Coishikawa Scraps / Movies

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最近の五本

  1. トレイン・ドリームズ
  2. ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今
  3. ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期
  4. リコリス・ピザ
  5. ストレンジャー・シングス シーズン5
    and more...

トレイン・ドリームズ

クリント・ベントリー監督/ジョエル・エドガートン、フェリシティ・ジョーンズ/2025年/アメリカ/Netflix

 毎年恒例ネトフリで配信されているアカデミー賞候補作を観ようシリーズ。今年の一本目は二十世紀の初頭のアメリカに生きたブルーカラーの孤独な男性の生涯を描く文芸作品。

 原作はデニス・ジョンソンの中編小説とのことで、あとから知って、まさか読んだことのある作家の作品だったとは……と驚いた。

 予告編――というか本編映像を使ったニック・ケイヴの主題歌のミュージック・ビデオ――の映像の美しさに惹かれて観ようと思った作品で、こと映像に関しては期待を裏切らない素晴らしさ。最近の映画には珍しく、画角がワイドスクリーンではなく、ブラウン管サイズだったのにはいささか戸惑ったけれど、もしかしたらスナップ写真的な映像美を意識した結果なのかなと思ったりした。

 物語は親に見捨てられ、誕生日も知らずに育った天涯孤独な男性が、ゆきずりの町で出逢った女性と恋に落ち、その土地で家庭を持ち、子供を授かり、つかの間の幸せを味わうも……というような話。

 主演はジョエル・エドガートンという人で、ヒロインが『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』のフェリシティ・ジョーンズ。あの映画から十年たっているけれど、イメージはあまり変わらない。素朴で飾らない役どころが素敵だった。

 主人公のロバート・グレイニアは無学なので、肉体労働者として働かざるを得ず、愛する妻子をおいて、鉄道施設にともなう材木伐採の仕事に出かけてゆく。彼の家も町から離れた川沿いにぽつんと建つ手作りの一軒家だし、主人公がつねに自然のなかで暮らしているため、スクリーンに映し出されるのは前世紀のアメリカの豊かな自然の風景。ときおり電車や町の風景も映るけれど、とにかく印象的なのは自然の美しさや清々しさ。主人公が無口なこともあって、美しくも静かでもの悲しい作品だった。

 孤独な主人公が自然の中で生きる姿を淡々と描写している点では、五年前にオスカーを制した『ノマドランド』に近いものがあるけれど、こちらはその映像美ゆえだろうか、あの映画には感じなかった、おだやかな悲劇がもつ優しいカタルシス? みたいなものがある気がする。とてもよい映画でした。

(Feb. 21, 2026)

ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今

マイケル・モリス監督/レネー・ゼルウィガー、キウェテル・イジョフォー、レオ・ウッドール/2025年/イギリス、フランス、アメリカ/WOWOW録画

ブリジット・ジョーンズの日記 サイテー最高な私の今

 前作からさらに九年後。五十代になったブリジットさんのいまを描くシリーズ第四作――にしておそらく最終作。

 前作の最後にじつはダニエルは死んでませんでした、という続編への含みみたいなものがあったので、ふたたびマークとダニエルとの三角関係が主題になるのかと思ったら、さにあらず。

 今回はコリン・ファース演じるマークはすでに故人だし、ヒュー・グラントも出番こそあるけれど、すっかり気のいいおじいちゃんって感じになっていて、ロマンティック・コメディの主役を演じるには無理がある。

 ということで、今回ブリジットさんのお相手を務めるのは、『ドクター・ストレンジ』に出ていた黒人のキウェテル・イジョフォー(名前ムズ過ぎ)と新人のレオ・ウッドールで、どちらも年下。原題は「男の子に夢中」みたいな意味なので、前作同様、今回もそれを知っていれば、ある程度は予想ができる内容だったわけだ。

 物語はマークに先立たれて、ひとりで二児を育てるシングルマザーとなった彼女の、新しい恋と仕事と子育ての模様を描いてゆく。

 とにかく、若くてかわいい女の子が主役を演じるのがあたりまえのロマンティック・コメディにおいて、三十代でスタートして、五十過ぎまでシリーズ化されたというのは、きわめてレアケースでしょう。それもこれもレネー・ゼルウィガー(日本語表記がレニーからレネーに変わったらしい)という人の個性があってこそ。

 そんな彼女の親友たち三人――サリー・フィリップス、シャーリー・ヘンダーソン、ジェームズ・カリス――が、一作目からずっと同じキャスティングで出演しているのもこの映画のいいところ。テレビ局の同僚たちも同じだし、前作で産婦人科の担当医をつとめたエマ・トンプソンも引きつづき出演してる。

