即興コーナーは、どろ団子の専門家(なにそれ?)の大学教授をステージにあげて、一緒にどろ団子を落として割れた方から出てきた曲をやるという趣向で、選ばれたのは『低血ボルト』だった。でも今回のこの曲は即興アレンジのためにACAねの出した指示がなんだか要領を得ず、その通りの演奏になっていたのかもいささか疑問。でもまぁ、大好きな『低血ボルト』が聴けたのは嬉しかった。

 そういや、今回はアコースティック・ライヴだから、しゃもじクラップはなしでお願いしますという話で、ツアーグッズのしゃもじもいつものように二枚セットになっていない一枚だけの特別仕様だったくらいなのに、それでいて座って観ていると、たまに「立ってもいいよ~」とか言われて(半ば強制的に)立たされる。結局アンコールも含めると三回くらい立つことになった。

 ベース抜きでの『TAIDADA』とか、ちゃんとダンサブルに成り立っているのすげーとか思ったし、立つコーナーは曲がアッパーなこともあり、照明が明るくなって、いちばん観やすかった。でも立ったりすわったりめんどくさいので、どうせならばずっと座ったまま見せてくれたほうが嬉しかったかなぁ……。

 というような感じで、今回のライヴは僕がこれまでに観たずとまよのライヴでは、残念ながらもっともマイナス要素が多かった。

 ほんと吉田兄弟の余興はいらないんだよなぁ……。あれが今後もつづくのならば、チケットもどんどん高騰しているし、もうそろそろずとまよのライヴとも距離を置いてもいいかなと思ってしまった。

 いやでもアンコールではひさびさに大好きな『過眠』も聴けたし。菰口くんのアコギのエッジーな音がとてもカッコよかったし、演奏は文句なしなんだよなぁ……。

 というような今回のツアー。暗さもあいまって気が散って集中しきれなかった感があるので(やっぱ仕事帰りなのもよくなかった気がする)、音源が配信されたら、それはそれで嬉しいかもしない。でもって、もし生で聴いていなかったら、それを聴いてライヴに行かなかったことを後悔するのが想像に難くない。ならばあとで後悔するよりは行って文句をいっている方がいい。

 ――ということで、この先いつまでつづくのかは不透明になってきたけれど、ひとまず来年以降も僕らのずとまよ行脚はつづく予定。

 次は二月末の日本武道館だっ!

(Jan. 4, 2026)

プリンス論

西寺郷太/新潮新書/Kindle

プリンス論(新潮新書)

 僕はプリンスのファンを名乗るにはおこがましいリスナーだけれど、それでもプリンスに対しては、ほかのアーティストにはない特別な思い入れを持っている。

 プリンスが『パープル・レイン』で一世を風靡した高校時代。サザン、ビートルズ、ストーンズ、スプリングスティーンなどを一緒に聴いていた友人らが、プリンスにはまったく関心を示さない中、僕ひとりが彼の音楽に夢中になった。

 僕にしたって最初から彼のことが好きだったわけじゃない。初めて『When Doves Cry』を聴いたときには、そのあまりの異質さになんだこりゃと思ったし、セクシャリティを前面に打ち出した彼のルックスは正直好みじゃなかった。

 それでも大ヒットしていたその曲は、聴くともなしに聴いているうちに、僕の中に深々と刺さっていった。どのタイミングで『パープル・レイン』を聴いたのか、記憶がさだかじゃないけれど、そのアルバムを聴くころには、僕はすっかりプリンスの音楽に夢中になっていた。『パープル・レイン』の試写会に応募して、ひとりきりで有楽町へその映画を観にいったりもした(いまの自分からは考えられない行動力)。

 そして、それまで比較的オーソドックスなロックファンだった僕の音楽志向は、プリンスの音楽の持つ多様性とクリエイティビティに触発されたことで、それまで以上の広がりを持つことになった。そのときに獲得した音楽性の広がりが、その後四十年以上にわたって、僕が音楽を聴きつづける原動力になったといっても過言ではない。

 かつての友人たちが高校時代の趣味のまま年を重ねて新しい音楽を聴かなくなってしまったのに、僕だけがいまだ飽きることなく音楽を聴きつづけているのは、もっとも多感なその時期にプリンスと出会った影響が大きいと思っている。

 いわばプリンスは僕の音楽人生における恩人のひとり――。

 さて、ということで前振りが長くなってしまったけれども、これはノーナ・リーヴスの西寺郷太が書いたそんなプリンスの入門書。

 奇しくもプリンスが亡くなる前の年に出た本なので、もしかしたら改訂版が出るかもと思って待っていたのだけれど、出ないまま十年が過ぎたので、ここいらで読んでしまうことにした。

 新書だからそんなに詳細な内容ではないし、キャリアの後半部分が駆け足になってしまっているのはいささか残念だけれど、それでもミュージシャンが片手間で書いたとは思えない、とてもしっかりとした内容に仕上がっている。

 西寺クンのなにがすごいかって、プリンスやマイケル・ジャクソンに出会ったのが小学校五年生のときだということ。

 その年で洋楽に――それもメロディよりもビートを強調したブラックミュージックに――目覚めるのって、単純にすごいなぁと思う。音楽家として世に出る人はひとあじ違う。

 でもまぁ、青春真っただ中の高校時代にプリンスやスプリングスティーン、最盛期のサザンや佐野元春を聴けた僕らだって、十分に幸運だよねって、いまとなると思う。

(Dec. 31, 2025)



【相棒】
しろくろや

【Shortcuts】
音楽 作品 / ライブ / 会場 / 購入 / エレカシ
作品 / 作家 / 翻訳家 / 出版社 / 読了 / 積読
映画 作品 / 監督 / 俳優 / / シリーズ / ドラマ
蹴球 鹿島 / Jリーグ / 日本代表 / W杯

【新譜】
01/23Somebody Tried To Sell Me A Bridge / Van Morrison
01/30Wormslayer / Kula Shaker
02/06Tenterhooks / Silversun Pickups
02/20Prizefighter / Mumford & Sons
02/27The Romantic / Bruno Mars
03/04二人称 / ヨルシカ
03/11禁じ手 / 椎名林檎
03/20The Mountain / Gorillaz
03/25形藻土 / ずっと真夜中でいいのに。
06/10I AM HERO 「俺と、友だち」盤 / 宮本浩次
06/10I AM HERO 「最高の日、最高の時」盤 / 宮本浩次

【コンサート】
02/28ずっと真夜中でいいのに。@日本武道館
10/28BUMP OF CHICKEN@有明アリーナ

【サッカー】
02/07[J1百年構想L 第1節] F東京-鹿島
02/14[J1百年構想L 第2節] 鹿島-横浜FM
02/21[J1百年構想L 第3節] 鹿島-柏
02/28[J1百年構想L 第4節] 浦和-鹿島

【新刊書籍】
02/26『書簡型小説「二人称」』 n-buna
02/27『サリンジャー初期短篇全集』 柴田元幸・訳

【準備中】
01/04
01/10宮本浩次@日本武道館
01/04村上朝日堂 はいほー!

【過去のコンテンツ】
Coishikawa Scraps Bootleg 2.0