忍法相伝73
山田風太郎/講談社/Kindle
忍法帖シリーズの長編で唯一、これまでに一度も文庫化されたことがない、わけありの作品。
文庫化されていないってことは、要するに風太郎先生が読まれることを望んでいなかったってことなわけで。
2013年に単行本化されているけれど、ほかの忍法帖は文庫本しか持っていないのに、そういう作品をわざわざ単行本で所有する気になれずにスルーしてしまった。最近になってものすごく昭和レトロな表紙がついたKindle版が出ているのを見つけて、ようやく読むことができたわけだけれども……。
なるほど。これは駄目でしょう?
というか、そもそもこれは忍法帖ではないのでは?
タイトルに「忍法」とはあるけれど、「73」というアラビア数字がついていることで予想がつくように、舞台は現代だ。
「忍法帖」の「帖」は暗黙のうちに時代劇を意味しているのだろうから、時代劇ではないこの小説をシリーズとしてカウントするのは間違っている気がする。内容的にも、これをあの一連の傑作群に加えるのには、心理的な抵抗を感じてしまう。
物語は昭和のいまを生きる若者が、先祖が書き残した忍法の覚え書きに従ってみたところ、本当に忍法が使えてしまいましたというナンセンス・コメディ。作風的には忍法帖というよりは『男性週期律』あたりに近い印象だった。風太郎先生らしいシニカルな視点から生み出された、社会風刺に満ちた馬鹿話。
もともと1964年に発表した『忍法相伝64』という短編を膨らませて連作長編化したものだとのことで、長編化にあたって数字がなぜ「73」に変わったのかは不明。物語的にはこの数字は西暦とは関係がなくて、忍法書に書かれた七十三番目の忍法を最初に使ったのがその名の由来。その後も各章は「忍法相伝85」、「忍法相伝99」と数字の部分をカウントアップしながら進んでゆく。
試される忍法はどれも荒唐無稽なだけではなく、とても馬鹿らしくて下品なものばかりだから、わざわざ書き残そうって気にもなれない。クライマックスで序盤の伏線を回収したどんでん返しがあるけれど、最後の落ちときた日には脱力ものだ。なにそれ? まるでコントじゃん。
いやぁ、これは文庫化したくなかったのもわかる。風太郎先生、若気の至り。悪ふざけにもほどがある。山田風太郎の長編ワースト部門に入ること確実な一冊。
まぁ、そんなわけで内容には感心しなかったけれども、昭和の世相を色濃く反映している点は一興だった。山登りした先のゴミの多さに国民の道徳意識の低さを嘆くあたりには、外国人に国の清潔さを絶賛されている令和の現代とは隔世の感があった。
とりあえず、忍法帖シリーズもほぼ読みつくして、残すところあと一冊。これがその最後の一冊なんてことにならなくてよかった。
(Dec. 29, 2025)




