Coishikawa Scraps / Movies

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最近の五本

  1. ナイブズ・アウト:ウェイク・アップ・デッドマン
  2. チェンソーマン レゼ篇
  3. ジュラシック・ワールド/復活の大地
  4. 違国日記
  5. 名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN
    and more...

ナイブズ・アウト: ウェイク・アップ・デッドマン

ライアン・ジョンソン監督/ダニエル・クレイグ、ジョシュ・オコナー/2025年/アメリカ/Netflix

 ダニエル・クレイグ演じる名探偵ブノワ・ブラン・シリーズの第三弾。

 最初の二本では、その名探偵らしからぬイメージでミスキャストなんじゃないかと思わせたダニエル・クレイグだけれど、ちょっと年をとって髪を長めにした本作では、これまでよりも重厚な印象になって、なんかけっこうはまり役って感じになっていた。いまさらだけれど、この人って、うちの奥さんのひとつ下なんすね。ちょっと驚いた。

 今回の舞台は教会。カリスマ性あふれる破戒僧が、ミサの途中で殺される。

 物語の語り部となる若い神父がジョシュ・オコナーという人で、殺される老神父がジョシュ・ブローリン(この人もダニエル・クレイグと同い年だった)。そんなジョシュふたりに加え、グレン・クロース、ジェレミー・レナー、ミラ・クニス、ケリー・ワシントンなど、名前には聞き覚えがあるけれど、あまり馴染みがない俳優さんたちが脇をかためている。ジェレミー・レナーはマーベルのホークアイ役のときとは打って変わった冴えない中年男っぷりで、その人とわからなかった。

 ミステリとしては、公衆の面前での密室殺人という不可能犯罪に加えて、キリスト教の秘跡に絡めて、死んだ神父が蘇るというオカルト趣味が加わっているところが味噌。今回もなかなかの出来栄えだと思う。

 惜しむらくはジョシュ・ブローリンによる下世話な告解が余計。いかにも現代的ではあるけれど、せっかく教会を舞台に神秘的な謎を用意したのだから、下手な下ネタはないほうがよかった。

(Oct. 03, 2026)

チェンソーマン レゼ篇

吉原達矢・監督/声優・戸谷菊之介、上田麗奈/2025年/日本/Amazon Prime

劇場版『チェンソーマン レゼ篇』

 尾田栄一郎が『ONE PIECE』の連載があと五年で完結すると宣言したのは2019年のことだった(七年たったいまでも終わる気配がないけど)。

 ならば、せっかくだから最後くらいリアタイしようと、その年の暮れに、十何年ぶりに週刊少年ジャンプを購読し始めたときに連載中だったのが、この『チェンソーマン』のレゼ篇だった。それもクライマックスで、チェンソーマンがレゼにこっぱみじんにされる回。

 いまから振り返ると、そのときのジャンプがすごくて、『鬼滅の刃』は鬼舞辻無惨との戦いが佳境だったし、『呪術廻戦』では渋谷事変が始まったばかりで、五条悟が無双をかましていた。ヒロアカではデク・バクゴー・ショートがトリオで轟兄を救出しようとしていた。

 どの作品もそのときが僕にとってはファースト・コンタクトだった。

 まぁ、正直なところ、鬼滅も呪術もチェンソーマンも、個人的にはフェイバリットと呼べるほどではないんだけれど。それでもいま現代の日本のマンガ界を象徴するような作品ばかりだ。知らないよりも知っていたほうが人生は楽しい。

 僕は基本マンガ好きで、アニメは「ながら観」がほとんどなせいで、アニメ本編はもとより、『無限列車篇』も『呪術廻戦0』も、観てはいるのに感想を書いてこなかったから、この『レゼ篇』もスルーしようかと思ったんだけれど、前述の通り、そんなわけでこれはちょっとした思い出の作品だったので、少しだけ足跡を残しておくことにした。米津玄師が提供した主題歌二曲が大ヒットして、音楽ファン的にも無視できない作品だったというのもある。

 『チェンソーマン』はその独自の世界観ゆえに、好き嫌いがはっきりとわかれる作品だと思う。僕はどちらかというと好き寄りではあるけれど、でも大好きとまではいえない。この映画にしてもデンジとサメ、うるせーとか思いながら観ていた。

