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最近の五冊

  1. 『復讐の女神』 アガサ・クリスティー
  2. 『百鬼夜行 陽』 京極夏彦
  3. 『百鬼夜行 陰』 京極夏彦
  4. 『邪魅の雫』 京極夏彦
  5. 『陰摩羅鬼の瑕』 京極夏彦
    and more...

復讐の女神

アガサ・クリスティー/乾信一郎・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

復讐の女神 ミス・マープル (クリスティー文庫)

 クリスティーが生前に発表したミス・マープルものの最後の一編。
 『カリブの秘密』のマープルさんのセリフに「復讐の女神(ネメシス)」という言葉が出てきたときには「へー、こんなところで既にこの言葉が使われていたんだ」と思ったものだったけれど、あれがまさかこの作品への伏線だったとは。
 あちらは1964年の作品で、これが1971年発表だから、その間およそ七年。あいだにマープルもの一編を含む六作品を挟んでいる。
 それなのにまさか『カリブの秘密』を書いた時点で、すでにこの続編の構想があったんだろうか? だとしたらほんと恐るべしだわクリスティー。決して傑作というほどの出来ではないけれど、でも『カリブの秘密』との姉妹作として、独特の味わいがある。これを書かずして断筆にならなくてよかったと思う。
 内容はあの作品でマープルさんの相棒役をつとめたラフィール翁の訃報から始まる。
 新聞で故人の記事をみつけて、カリブでのその人との親交を思い返していたマープルさんのもとへ弁護士からの連絡が届く。氏からの遺言でマープルさんに頼みたい仕事があるという。
 ただ弁護士に会って話を聞いてもなお、その仕事の内容というのがわからない。マープルさんになにかをして欲しいらしいのだけれど、肝心のその「なにか」が明記されていない。
 そんな遺言ってあり?――と思いつつも、氏の性格と自分との関係からして、それは犯罪絡みであるだろうとあたりをつけたマープルさん。ラフィール氏の知人をあたって、過去に未解決の事件がないか探り始める。するとそこへ追加のヒントあり。氏から〈大英国の著名邸宅と庭園〉巡りツアーへの招待状が送られてくるのだった。
 かくしてそのツアーに参加したマープルさんは、同行者のなかにいたラフィール氏ゆかりの人物たちと知り合い、過去の未解決事件の謎へと導かれてゆく。
 ヒントも出さずに勝手に事件を見つけ出して謎を解けって、そんな馬鹿な話、実際にはあり得ないとは思う。でもこの作品はそれこそが肝だ。
 無茶ぶりする故人のひねくれたユーモアと悲哀。それに真摯に答えようとするマープルさんの献身。そして明かされる事実の苦さ。いろいろと一筋縄ではいかない癖のある一編だった。
(Sep. 25, 2023)

完本 百鬼夜行 陽

京極夏彦/講談社ノベルス

完本 百鬼夜行 陽 (講談社ノベルス)

 百鬼夜行シリーズ二冊目の短編集。備忘録のつづき。
 一話目の『青行燈』(あおあんどう)は『陰摩羅鬼の瑕』に出てきた由良奉賛会の平田謙三が主人公。
 この人は本編ではちょい役すぎて、僕のみならず大半の人の記憶に残っていないだろうと思われる。でもいきなり京極堂が登場して、由良邸の書籍処分を任されるという展開で、シリーズの外伝としてはとても貴重な一編。
 『大首』(おおくび)も『陰摩羅鬼の瑕』の端役(にして『邪魅の雫』の主要キャラ)である大鷹篤志の話。
 『屏風闚』(びょうぶのぞき)の主役は『絡新婦の理』の連れ込み宿のお婆さん・多田マキ。こんな端役にわざわざ脚光をあてる京極夏彦がすごい。
 『鬼童』(きどう)は『邪魅の雫』の江藤徹也。
 『青鷺火』(あおさぎのひ)は『狂骨の骨』の宇田川崇先生。
 『墓の火』(はかのひ)は『鵼の碑』の前日譚その一。主人公は寒川秀巳。
 『青女房』(あおにょうぼう)は『魍魎の匣』の寺田兵衛。
 『雨女』(あめおんな)は『邪魅の雫』の赤木大輔。
 『蛇帯』(じゃたい)は『鵼の碑』の前日譚その二。蛇が大嫌いな桜田登和子の話。
 最後の『目競』(めくらべ)はなんと榎木津礼二郎の独白。薔薇十字探偵社の命名にいたるまでの若き日の榎木津の葛藤を描いている。
 以上、前作と同じくこちらも全十話。
 内訳は『魍魎の匣』『狂骨の夢』『絡新婦の理』が一編ずつ、『陰摩羅鬼の瑕』『邪魅の雫』『鵼の碑』が二編ずつ。で、榎木津のやつは分類不可。あえていえば『姑獲鳥の夏』の前日譚ってことになるんだろう。
 その榎木津の話を始めとして、今作では妖怪の名前をタイトルに据えて、その妖怪の属性を作品のモチーフに据えてはあるものの、妖怪談としてのおどろおどろしさが希薄な作品が前作より増えた気がした。
 いずれにせよ、一話目で京極堂が出てきて、最後は名探偵の思い出話で終わるという。でもってこの時点ではまだ未発表だった『鵼の碑』につながる話がふたつもあるという時点で、これは京極ファンにとっては、なかなかのサービスメニューだったのではと思います。
(Sep. 19, 2023)

