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最近の五本

  1. ヨルシカLIVE「月光」 / ヨルシカ
  2. 宮本浩次 @ ぴあアリーナMM (Jun. 12, 2024)
  3. Another Budokan 1978 / Bob Dylan
  4. ずっと真夜中でいいのに。 @ Kアリーナ横浜 (May. 5, 2024)
  5. Wall of Eyes / The Smile
    and more...

ヨルシカLIVE「月光」

ヨルシカ / 2022

ヨルシカ LIVE「月光」(初回限定盤)(グッズ付)(特典:なし)[Blu-Ray]

 いまさらだけれど、二年前に出たヨルシカ通算二枚目のライヴ映像作品。
 新型コロナ下でリリースされた前作の『前世』は水族館を舞台に無観客で収録されたイレギュラーな作品だったのに対して、今回は観客を入れた2022年のツアー映像を収録したもの。
 つまりヨルシカのライヴが普通に観られる初の映像作品ということになるのだけれども――。
 このライヴがちっとも普通じゃなかった。
 いきなりn-bunaの詩の朗読から始まり、随所に同じような詩の朗読をインサートしつつ、最後も詩の朗読で締めるという構成。
 まさに詩人n-bunaの趣味性が全方位で解放された内容だった。
 語られているのは『だから僕は音楽を辞めた』と『エルマ』の二枚のアルバムで描かれたエイミーとエルマの物語。それを音楽とポエトリーリーディングのコラージュで再現してゆく。
 言葉を大事にする詩人としての姿勢は映像表現にも反映されている。
 全編にわたり、suisの歌に合わせてn-bunaの手書きらしき歌詞がずっと表示されている。ある部分はスーパーインポーズで、ある部分はステージの演出映像の一部として。それがランダムに入れ替わりながら、suisの歌に寄り添って、その歌の解像度を高めてゆく。
 顔出しNGで、n-bunaとsuisのみならずバンドメンバー全員、映るのはシルエットのみなのに、音楽と朗読と映像が混然一体となった演出の妙で、まったく飽きさせない。
 いまや時の人といった感のあるキタニタツヤが一度も素顔をさらさないまま、一介のベーシストに徹しているのもレア感を煽ってくる。
 すでに何度もライヴを観てきたずとまよと違って、いまだにヨルシカは一度も生で観たことがないこともあって、隅々まで丁寧に演出が施されたそのライヴ映像はとても刺激的だ。おかげで何度も繰り返し観たくなる。
 いま現在もっとも映像作品のリリースが楽しみなバンドはヨルシカかもしれない。
 この秋に出る次の映像作品『月と猫のダンス』も楽しみにしてます。
(Jul. 24, 2024)

