二十世紀初頭に活躍したアメリカの女性作家、イーディス・ウォートンの代表作にして、マーティン・スコセッシ監督の『エイジ・オブ・イノセンス』の原作。
僕はこの人の『イーサン・フロム』という作品を大学の授業で読んだことがある。
不勉強でほとんど原書を読まなかった僕にとって、英語で読んだことのある数少ない作家のひとりなので、その存在はつねに気にはなっていたのだけれど、日本では知名度が低いため、これまでほとんど翻訳が出ていなかった。
ん? でもこの作品は映画化されているんだから、普通に考えるとそのタイミングで翻訳が出るよな?――と思って確認したら、やはり『エイジ・オブ・イノセンス』公開当時に新潮文庫から大社淑子さんの翻訳が出ている。
なんで気がついてないんだろう? 当時はまだインターネットが使えなかったので、刊行を見逃したか、はたまた映画のポスターを使った表紙が趣味ではなかったので、あえてスルーしたか。いや、文庫の新刊をチェックしていないとか当時はあり得ないはずだから、後者の確率が高い。映画はいまいち好みではなかったし、きっとそのせいでスルーしてしまったんだろう。
いずれにせよその作品の新訳版が『無垢の時代』とタイトルを変えて岩波文庫から刊行されたのが二年近く前のこと。このたびは見逃さすにゲットして、ようやく読みました。『イーサン・フロム』も知らないうちに白水Uブックスに入っていたので、手に入るうちに入手しておかないと。
さて、そんなこの作品は十九世紀末のニューヨーク社交界を舞台にした恋愛劇。
若くて美しい令嬢メイと婚約中の主人公ニューランド・アーチャーの前に、ヨーロッパの伯爵と結婚したかつての知り合い、エレンが姿をあらわす。
はっきりと書かれてはいないけれど、ふたりのあいだには若いころにロマンスがあったらしく――終盤にニューランドがエレンのお祖母さんから「あなたたちが結婚しなかったのが残念だわ」とか言われるシーンがある――エレンの存在はニューランドのメイとの幸せな日々を徐々に蝕んでゆく。
ウォートンの文体は端正で、いかにも古典という味わいがある。ただ、前述したとおり、ふたりの関係性が曖昧なので、前半の第一部はいまいちもやもやした感触を残したまま、ニューヨークでの上流階級の風俗描写に費やされている感があって、いささか盛りあがりを欠いた。
その第一部の最後でようやくニューランドが態度をあきらかにしたと思ったら、事態が急転してふたりの関係はふたたび暗礁に乗り上げてしまう。このふたりの結ばれそうで結ばれない関係性と、結ばれたとしても決して幸せにはなれそうもないシチュエーションがこの小説の肝だろうと思う。
舞台が十九世紀ということもあって、全体的に古典的な印象なのに、最後の一章だけいきなり時代が変わる構成に意外な現代性を感じた。
ラストシーンの余韻がやる瀬ない……。
(Mar. 16, 2025)