 恋愛劇としては今回もどうしてそうなるってくらいにイージーだけれど、笑ってなんぼなこのシリーズ、そこをつべこべいうのも野暮ってもの。ディテールの粗とかエッチなギャグに目くじらたてず、笑って流せる呑気な人向けのコメディです。

(Feb. 14, 2026)

ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期

シャロン・マグワイア監督/レネー・ゼルウィガー、コリン・ファース、パトリック・デンプシー/2016年/イギリス、アメリカ、フランス/Netflix

ブリジット・ジョーンズの日記 ダメな私の最後のモテ期

 WOWOWで『ブリジット・ジョーンズの日記』シリーズ四部作が一挙に放送されたので、せっかくだから旧作も含めていっき観した。

 僕が最初の二作品を観たのがもう二十年前。この第三作目は前作から十二年後に公開されている。

 一作目で三十路の誕生日を迎えたブリジットさんもすでに四十代。前作では結婚して当然って終わり方をしたのに、マーク(コリン・ファース)との関係は結局うまくゆかず、いまだ独身のままテレビ局で働いている。

 キャストにヒュー・グラントの名前がないと思ったら、今回の彼はすでに故人という扱い。序盤に彼の葬儀のシーンがあって、そこでブリジットがマークとひさびさの再会を果たすことになる。

 その後、仕事仲間のミランダ(サラ・ソルマーニ)にグラストンベリーへと誘いだされた彼女は、パトリック・デンプシー演じるジャックと出逢って一夜をともにし、翌週には親友の赤ん坊の洗礼式でふたたびマークと逢って、こちらともベッドイン。でもって、三ヵ月後に妊娠が発覚して、子供の父親がどちらかわからずに、両者を巻き込んで右往左往のドタバタ騒ぎを引き起こすことになる。

 ブリジットが妊娠!――という展開に驚いていたら、原題は『Bridget Jones' Baby』だった。あらら。あらかじめ予告済みだった。

 なんにしろ、主演の組み合わせこそ変わったけれども、冴えないヒロインがイケメンふたりとの三角関係に右往左往するという展開はこれまでと一緒。今回はそこに出産という一大イベントが加わっているところが肝だ。

 あと、ロックファンとしてはグラストンベリーを観客目線で見られるがちょいお得。目玉は本人役で出演して、笑いを誘っているエド・シーラン。

 音楽といえば、定番のラブソングたっぷりだった旧作とは違って、今回はヒップホップや『江南スタイル』なんかがかかるのも時代を反映していておもしろかった。

 そういや、今回ブリジットはタバコをやめている。十二年でずいぶん時代が変わったなぁって思った。

(Feb. 11, 2026)

リコリス・ピザ

ポール・トーマス・アンダーソン監督/アラナ・ハイム、クーパー・ホフマン/2021年/アメリカ/Apple TV

リコリス・ピザ

 ハイム三姉妹の末娘、アラナ・ハイムを主演に起用したというので気になっていたポール・トーマス・アンダーソ監督の2021年のアカデミー賞ノミネート作品。最新作の『ワン・バトル・アフター・アナザー』が話題になっているこのタイミングで、遅ればせながらようやく観た。――って、もう五年も前の映画なのか! そりゃびっくり。

 もうひとつ驚いたのは、出ているのがアラナだけではなかったこと。姉のエスティ、ダニエルもそのまま三姉妹の役どころで出ている。しかも役名は三人とも本名と同じ(さすがに苗字はハイムではない)。さらには彼女たちの両親を演じているのも実の親御さんたちだそうで、つまりハイム一家が総出で出演しているのだった。なんだそりゃってキャスティング。

 アラナの相手役を務める主役のクーパー・ホフマンは、いまは亡きフィリップ・シーモア・ホフマンの息子さんだそうで、そういわれると、なるほど父親に似ている。2003年生まれだそうだから、このときまだ十代で、演じているのは十五歳の役だから、まぁ年相応なわけだ。ぽっちゃり体系で、いまいちそうは見えないけれども。彼もこれがデビュー作とのこと。

 対するアラナ(このころはすでに三十歳近い)は二十五歳という設定。

 これはそんな十歳年の離れた年の差カップルの話で、しかも冒頭から男の子が彼女に一目惚れをするという展開――なのですが。

 失礼ながらアラナさん、美人というタイプではないので、その展開に戸惑ってしまった。いったいなぜ彼が彼女を見初めるのか、よくわからない。

 物語的には、典型的な美男・美女を配したほうが納まりがいいのに、あえてそうしていないところがこの映画のポイントなのだと思う。いまの時代ならではの反ルッキズムのたまものなのかもしれない。