宮本浩次

五周年記念 birthday Concert GO!/2024年6月12日(水)/ぴあアリーナMM

Woman “Wの悲劇“より

 宮本浩次、五十八歳の誕生日。
 今年もお誕生日会ライヴに参加してきた。チケット運はあいかわらず絶好調で、この日の席も特等席。アリーナ22列目という席番を見て「花道の横あたり?」とか思っていたら、横どころか花道の先に設けられたサブステージの目の前だった。
 花道に向かって右手の角の対角線上のブロック。前から二列目の左隅で、前の女の子の背が低かったから、花道に宮本がやってくると、視界には遮るものがなにもない。
 しかもこの日のコンサートで、宮本はいきなり花道に登場した。
 客電が落ちて暗い中、静かにメンバーが出てきたので、さぁ主役はどこだと探していると、知らないうちに宮本が目の前にいた!――花道でスポットライトを浴びながら、黒いテロテロした生地のコート姿で『Woman "Wの悲劇"より』を歌い始める。
 それを見てあわてて立ち上がる僕ら。
 このところ宮本のライヴは前半は観客が座ったままのことが多かったので、女性にまざると背が高めの僕は立つのをためらって座ったままでいたんだった。
 失敗した~。ちゃんと立って待っていれば、どうやって出てきたのか、わかったかもしれないのに。
 一昨年の代々木体育館でも、オープニングで宮本がいきなり花道に登場したけれど、あのときは席が遠かったから、「あ、あんなところに」という感じだった。
 それに対して今回は、その距離約三メートルくらい? いやぁ、度肝を抜かれました。僕の前にいた女性は感動のあまり泣いていたっぽかった。
 オープニング・ナンバーが薬師丸ひろ子のカバーなのも意表をついていたけれど(まぁ現時点での最新シングルではあるんだけれど)、二曲目の『rain -愛だけを信じて-』にもサプライズがあった。
 なんとサビで宮本が両手を広げてマイクを使っていないのに歌が聴こえてくる。
 口パクかよっ!! なんじゃそら。
 まさか宮本のステージで口パクを観る日がこようとは思ってもみなかった。
 とくに音域がつらそうな曲でもないので、なんでこの曲が口パクだったのか、理由はわからない。その後も口パクの曲があったかどうかもわからない。そもそも宮本がわざとああいう態度をとってそのことを示さなかったら、気がつかなかった可能性も大だし(あまりに自然だったので。いまの技術ってすごい)。まさか口パクに思えただけで、じつはハンドマイクは飾りで、超小型ヘッドセットをつけてて、それで歌を拾っていたとか? いやいや、ないない。
 まぁ、理由はどうあれ、口パクを使うには使うなりの理由があったんだろうし、ああしてわざと口パクであることをバラしたのは、宮本なりの誠意の表れだったのだろうと僕は信じる。

【SET LIST】
    [第一部]
  1. Woman "Wの悲劇"より
  2. rain -愛だけを信じて-
  3. 悲しみの果て
  4. 夜明けのうた
  5. 獣ゆく細道
  6. 異邦人
  7. going my way
  8. はじめての僕デス
  9. passion
  10. 風と共に
  11. sha・la・la・la
  12. 風に吹かれて
  13. 今宵の月のように
    [第二部]
  14. 解き放て、我らが新時代
  15. おかみさん
  16. ガストロンジャー
  17. OH YEAH!(ココロに花を)
  18. この道の先で
  19. P.S. I love you
  20. あなたのやさしさをオレは何に例えよう
  21. 俺たちの明日
  22. 昇る太陽
  23. ハレルヤ
    [Encore]
  24. 冬の花