完本 百鬼夜行 陰

京極夏彦/講談社ノベルス

完本 百鬼夜行 陰 (講談社ノベルス)

 百鬼夜行シリーズの文庫本四冊が思ったより早く読み終わって、『鵼の碑』の発売までちょっとあいだが空いたので、積読にある短編集二冊も読んでしまうことにした。
 なんたって『百鬼夜行 陽』には『鵼の碑』につながる短篇二編が収録されている。それなのにその内容をすっかり忘れてしまっているのだから、これはもう必読でしょうと。で、それを読むのだったら、この『陰』も読まないわけにはいかない。
 ただ、どちらも『定本』を読んだときの駄文が残っているので、今回は備忘録がわりに全短篇の登場人物をざっと紹介しときます。
 ということで、この本の収録作品と各主人公は以下の通り。
 一話目の『小袖の手』(こそでのて)の主人公は『絡新婦の理』の杉浦隆夫。彼と『魍魎の匣』のあの娘とのなれそめが描かれる。
 『文車妖妃』(ふぐるまようび)は『姑獲鳥の夏』の久遠寺涼子の話。
 『目目連』(もくもくれん)は『絡新婦』の平野祐吉(精神科医は降籏よね?)。
 『鬼一口』(おにひとくち)は『魍魎の匣』の前日譚。主人公の鈴木敬太郎って誰?――という謎は後日別のシリーズで判明する(彼を戦場で助けた軍人が誰なのかが気になる)。あと初読時には気づかなかったけれど、この話には『塗仏の宴』の宮村加奈男が薫紫亭という屋号で出ていた。
 『煙々羅』(えんえんら)の棚橋祐介はこの本唯一の一見さん。話は『鉄鼠の檻』の後日談。
 『倩兮女』(けらけらおんな)の主役は『絡新婦』の山本純子。
 『火間虫入道』(ひまむしにゅうどう)は『塗仏の宴』の岩川真司警部補。
 『襟立衣』(えりたてごろも)は『鉄鼠』の円覚丹。
 『毛倡妓』(けじょうろう)は木場修の後輩の木下圀治。
 『川赤子』(かわあかご)は関口巽の語りによる『姑獲鳥の夏』の前日譚。
 以上、全十話。十人十色の妖怪話が収録されている。
 内訳は『姑獲鳥の夏』につながる話が二編、『魍魎の匣』が一編(『小袖の手』も入れれば二編)、『鉄鼠の檻』が二編、『絡新婦の理』が三編、『塗仏の宴』が一編。木下くんの話はどこにカウントしていいかわからない。娼婦絡みだからか、ウィキペディアでは『絡新婦』のサイドストーリーとされている。
 巻末には京極夏彦自身の手による妖怪画も収録。それが『完本』と銘打ったゆえんかもしれない。
(Sep. 19, 2023)

邪魅の雫

京極夏彦/講談社文庫

文庫版 邪魅の雫 (講談社文庫)