 映像はわざと七十年代っぽいテイストで撮ってあるし、使われている音楽もその時代のものだし、全体的に七十年代の青春恋愛映画って作りなのに、主演のふたりの存在がそういう典型からはずれているところに、珍妙な味わいが生まれている――気がしないでもない。『リコリス・ピザ』という意味不明なタイトルも、その辺のずれを象徴しているのかもしれない。

 そもそも、ホフマンはいまいち高校生には見えないだけではなく、彼の演じるゲイリーは、すでに子役として稼いでいて、ウォーターベッドを売ったり、ピンボール店をオープンしたりと、やたらと商売っ気がある、高校生らしからぬ役どころだ。

 対するアラナは年よりも若く見えて、逆に彼女のほうが高校生といっても通りそうな頼りない感じなので、いったいどっちが年上なのか、よくわからない。少なくても十才も歳の差があるようには見えない。そんな物語とキャスティングのミスマッチが変てこりんな味わいを生んでいる。

 脇ではショーン・ペンがウィリアム・ホールデンをモデルにした俳優役を演じていて、そんな彼と親しい映画監督役で、なんとトム・ウェイツも出演している(ふたりとも妙に楽しそう)。さらにはバーブラ・ストライサンドの恋人だったという実在の映画プロデューサー、ジョン・ピーターズ役がブラッドリー・クーパー(いわれないとわからない)。

 主演に映画初出演のふたりを配しながら、脇役にそんな豪華なキャスティングをしてみせたのもこの映画の見どころのひとつかもしれない。

(Jan. 25, 2026)

ストレンジャー・シングス シーズン5

ザ・ダファー・ブラザーズ制作/ウィノナ・ライダー、デイヴィッド・ハーパー、ミリー・ボビー・ブラウン/2025年/アメリカ/Netflix(全8話)

 海外の配信作品では年末一の話題作って感じだった『ストレンジャー・シングス』の最終シーズン。

 残念ながら今シーズンは好きになれなかった。つまらなかったとまではいわないけれど、ひっかかるところが多すぎて、どうにも楽しみ切れなかった。

 このドラマはいたいけな子供たちやふつうの人々が、未知のモンスターに襲われて右往左往しながらも、なんとか事態を切り抜けてゆくスリリングさが魅力だったのに、今回は主要キャラがやたらと暴力的なのがとにかく駄目。

 彼らはホッパーとエルを中心にしたアンダーグラウンドのゲリラ勢力みたいになっていて、ホッパーはアーミーに対して平気で銃を乱射したり、手榴弾を投げつけたりする。ナンシーまでライフルを撃ちまくる展開においては、なんだそりゃだ。人を殺すことに対してなんの躊躇も逡巡もないところに違和感ありまくり。

 終盤でダスティンやスティーヴがランボーみたいな服装をしているので、『ランボー』に代表される八十年代のアクション映画へのオマージュのつもりなのかもしれないけれども、だとしたらちょっとピントがずれすぎではと思う。

 モンスターと戦うのならばともかく、同じ人間どうしで殺しあっちゃ駄目でしょう? 己の信じる正義のためならば他人の命を奪うのもやむなしという発想には、最近のベネズエラ侵攻に通じるアメリカ人の身勝手さを感じる。普段ならそれほど気にならなかったのかもしれないけれど、観たのがちょうどその軍事侵攻の直後だったので、なおさら駄目な気がした。

 たかがエンタメ、されどエンタメ。政治と娯楽がともに他人の命を奪うことになんの罪悪感も覚えていないようなアメリカ人の倫理観には疑問しかない。

 このドラマに関しては、新型コロナウィルスや業界のストライキによる中断期間が挟まったために、主演の子供たちが成長してしまったのが最大の痛手だったように思う。

 子供のままだったら、もうちょっと節度のある展開が期待できたかもしれないのに、なまじ大人になってしまっただけに(まぁ、物語の中ではいまだ高校生という設定だけれども)イージーなアクション任せなシナリオになってしまった気がする。

 あと、ラスボスを前作で登場したヴェクナにしてしまったのも個人的には失敗だと思った。もともと人間だったキャラを倒せば世界が救えるという展開にはどうにも説得力がない。最後にそのキャラの首を落として終わりという残虐さについても、なんでそうなるのと思わずにいられなかった。

 最終話では二時間という映画並みの尺をとって、クライマックスのあとに、後日談として平和になった世界をたっぷりと見せてくれているけれども、それまでの展開があんまりだったものだから、どうにもハッピーな気分になれない。

 とにかく、アメリカという国が潜在的に持つ暴力性が、エンタメとして悪い形で噴出してしまったような完結編だったと思う。残念。

(Jan. 12, 2026)