違国日記
瀬田なつき監督/新垣結衣、早瀬憩/2024年/日本/Amazon Prime
この夏休みに読んだ原作のマンガがとてもよかったので、それがガッキー主演で実写化されるとどうなるか興味がわいて観てみた作品。
全十一巻のマンガを二時間でそのまま表現するのは不可能なので、どこをどう取捨選択するかが、映画化にあたっての最大の鍵となるわけだけれども――。
この映画は残念ながら僕が思う原作の魅力をまったく伝えきれていない。
いや、それはあくまで僕が思うところ、ということだとは思うのだけれど。
たとえば、マンガの第一話は「群れをはぐれた狼のような目で」という、この作品の最重要ワードを含む一節をかかげたあと、槙生と朝の日常の一コマを描くところから始まる。その時点で朝はすでに高校三年生。ふたりがどうして一緒に暮らしているかが説明されるのは、二話目に入ってからだ。
対するこの映画は、朝が両親の事故を目撃するというショッキングなシーンから始まる。でもってそこから時系列通りに、彼女が叔母の槙生に引き取られ、ふたりがともに暮らすようになる過程を描いてゆく。
おかげで物語はわかりやすくなっているんだろうけれど、それにしても表現の方向性が違いすぎないですか?
あと、『違国日記』というマンガの魅力は、主役のふたりだけではなく、彼女たちをとりまく友人・知人ら――笠町くん、奈々ちゃんら槙生の親友たち、弁護士の塔野くん、えみりとその母など――にもあると思うのだけれど、この映画ではそういう魅力的なわき役のほとんどが、単なる脇役でしかない。原作にいるからとりあえず出しました、という域を出ていない。
まぁ、二時間という制限のなかで描くには、これが精一杯な気もするけれど、でもそれだったらわざわざ映画にしなくてもよくない? これでは単に同じ設定でストーリーをなぞっているだけって気がしてしまう。
まぁ、ガッキーはかわいいし、朝ちゃんのライブシーンとか、映画ならではのプラスアルファはあるものの、でも僕がこの作品に求めているのはそういうことじゃないんだよなぁ……。
やっぱこの作品は朝の高校三年間を描いてこそなんぼだと思うわけです。連続ドラマならまだしも、最初から映画一本にまとめようとした姿勢に無理があった気がする。
決して出来が悪いとまでは思わないのだけれど、原作が素晴らしいだけに、その魅力をきちんと伝えきれてない感はぬぐえない。
少なくても僕にとってはこの映画よりも、原作であるヤマシタトモコさんのマンガのほうが百倍は魅力的だった。
(Aug. 22, 2026)