 でもその破天荒な展開ゆえ、途中から読み始めたら、どうしてこうなっちゃったんだろう?――と気になって、最初から読み始めないではいられない。そんな作品でもある。決して傑作とまでは思わないけれど(第二部のせいでなおさらそう思う)、少なくても唯一無二の個性をもった作品なのは間違いなし。

 そんなマンガの一エピソードを切り取ってそのまま一編の映画にまとめたこの作品は、その過度に華美なアクションとシリーズ切ってのエロティシズムのため、とてもいい感じに仕上がっていると思う。ただ、『呪術廻戦0』なんかとは違い、ここまでの話を知らない人が観たら、なんだこりゃって話のような気もする。

(Sep. 30, 2026)

ジュラシック・ワールド/復活の大地

ギャレス・エドワーズ監督/スカーレット・ヨハンソン、ジョナサン・ヘイリー/2025年/アメリカ/Amazon Prime

ジュラシック・ワールド/復活の大地

 前作までとキャストを一新したジュラシック・ワールド・シリーズの第四作。監督はモンスター・ヴァース版『ゴジラ』のギャレス・エドワーズ。

 前の三部作を受けて、恐竜が世界中に散らばったものの、そのほとんどは現代の気候に耐えられずに死に絶えて、いまでは特別保護区となった赤道線付近の島にしか生存していない、というのが今回の設定。

 でもって、心臓病の特効薬を発明するのに、百年以上を生きる巨大な恐竜のDNAが必要だかといって(どんな理屈だ)、立入禁止になっているその保護区へと不法侵入して恐竜のDNAのサンプルを入手するために、スカーレット・ヨハンソン演じる元秘密工作員や金に困った大学教授らを中心にした潜入チームが立ち上がる。

 彼らが任務についたころ、ヨットで同じ海域を横断していた民間人の一家(父と娘二人+娘の彼氏)が海洋恐竜に襲われて遭難。チームはこの家族を救出して同行させざるを得ない状況になってしまう。はたして彼らは無事任務を果たして恐竜の島から脱出できるのか?――というような話。

 陸・海・空で最大の恐竜三頭からサンプルを入手するという設定が、いかにも映画のためにとってつけたようで説得力がない。陸地にいるいちばんでかいやつはまぁいいけれどさ。海のやつとか、空のやつとか(どれも名前がわからない)、そんなでかくないじゃん。でかいだけでいいなら、恐竜じゃなくて、シロナガスクジラでもよくない?

 あと、今回のメインとなるのが遺伝子操作で生まれた新種の恐竜というのもねぇ……。やっぱ架空の恐竜は出しちゃ駄目じゃん? このシリーズに僕らが求めているのは怪獣じゃなくて恐竜なんだから。

 ――とか設定にこそケチをつけたくなったけれど、物語自体は意外と悪くなかった。

 過去作ではキャラの行動原理が不自然でしらけてしまうことがあったけれど、今回のチームは最初から金目当てで集まった戦闘集団なので、サバイバルの過程に無理がなくて、(まぁ冒頭の設定には無理があるにせよ、パニック・サスペンス映画として、ストーリーには一本筋が通っているように感じられた。そこが個人的にはよかった。

 まぁでも、これはシリーズ化せずに単発で終わったほうがいいと思う。話はこれ一本できれいにまとまっているし、下手に続編を作ると失敗しそうな気がする。

(Sep. 3, 2026)

違国日記

瀬田なつき監督/新垣結衣、早瀬憩/2024年/日本/Amazon Prime

違国日記

 この夏休みに読んだ原作のマンガがとてもよかったので、それがガッキー主演で実写化されるとどうなるか興味がわいて観てみた作品。

 全十一巻のマンガを二時間でそのまま表現するのは不可能なので、どこをどう取捨選択するかが、映画化にあたっての最大の鍵となるわけだけれども――。

 この映画は残念ながら僕が思う原作の魅力をまったく伝えきれていない。

 いや、それはあくまで僕が思うところ、ということだとは思うのだけれど。

 たとえば、マンガの第一話は「群れをはぐれた狼のような目で」という、この作品の最重要ワードを含む一節をかかげたあと、槙生と朝の日常の一コマを描くところから始まる。その時点で朝はすでに高校三年生。ふたりがどうして一緒に暮らしているかが説明されるのは、二話目に入ってからだ。

 対するこの映画は、朝が両親の事故を目撃するというショッキングなシーンから始まる。でもってそこから時系列通りに、彼女が叔母の槙生に引き取られ、ふたりがともに暮らすようになる過程を描いてゆく。

 おかげで物語はわかりやすくなっているんだろうけれど、それにしても表現の方向性が違いすぎないですか?

