Coishikawa Scraps / Books

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最近の五冊

  1. 『村上ラヂオ』 村上春樹
  2. 『4 3 2 1』 ポール・オースター
  3. 『海鳴り忍法帖』 山田風太郎
  4. 『マルドゥック・アノニマス6』 冲方丁
  5. 『虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ』 ティム・オブライエン
    and more...

村上ラヂオ

村上春樹/新潮文庫/Kindle

村上ラヂオ(新潮文庫)

 村上春樹のエッセイは好きじゃないといいつつ、この本を読むのはこれが二回目になる。

 最初に読んだのは文庫化された2003年のこと。

 記憶が定かじゃないけれど、おそらくそのときの印象がよくなかったからだろう。続編の二冊は読まずにスルーしてしまった。

 同じ理由で『村上朝日堂』と『村上朝日堂の逆襲』は読んでいるのに、『村上朝日堂はいほー』と『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』は読んでない――っぽい。読んだつもりでいたけれど、少なくても本棚にも記録にもないから、『村上ラヂオ』と同じように、前の二冊でもういいやって思って、つづきは読まずにすませてしまったんだろう。

 ということで、あらためて確認してみたところ、現時点で僕が読んでいない村上春樹のエッセイは『村上朝日堂はいほー』『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』『村上ラヂオ2』『村上ラヂオ3』『雨天炎天』『辺境・近境』の六冊だった。

 『ランゲルハンス島の午後』と『日出る国の工場』もエッセイ集に含めるのならば八冊。そのほかにも安西水丸氏や佐々木マキ氏ら、イラストレーターとのコラボ作品で読んでないものがけっこうあって、さらには翻訳の絵本が二十冊もある(活字が少ない本をないがしろにしがちな性分)。

 翻訳も含めれば、これまでに村上さんの手掛けた本を百冊以上は読んできているので、全作品コンプリートするのも間近だろうと思っていたのに、まだまだ未読の本がそんなにあったとは……。

 ということで、さすがに絵本にまで手を出すお金も時間もスペースもないけれど、絵本以外の作品についてはなんとかしたいと思っているので、その手始めということでこれを読みました。

 ――って。いやだから、これはすでにもう読んでいるのだけれども。

 Kindleでつい三冊セットで買ってしまったので、せっかくだから再読しました。

 春樹氏のエッセイってどう考えても余技の部類だし、寝る前にKindleで読むくらいがちょうどいいかなと思って、今回は電子書籍にした。

 そしたらほんとにちょうどよかった。途中で寝落ちしても後悔しないし、「なんで俺はこんなものを読んでいるんだろう?」と疑問に思うこともなく、それなりに楽しく読めた(まぁ、あくまでそれなりに)。二度くらい笑いもした(ひとつはイタメシ屋のカップルの話。もうひとつは……すでになんだったか忘れた)。春樹氏の文庫本って解説なしのものがほとんどなので、巻末にイラストレーターの大橋歩さんのあとがきがあるのもなにげに嬉しい。

 唯一残念だったのは表紙。

 この作品は大橋歩さんとの共作という扱いで、本に収録された大橋さんのイラストがすべて収録されているのに、表紙はその限りではない。

 電子版に書籍と同じ表紙がついていないのが現状のデフォルトだとしても、仮にもイラストレーターの名前を冠して、その人のイラストを満載した本に、書籍版の表紙を飾ったイラストが収録されていないって、そんなのありですか?

 ――いや、正確にいえば、表紙に使われているイラストは本編から流用されたものだから、そのイラスト自体は収録されている(「小さな菓子パンの話」というエッセイの挿絵)。とはいえ、本の表紙はそれ自体が本の一部だと思うので、そこはやっぱ電子書籍でもちゃんと収録して欲しい。ないとさびしい。手にとって紙の感触が楽しめない電子書籍だからこそ、表紙を愛でる楽しみまで奪わないで欲しい。

 電子書籍だといまだ解説が省略された本も多いし、日本でKindleが発売になってからすでに干支がひとまわりしているにもかかわらず、いまだ電子書籍の出版事情は過渡期を抜けきっていない気がする。

(May. 13, 2025)

4321

ポール・オースター/柴田元幸・訳/新潮社

4321

 去年亡くなったポール・オースターの翻訳最新作。

 これが遺作かと思っていたらそうではなく。このあとにもう一冊長編があるらしいのだけれど、でもいっそこれを遺作ということにしてしまったほうがいいのではないかと思った。それほど圧巻の出来映えだった。

