Coishikawa Scraps / Books

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最近の五冊

  1. 『マルドゥック・アノニマス6』 冲方丁
  2. 『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』 ティム・オブライエン
  3. 『マルドゥック・アノニマス5』 冲方丁
  4. 『薬屋のひとりごと13』 日向夏
  5. 『無垢の時代』 イーディス・ウォートン
    and more...

マルドゥック・アノニマス6

冲方丁/ハヤカワ文庫JA/Kindle

マルドゥック・アノニマス6 (ハヤカワ文庫JA)

 せめてウフコック救出作戦が終わるまではつづけて読もうと思ったら、それが予想外の形で終わった『マルドゥック・アノニマス』の第六巻。

 前回のラストでバロットにかかってきたハンターからの電話を受けて、イースター・オフィスとクインテットがフラワー法律事務所にて会談することになるというのが前半の山場となる過去話のつづき。

 会談のあとに〈天使たち〉エンジェルスという異形のこども超人たちの襲撃を受けてもうひと悶着あったあと、ウフコック救出の鍵を握るビル・シールズ博士をイースター・オフィスが保護証人として確保するまでの顛末が描かれ、ようやくバロットがウフコック救出へ向かうまでの話の流れがつながった。

 現在進行形のほうでは、〈誓約の銃〉ガンズ・オブ・オウスとの戦闘が一段落。で、ようやく脱出成功かと思ったところでウフコックが思わぬ提案をして、バロットを涙させることになる。まじか? その展開は想定していなかった。

 まだ語られていないディテールがいくつかある気がするけれど、それでも今回で過去と現在がつながって、ようやく話の筋道がはっきりとした。

 気がつけば、既刊は残りわずか三冊。物語の完結はまだまだ先のようだ。

(Apr. 22, 2025)

虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ

ティム・オブライエン/村上春樹・訳/ハーパーコリンズ・ジャパン

虚言の国  アメリカ・ファンタスティカ (ハーパーコリンズ・フィクション F27)

 この村上春樹による翻訳最新作、冒頭の文体がトマス・ピンチョンみたいで、これまでに僕が抱いていたティム・オブライエンという作家のイメージを裏切っていた。

 こんなに過剰に饒舌でペダンティックな作品を書く人でしたっけ?

 ――とか思ったのは、でもその部分だけ。というか、同じような内容が繰り返される、その後の断片的に挿入される短めの各章だけ。あとはとくに難解さのない文体で、どちらかというとエンタメよりの物語が展開される。

 まぁでも、そのエンタメ性というもの自体が、ベトナム戦争をメインテーマに扱ってきたこの作家の作風には反している気はする。

 なんたってこの小説は、衝動的に銀行強盗を働いた男性が、窓口の女性を誘拐して逃亡生活を始めるという、ある種のクライム・ノベルだから。後半になって繰り広げられる意外性のある展開は、まるでタランティーノかコーエン兄弟の映画のよう。

 主人公のボイドが盗み出したのは、自身の預金額より一万ドルだけ多い金額で、つまり彼にはそれなりの貯蓄があり、金に困って銀行強盗をしたわけではない。

 ではなぜ彼は犯罪に及んだのか――。

 その理由が明かされるのを待ちながら、僕らは誘拐された――というかともに逃げることを受け入れた――女性アンジーとともにボイドの旅路を見守ることになる。

 物語は彼らふたりの逃避行と並行して、彼らを追うアンジーの前科持ちの恋人とその仲間たち、ボイドの別れた妻とその家族、被害にあった銀行のオーナー夫妻らの行動も描いてゆく。

 なんだかよくわからない理由で銀行強盗に及んだボイドも、それに追従するアンジーも、私利私欲で行動するその他もろもろの人たちも、それぞれに難ありなキャラとして描かれていて、ユーモラスかつシニカル。おかげで文学的な深みが足りない気がするけれど、それでいてエンタメと呼ぶにはひねりが効きすぎている。

 残念ながら読解力が足りなくて、あるキャラが湖中で入水自殺した理由や、アンジーが最後になぜああいう決断を下したかとかが、僕にはまるで理解できなかった。おかげでちょっと宙ぶらりんな読後感が残ってしまったけれども、小説としては十分におもしろかった。

(Apr. 18, 2025)

マルドゥック・アノニマス5

冲方丁/ハヤカワ文庫JA/Kindle

マルドゥック・アノニマス 5 (ハヤカワ文庫JA)

 最新時間軸はウフコック救出劇のつづき(まだまだ終わらない)。〈クインテット〉のナンバーツー、バジルと対峙したバロットは交渉して戦いを避け、次なる敵〈誓約の銃〉(ガンズ・オブ・オウス)と遭遇する。

 過去のパートではバロットとアビー(アビゲイル)やレイ・ヒューズとの信頼関係がいかにして築かれていったかと、彼女がウフコック救出へ向けた情報収集のため、ハンターの過去を探ってゆく過程が描かれる。

 ラストは二十歳の誕生日を迎えたバロットが、手術を受けて声を取り戻す感動の名場面のあと、ハンターから二度目の接触を受けたところで幕!