 百鬼夜行シリーズ長編第九作目。
 これに関しては最初に読んだときの感想がすでにネットに上げてあるので――でも、だからってなにも書かずに済ますのも残念なので――今回は各章の概略を、ネタバレを含まないようざくっと箇条書きにしておく。
 まぁ、全体の流れがわかっちゃうこと自体がネタバレかもしれませんが。以下、自分のための備忘録ってことで。行末の括弧内は各章の先頭ページ。

 1. 某男性が石井警部(『魍魎の匣』他)と喫茶店で待ち合わせ。(P.20)
 2. 益田が榎木津の叔父さんから調査を依頼される。(P.58)
 3. 酒屋の店員・江藤が毒殺死体を発見。(P.92)
 4. 青木が木場修に毒殺事件について相談する。(P.132)
 5. 『陰摩羅鬼の瑕』の大鷹が事件に関与するまでの経緯。(P.178)
 6. 男と女の会話(女性の一人称)。(P.216)
 7. 益田が京極堂に仕事の相談。関口が同席。(P.234)
 8. 序章の男性の名前と職業(画家)が明らかになる。(P.280)
 9. 青木がベテラン刑事・藤村に背中を押されて大磯へ。(P.328)
 10. 江藤の話のつづき。(P.380)
 11. 益田と関口@中野の喫茶店(探偵の元恋人の名前判明)。(P.422)
 12. 大鷹の話のつづき。(P.476)
 13. 青木が京極堂に毒の相談。(P.518)
 14. 画家の話のつづき。(P.582)
 15. 益田と関口が平塚の乗馬クラブを訪問。(P.624)
 16. 江藤の話のつづき。榎木津初登場。(P.668)
 17. 青木が合同捜査本部で木下と再会。(P.710)
 18. 大鷹、手紙を書く。(P.762)
 19. 益田が雑貨屋のお婆さんから有力情報を得る。(P.796)
 20. 再び男と女の会話(女性の一人称)(P.848)
 21. 益田と関口が警察署で青木たちと合流。(P.866)
 22. 男性の独白。(P.916)
 23. 益田と関口、新たな被害者の身元を確認する。(P.936)
 24. 女性の独白。(P.986)
 25. 榎木津、不審者として拘留される。(P.994)
 26. 男性の独白。(P.1036)
 27. 京極堂、大磯に来たる。(P.1044)
 28. 憑き物落とし(P.1094)。

 以上の二十八章に加え、前後に無題のプロローグとエピローグが配されている。でもって、第一章が「殺してやろう」で始まって、(多分)以降のすべての章が「殺す」か「死」という言葉で始まるという趣向になっている。
 「死とはなんぞや?」を問う内容だった前作『陰摩羅鬼の瑕』はどうだったかと思って確認してみたら、そちらはすべて人名か事物の名前で始まる形で統一してあった(でもって最終章が「陰摩羅鬼」)。この偏執的な徹底ぶりがすごい。
 内容については、前回自分が書いた感想を見ると、まるで増田がひとりで大活躍しているみたいだけれど、再読してみたところでは決してそんなことはなかった。
 シリーズのレギュラー陣である益田と青木の行動をそれぞれ別々に追うシーケンスと、それに並行して事件関係者である江藤、大滝、画家のエピソードがスパイラルに語られてゆく。でもってその人たちはレギュラー陣との接点ほぼなし。
 要するに全体の半分はおなじみのキャラ不在のまま話が進むのだった。
 百鬼夜行シリーズってキャラクターの魅力に負うところも大きいので、レギュラー陣の出番が少ないこの作品はおのずから損をしている感がある。
 また、京極夏彦の作品は、殺人の被害者のみならず、加害者側にものっぴきならない悲しい理由があって、そのやる瀬なさに胸を打たれるパターンが多いのだけれど、この作品の場合、犯罪の内容があんまりなもので、加害者どころか被害者にさえ同情がよせにくいのが読後感のすっきりしなさにつながっている気がする。
 ということで、この作品に関しては、『陰摩羅鬼の瑕』と違って、再読したからと言って印象がよくなるということがなかった。構成の複雑さと文体の妙により、最後まで夢中で読みはしたものの、この傑作シリーズのなかにあっては、もっとも微妙な出来の一編という印象の、現時点での最新作だった。
 まさかこの作品のあと、次回作まで十七年も待たされようとは……。
(Sep. 10, 2023)