 内容はもとよりボリュームもすごい。B5版上下二段組八百ページ。活字も小さめで、老眼が進んだ昨今、読むのが大変だった。ポール・オースターって比較的コンパクトな小説を書く人というイメージだったので、まさか晩年にこんなスティーヴン・キングばりの超大作をものするとは思ってもみなかった。

 とにかく、その破格のボリュームといい、特異な着想といい、物語の豊饒さといい、まさに小説家ポール・オースターの集大成と呼ぶにふさわしい傑作だと思う。

 内容はアーチー・ファーガソンという青年の半生を描いたもの。「1.0」と題した序章でアメリカに移民してきた彼の祖父から始まる家族史を語り、そのあとファーガソンの物語が幼少期から紐解かれてゆく。

 つづく本編は第一部が1.1、1.2、1.3、1.4、第二部が2.1、2.2……と、以降もそれぞれ四章構成にわかれている。この小数点以下の表記がミソだ。

 第一部を読み進めて、章を跨いだところで、あ、これはそういう小説?――とその特異性に気づき、2.2章まで読んだところで予想外の展開に驚くとともに、あぁ、じゃあタイトルはそういう意味?――とオースターがその数字に仕掛けた意味を悟ることになる。で、そこまで読むともうつづきが気になって手が止まらなくなる。

 それにしても、柴田さんも訳者あとがきで書いていることだけれど、とにかくこの小説はあらすじが書きにくい。物語的な難解さはないのに、こんなにもあらすじが書きにくい小説も珍しい。

 いや、書きにくいというか、書いちゃ駄目というか。

 ミステリでもないのに、絶対にネタバレ禁止で、なにも知らずに読んだほうがいい小説があるとしたら、それがまさにこれだ。申し訳ないけれど、ここまで書いてきた分だけでもう十分ネタバレな気がする。

 とりあえず、途中にディケンズの『デヴィッド・カパフィールド』に関する言及もあるし、これほどのボリュームだから、自らの人生を振り返って、ああいう大河小説を書いてみせたのかと思ったら、そうではないところにも意外性があった。

 あまりのボリュームに読むのが大変だったけれど、苦労して読むだけの価値のある傑作。一度読んだだけではきちんとすべてを把握しきれなかったので、これはいずれ絶対に再読しなきゃならない。今年のナンバーワンはおそれくこれだろう。

 ポール・オースターさん、素晴らしい小説をありがとう。

 あなたに神の祝福を。

 黙祷。

(May. 17, 2025)

海鳴り忍法帖

山田風太郎/角川文庫/Kindle

海鳴り忍法帖 (角川文庫)

 忍法帖シリーズの実質的な最後の一冊。

 このあとに発表された『忍法創世記』は風太郎先生の生前には単行本化されていない訳ありの作品だし、『武蔵野水滸伝』と『柳生十兵衛死す』は忍法帖シリーズに入れるべきか意見のわかれる作品だと思うので、少なくても明確に「忍法帖」と題した作品としてはこれが最後の一遍となる。

 物語の舞台は室町時代末期。ぱあでれ(いわゆる「伴天連」のことをこの本ではこう表記している)フロイス神父が見守る中で根来寺ねごろじの忍法僧と剣聖・上泉伊勢守の一門との御前試合があり、松永弾正の手のものである根来僧が圧勝する。

 松永弾正は勝利の褒美として、将軍・足利義輝の妻か愛妾、どちらかをよこせと失礼千万な無理難題を押しつけ、義輝は返答に困って日々をやり過ごす。かくしてこれが引き金になって、弾正による謀反(永禄の変)が巻き起こる。

 主人公の美しきキリシタン青年・厨子丸はこの騒動に巻き込まれて都を追われ、彼に想いをよせる美女・鵯(ひよどり)とともに、境に身を寄せることになる。

 鍛冶職人の村に生まれ育ち、南蛮渡来の火縄銃を改造して近代的な短銃に作り替えたりする特異な才能の持ち主である厨子丸は、独立独歩の商業都市・堺の財力を借りて、各種の近代兵器を製造、境を乗っ取ろうと攻めてくる弾正に対する防衛作作戦のキーマンとなってゆく。

 ――ということで、舞台は室町時代だし、忍者は伊賀・甲賀ではなく根来僧、メインのバトルも忍法対決ではなく、忍法VS近代兵器という、忍法帖としてはいろいろとイレギュラーな要素の多い作品だった。ある意味、忍法帖シリーズがいかに多様性に富んでいるかを象徴する作品のひとつといっていいかもしれない。

 忍者が活躍するのは序盤の御前試合の場面ばかりで、あとは近代兵器の前に負けっぱなしという点では、『銀河忍法帖』に通じるものがある。

 とはいえ、共通するのは忍法帖に近代兵器を持ち込んだ着想だけで、いろいろ問題ありだったあの作品よりはこちらのほうがいい。

 調べてみたら『銀河忍法帖』からこの作品に至るまでの二年間(昭和四十三~四年)に、山田風太郎はじつに七冊もの忍法帖を刊行している。

 ――まじですか?