 ――そんな『マルドゥック・アノニマス』の激動の第五集。

 まずは最初のバジルとの対決がいい。法学生としての勉学とレイ・ヒューズをマイスターに迎えての修業をへて、戦わずして交渉術により敵を退けるすべを身につけたバロットの成長が感動を呼ぶ。『マルドゥック・スクランブル』のカジノでの対決シーンもそうだったけれど、単なるバトルだけではなく、説得力のある濃厚な頭脳戦を描けるのが冲方丁の強みだ。

 敵対するハンターも前作で不幸な過去が明かされ、今回はシザース絡みで権力者たちにわれ知らず操られていることがわかり、さらには現在進行形では失踪中だという事実があかされる。ヴィラン連合的なチームも一枚岩ではないようだし、〈クインテット〉もいろいろ大変そうだ。

 まぁ、なんにしろ今回はバロットがアビーを新たな家族として迎えるというのがいちばんの読みどころ。アビーからバロットが「ルーン姉さん」と呼ばれているのが、なんだかとてもこそばゆい。

(Apr. 06, 2025)

薬屋のひとりごと13

日向夏/ヒーロー文庫/主婦の友社/Kindle

薬屋のひとりごと 13 (ヒーロー文庫)

 ようやく西都編が終わって、ここから新章スタート!――かと思いきや。

 前巻までが慌ただし過ぎたせいだろうか。今回はほとんど物語が動かない。いままでになくおだやかな印象の一冊だった。

 まぁ、猫猫が都に戻ってきたら、なぜだか羅半にモテ期が訪れていたり、緑青館の三姫のひとり女華の過去になんらかの秘密があることが匂わされたりと、今後への伏線らしきエピソードがいくつか埋め込まれているのだけれど。

 それでもやはり今回はとてものんびりとした一冊だなぁと思っていたら、ラストにすごい爆弾が仕込まれていた。

 前巻でようやく壬氏との関係を受け入れた猫猫が、いきなり彼と大人の関係に!

 ――とか思わせておいて。

 やっぱそう簡単にはいかないぜというのがマンガやラノベのお約束。

 初夜に備える猫猫の準備周到さが失笑を誘った。

 壬氏には同情を禁じ得ない。

(Mar. 25, 2025)

無垢の時代

イーディス・ウォートン/河島弘美・訳/岩波文庫

無垢の時代 (岩波文庫)

 二十世紀初頭に活躍したアメリカの女性作家、イーディス・ウォートンの代表作にして、マーティン・スコセッシ監督の『エイジ・オブ・イノセンス』の原作。

 僕はこの人の『イーサン・フロム』という作品を大学の授業で読んだことがある。

 不勉強でほとんど原書を読まなかった僕にとって、英語で読んだことのある数少ない作家のひとりなので、その存在はつねに気にはなっていたのだけれど、日本では知名度が低いため、これまでほとんど翻訳が出ていなかった。

 ん? でもこの作品は映画化されているんだから、普通に考えるとそのタイミングで翻訳が出るよな?――と思って確認したら、やはり『エイジ・オブ・イノセンス』公開当時に新潮文庫から大社淑子おおこそよしこさんの翻訳が出ている。

 なんで気がついてないんだろう? 当時はまだインターネットが使えなかったので、刊行を見逃したか、はたまた映画のポスターを使った表紙が趣味ではなかったので、あえてスルーしたか。いや、文庫の新刊をチェックしていないとか当時はあり得ないはずだから、後者の確率が高い。映画はいまいち好みではなかったし、きっとそのせいでスルーしてしまったんだろう。

 いずれにせよその作品の新訳版が『無垢の時代』とタイトルを変えて岩波文庫から刊行されたのが二年近く前のこと。このたびは見逃さすにゲットして、ようやく読みました。『イーサン・フロム』も知らないうちに白水Uブックスに入っていたので、手に入るうちに入手しておかないと。

 さて、そんなこの作品は十九世紀末のニューヨーク社交界を舞台にした恋愛劇。

 若くて美しい令嬢メイと婚約中の主人公ニューランド・アーチャーの前に、ヨーロッパの伯爵と結婚したかつての知り合い、エレンが姿をあらわす。

 はっきりと書かれてはいないけれど、ふたりのあいだには若いころにロマンスがあったらしく――終盤にニューランドがエレンのお祖母さんから「あなたたちが結婚しなかったのが残念だわ」とか言われるシーンがある――エレンの存在はニューランドのメイとの幸せな日々を徐々に蝕んでゆく。

 ウォートンの文体は端正で、いかにも古典という味わいがある。ただ、前述したとおり、ふたりの関係性が曖昧なので、前半の第一部はいまいちもやもやした感触を残したまま、ニューヨークでの上流階級の風俗描写に費やされている感があって、いささか盛りあがりを欠いた。

 その第一部の最後でようやくニューランドが態度をあきらかにしたと思ったら、事態が急転してふたりの関係はふたたび暗礁に乗り上げてしまう。このふたりの結ばれそうで結ばれない関係性と、結ばれたとしても決して幸せにはなれそうもないシチュエーションがこの小説の肝だろうと思う。

 舞台が十九世紀ということもあって、全体的に古典的な印象なのに、最後の一章だけいきなり時代が変わる構成に意外な現代性を感じた。

 ラストシーンの余韻がやる瀬ない……。

(Mar. 16, 2025)