陰摩羅鬼の瑕

京極夏彦/講談社文庫

文庫版 陰摩羅鬼の瑕 (講談社文庫)

 百鬼夜行シリーズ長編第八作目。
 失礼ながら、僕は初めてこの作品を読んだときに、京極夏彦初の失敗作だと思った。
 なぜって序盤(新書版の二百頁くらい)ですでに事件の真相がわかってしまったから。
 もちろんクライマックスで明かされる剥製の秘密まではわかるはずはないけれど――なぜ京極堂にわかったかのほうが不思議だ――事件の肝となる点については比較的早い段階で、なんとなく見当がついてしまう。
 物語も事件も本シリーズ中ではもっともシンプルだと思うし、前作とは一転して登場人物も極端に少ない。それなのにボリュームはいつも通り文庫本で千二百ページ越え。
 そんな作品を答えあわせのために最後まで読むのはとても骨が折れた。
 なのでこの作品は失敗作だと思っていたんでしたが――。
 今回再読してみたところ、印象ががらりと変わった。なまじ結末がわかっているからこそ、そこへ到る道筋が、細々としたディテールが、以前とは比較にならないくらい楽しめた。
 ――ってまぁ、決して楽しい話ではないのだけれど。
 それどころか、ものすごくやる瀬ないのだけれど。
 それでも本を読むという行為自体は間違いなく楽しかった。
 クリスティーの『アクロイド殺し』を再読したときにも思ったことだけれど、世の中には再読したほうが楽しめるミステリというのがあるみたいだ。この作品は間違いなくそのひとつだった。少なくても僕にとっては。
 物語の舞台となるのは、白樺湖の近くに立つ巨大な洋館・由良伯爵宅(白樺湖って「湖」といいつつ、戦後に作られた溜め池なんですね。びっくりだ)。
 この屋敷の主人・由良昂允{ゆらこういん}――見た目が映画『ドラキュラ』のベラ・ルゴシに似ているらしい――は、結婚式の初夜に花嫁を殺された過去をもつ。それも四回も。しかもすべて未解決。
 その伯爵様が五人目の妻を{めと}ることになり、今度の花嫁こそは殺されちゃならんと、華族つながりで助けを求めたのが名探偵・榎木津礼二郎。
 結婚式に参列して怪しいことが起こらないよう見張っていて欲しいという依頼だったようだけれど、あいにくこのとき榎木津は一時的に視力を失っている(なぜ?)。
 目が見えない探偵には付き添いが必要ってことで、暇人・関口くんが榎木津に同行して諏訪へと赴き、本編の語り手をつとめることになる。伯爵がたまたま彼の作品の愛読者だったこともあり、関口は大歓迎を受けたりもする。
 そんな関口くんの語りによる本編と並行して、過去の事件を担当した伊庭という元刑事のもとを木場修が訪ねるところから始まる別エピソードが描かれる。
 伊庭さんというのは『今昔続百鬼 雲(多々良先生行状記)』で京極堂と会っているらしいのだけれど、僕がその本を読んだのはもう二十二年も前の話だから(しかも読んだのはそのとき一度だけ)もちろんそんなことは覚えているわきゃない。
 いずれにせよ、そのときのコネと木場修の存在がきっかけとなって、京極堂が今回の事件に絡んでくることになる。
 ちなみに伊庭と木場が出会うのは、ふたりの名前が似ていることから、大鷹というおっちょこちょいな刑事が間違って木場に電話をしたのがきっかけとなるわけだけれど、ちょい役のその大鷹という男が次回作の『邪魅の雫』では重要なキーパーソンになろうなんて、誰が想像するかって話だ。
 榎木津が視力を失った理由もいまだに明らかになっていない(と思う)けれど、それもこの作品にとっては必要不可欠な要素なわけだし。実在する日本ミステリ界のレジェンドが序盤の回顧シーンに登場しているのにもびくっりした(すっかり忘れていた)。もうほんと、いろいろすごすぎる。
 なにより、過去にいまいちだと思ったこの作品が再読したらここまでおもしろいというのがちょっとばかり衝撃的だった。なんかもうこの先、京極夏彦の作品を読み返しているだけで一生を終えても後悔しない気がしてきた。
(Sep. 09, 2023)