海と毒薬
遠藤周作/角川文庫/Kindle
かつて読んだ『沈黙』がよかったので――とはいっても気がつけばもう十六年も昔のことだった――別の作品も読んでみようと思って、内容をまったく知らずに手にとった遠藤周作の作品なのだけれども。
これはぜんぜん駄目だった。好きになれる要素がひとつもなかった。
だって太平洋戦争中に、アメリカ人捕虜を生体解剖した人たちの話ですよ?
そんな話だと知っていたら、絶対に読んでない。病院とか病気の話が嫌いな人間にとっては、完全に許容範囲外。三島由紀夫の『憂国』と同じくらい読むのがつらかった。
まぁ、それほどグロテスクな描写があるわけではないのが救いだけれども、それでも命を救うことを生業としているはずの医者が、平気で人の命を奪うという事実がなんとも受け入れがたい。これが実話をもとにしたフィクションだと知ってなおさら驚いた。なんてことしてくれてんだ、戦前の日本人。
まぁ、こういう醜い現実をフィクションとして白日のもとに晒すのも小説という芸術表現の役割のひとつだという考えもあるんだろう。主題は罪悪感ひとつ抱くことなく非道を働く権力者たちではなく、そんな悪党どもに流されるまま、事件に関与させられた弱き人たちの苦悩と煩悶なわけだし。
ふつうの人がふつうではいられない。戦場で人を殺した人たちが帰国してあたりまえのように日常を送っている。そんな戦争のもたらす非人間性をあぶりだした作品としては、価値がある作品なのかもしれない。
でも嫌なもんは嫌なんだ。あまっちょろい僕にはこの小説はまったく受け入れられない。紙で買わなかったのがせめてもの救いだった。
あぁ、やりきれない……。
【追記】ゆうべテレビをつけたら、NHKでその「九大生体解剖事件」のドキュメンタリーをやっていた。そんな偶然ってある?
(Dec. 06, 2025)