 決して傑作とはいえない作品ばかりとはいえ、それらの一遍一編がいかに創意工夫に満ちているかを知っているだけに、にわかには信じがたい創作力。

 あらためて山田風太郎って本当に天才だったんだなと思った。

(May. 11, 2025)

マルドゥック・アノニマス6

冲方丁/ハヤカワ文庫JA/Kindle

マルドゥック・アノニマス6 (ハヤカワ文庫JA)

 せめてウフコック救出作戦が終わるまではつづけて読もうと思ったら、それが予想外の形で終わった『マルドゥック・アノニマス』の第六巻。

 前回のラストでバロットにかかってきたハンターからの電話を受けて、イースター・オフィスとクインテットがフラワー法律事務所にて会談することになるというのが前半の山場となる過去話のつづき。

 会談のあとに〈天使たち〉エンジェルスという異形のこども超人たちの襲撃を受けてもうひと悶着あったあと、ウフコック救出の鍵を握るビル・シールズ博士をイースター・オフィスが保護証人として確保するまでの顛末が描かれ、ようやくバロットがウフコック救出へ向かうまでの話の流れがつながった。

 現在進行形のほうでは、〈誓約の銃〉ガンズ・オブ・オウスとの戦闘が一段落。で、ようやく脱出成功かと思ったところでウフコックが思わぬ提案をして、バロットを涙させることになる。まじか? その展開は想定していなかった。

 まだ語られていないディテールがいくつかある気がするけれど、それでも今回で過去と現在がつながって、ようやく話の筋道がはっきりとした。

 気がつけば、既刊は残りわずか三冊。物語の完結はまだまだ先のようだ。

(Apr. 24, 2025)

虚言の国 アメリカ・ファンタスティカ

ティム・オブライエン/村上春樹・訳/ハーパーコリンズ・ジャパン

虚言の国  アメリカ・ファンタスティカ (ハーパーコリンズ・フィクション F27)

 この村上春樹による翻訳最新作、冒頭の文体がトマス・ピンチョンみたいで、これまでに僕が抱いていたティム・オブライエンという作家のイメージを裏切っていた。

 こんなに過剰に饒舌でペダンティックな作品を書く人でしたっけ?

 ――とか思ったのは、でもその部分だけ。というか、同じような内容が繰り返される、その後の断片的に挿入される短めの各章だけ。あとはとくに難解さのない文体で、どちらかというとエンタメよりの物語が展開される。

 まぁでも、そのエンタメ性というもの自体が、ベトナム戦争をメインテーマに扱ってきたこの作家の作風には反している気はする。

 なんたってこの小説は、衝動的に銀行強盗を働いた男性が、窓口の女性を誘拐して逃亡生活を始めるという、ある種のクライム・ノベルだから。後半になって繰り広げられる意外性のある展開は、まるでタランティーノかコーエン兄弟の映画のよう。

 主人公のボイドが盗み出したのは、自身の預金額より一万ドルだけ多い金額で、つまり彼にはそれなりの貯蓄があり、金に困って銀行強盗をしたわけではない。

 ではなぜ彼は犯罪に及んだのか――。

 その理由が明かされるのを待ちながら、僕らは誘拐された――というかともに逃げることを受け入れた――女性アンジーとともにボイドの旅路を見守ることになる。

 物語は彼らふたりの逃避行と並行して、彼らを追うアンジーの前科持ちの恋人とその仲間たち、ボイドの別れた妻とその家族、被害にあった銀行のオーナー夫妻らの行動も描いてゆく。

 なんだかよくわからない理由で銀行強盗に及んだボイドも、それに追従するアンジーも、私利私欲で行動するその他もろもろの人たちも、それぞれに難ありなキャラとして描かれていて、ユーモラスかつシニカル。おかげで文学的な深みが足りない気がするけれど、それでいてエンタメと呼ぶにはひねりが効きすぎている。

 残念ながら読解力が足りなくて、あるキャラが湖中で入水自殺した理由や、アンジーが最後になぜああいう決断を下したかとかが、僕にはまるで理解できなかった。おかげでちょっと宙ぶらりんな読後感が残ってしまったけれども、小説としては十分におもしろかった。

(Apr. 19, 2025)