 あと、『違国日記』というマンガの魅力は、主役のふたりだけではなく、彼女たちをとりまく友人・知人ら――笠町くん、奈々ちゃんら槙生の親友たち、弁護士の塔野くん、えみりとその母など――にもあると思うのだけれど、この映画ではそういう魅力的なわき役のほとんどが、単なる脇役でしかない。原作にいるからとりあえず出しました、という域を出ていない。

 まぁ、二時間という制限のなかで描くには、これが精一杯な気もするけれど、でもそれだったらわざわざ映画にしなくてもよくない? これでは単に同じ設定でストーリーをなぞっているだけって気がしてしまう。

 まぁ、ガッキーはかわいいし、朝ちゃんのライブシーンとか、映画ならではのプラスアルファはあるものの、でも僕がこの作品に求めているのはそういうことじゃないんだよなぁ……。

 やっぱこの作品は朝の高校三年間を描いてこそなんぼだと思うわけです。連続ドラマならまだしも、最初から映画一本にまとめようとした姿勢に無理があった気がする。

 決して出来が悪いとまでは思わないのだけれど、原作が素晴らしいだけに、その魅力をきちんと伝えきれてない感はぬぐえない。

 少なくても僕にとってはこの映画よりも、原作であるヤマシタトモコさんのマンガのほうが百倍は魅力的だった。

(Aug. 22, 2026)

名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN

ジェームズ・マンゴールド監督/ティモシー・シャラメ、エドワード・ノートン、エル・ファニング/2024年/アメリカ/Apple TV

名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN

 ボブ・ディランがフォーク界の新星としてデビューしてからロックへ転身するまでを描いた伝記映画。

 この映画については、とにかく俳優たちがすげー。

 ティモシー・シャラメはとてもボブ・ディランに似ていて、完璧なはまり役だとは思っていたけれど、歌やギターも見事すぎる。

 彼だけではなく、ピート・シーガー役のエドワード・ノートン、ジョーン・バエス役のモニカ・バルバロ、ジョニー・キャッシュ役のボイド・ホルブルックらの俳優陣が、この人たちってまじでミュージシャンじゃないの?――ってくらいの歌と演奏を見せてくれている。エドワード・ノートンなんて、まじで上手すぎて、似ているなあとは思ったけれど、まさかその人とは思わなかった。

 物語はウディ・ガスリーに憧れた若き日のディランが、入院した憧れのヒーローを見舞うためニューヨークへ出てきて、ピート・シーガーに見初められ、時代の寵児として世にはばたく様をビビッドに描いてゆく。『風に吹かれて』ほかの名曲の誕生秘話的な展開はとても魅力的だ。

 後半になると有名になりすぎたディランはすっかり無表情で不機嫌になり、孤立していゆく。でもって、ついにはフォーク界の裏切り者として罵声を浴びることになる。

 その後の音の求道者的なディランを知っているものとしては、当時のフォーク・カルチャーの狭量さに辟易としてしまう展開ではあるんだけれど、でもまぁ、時代が時代だからなぁ……。

 この映画はそんな風に、当代きってのミュージシャンの若き日を描きつつ、その時代の社会的な空気もしっかりと捉えているところが素晴らしい。彼が恋人のシルヴィ――エル・ファニングが演じるこの人だけは一般人だからか、架空のキャラとなっている――との別れのシーンの切なさには上質の恋愛映画的な趣もある。

 後半は息苦しい展開がつづくけれど、それも当時のディランの苦悩をきちんと映像化したがゆえ。数ある音楽系の伝記映画のうちでも、一、二を争う出来ではと思った。

(Aug. 15, 2026)