 ということで、冒頭からサプライズ二連発で始まった今回のバースデイ・コンサート。
 宮本のソロでのリリースが去年は『Woman "Wの悲劇"より』一曲だけだったし、事前になにも告知がなかったので、どんなライヴになるか、いまいち読めなかったのだけれど、開けてみれば、ソロ、カバー、エレカシのナンバーをバランスよく配置した、宮本浩次の集大成的内容だった。バンドは小林武、名越由貴夫、玉田豊夢、キタダマキ(帰ってきたキタダマキと紹介されていた)という縦横無尽ツアーのときの四人。
 去年のステージでエレカシ・ナンバーを惜しげもなく披露していたのはひとりきりのステージでバンドの練習がいらないからかと思っていたけれど、縦横無尽バンドを従えた今年のステージでもおよそ半分近くがエレカシの曲だったのは、ちょっとしたサプライズだった。
 宮本がソロでエレカシの曲をやることをよく思わない人もいるようだけれど、僕はオッケー。そもそもが宮本が書いた曲なわけだし。人の曲をカバーしまくっているいまの宮本ならば、エレカシの曲をソロでセルフカバーするのもありでしょう。エレカシとは違うバンドで聴くエレカシ・ナンバーはそれはそれで新鮮で楽しい。僕は宮本にはソロでもエレカシの曲をガンガンやって欲しい派。
 この日演奏されたエレカシ・ナンバーで意外性があったのは、第二部になって演奏された『おかみさん』と『OH YEAH!(ココロに花を)』。エレカシの代表曲と呼ぶにふさわしいほかの曲にまじってこの二曲が演奏されたのはレアでお得感たっぷりだった。とくに『おかみさん』のガリガリとしたラフなギターサウンドにはエレカシを彷彿とさせるものがあった。この日のマイ・フェイバリットはこの曲。
 話が前後してしまったけれど、第一部の目玉は『みんなのうた』のコーナーで、宮本がこの番組のために歌った三曲――『はじめての僕デス』『風と共に』『passion』――をすべて聴かせるという企画だった。それも『はじめての僕デス』は幼いころの自分の写真をバックに当時のレコードの音源を流して、途中からそれにあわせて生歌を披露するというひとり時間差デュエット状態。
 ワンコーラスだけだったけれど、宮本が『はじめての僕デス』を歌うのを生で聴くのなんて、これが最初で最後でしょう。大変レアな体験でした。まぁでも正直なところ、もう一度聴きたいとは思わないけど。どうせならばその分、ふつうの曲が聴きたい。
 あと第一部でおっと思ったのは『夜明けのうた』が明るい照明の下で歌われたこと。あの曲ってライヴの冒頭で暗い空が明るくなってゆく演出とともに披露されてきたイメージが強かったので、ふつうのライティングがかえって新鮮に感じられた。
 第二部はバンドではなく打ち込みの『解き放て、我らが新時代』で始まり、以降は前述の『おかみさん』『ガストロンジャー』『OH YEAH!!(ココロに花を)』とつづく、ロック色の強い楽曲中心のアッパーな内容。あいだに『P.S. I love you』ほかソロのポップ・ナンバーが二曲挟まったので、個人的には若干テンションが下がってしまったけれど――できれば全編もっとゴリゴリのまま押し切って欲しかった――残念だったのはそれくらい。
 そうそう、この第二部にもサプライズがあった。それは『俺たちの明日』で宮本が名越さんとキタダマキのふたりを引き連れて花道にやってきたこと。わずか数メートル先で名越さんのギターソロとキタダマキのベースプレイを拝めたのは眼福でした。
 でもせっかくふたりが花道に出てきたのに、宮本はその後すぐにひとり花道を降りて、客席内を練り歩き始めてしまったので、観客がそちらの動向に気を取られて、あまり名越さんたちを見てなかったりしたのは、ちょいお気の毒でした。罪づくりな宮本浩次だった。
 ということでその第二部は『あなたのやさしさをオレは何に例えよう』(メンバー紹介つき)から『昇る太陽』『ハレルヤ』という宮本ソロの王道ともいう流れで終了。
 さて、アンコールにはなにを聴かせてくれるのか――と楽しみに待っていたら、この日は『冬の花』一曲だけでおしまいだった。あらら。
 ソロライヴ五周年記念と銘打っている以上、ソロ活動のデビュー曲であるこの曲をやらないはずはないと思っていたけれど、まさかその一曲で終わっちゃうとは……。
 「この曲が本当に好きじゃないから、次の曲で立とうと思って座っていた」という我が奥さまは、次の曲がなく終わってしまったことで『虎に翼』のトラちゃんみたいに「スン…」ってなったと嘆いていた。
 でもたぶんその「スン」の使い方は間違っていると思うよ。
(Jul. 13, 2024)

エレカシ特集はこちら

Another Budokan 1978

Bob Dylan / 2023

アナザー武道館 (2LPエディション) (特典なし) [Analog]

 1978年に日本独自企画として録音・発売され、その後世界リリースされたボブ・ディランのライブ・アルバム『At Budokan』。
 去年その発売から四十五年目にして、武道館でレコーディングされた二日分の全音源が公式リリースされた。
 コンサート二本分の全曲をCD四枚に収録した二万円越えのボックス『The Complete Budokan 1978』は(サブスクで全曲聴けることもあって)さすがに手が出なかったので、かわりにアナログ二枚組限定でリリースされたこちらを買った。
 これは『もうひとつの武道館』というタイトル通り、1978年の『武道館』には収録されなかった音源だけをコンパイルしたダイジェスト版。
 確認したところ、レコーディングされた二日間で演奏されたのは、重複した分をのぞくと全部で三十三曲。そのうちオリジナルの『武道館』に収録されているのは二十二曲だから、これまで未発表だった残りの十一曲がこのアルバムに収録されている。
 まぁ、さすがにそれだけだと地味すぎるからだと思うけれど、『風に吹かれて』や『ライク・ア・ローリング・ストーン』などの代表曲のうちから、オリジナル盤に収録されたものとは別の日のテイクを五曲を加えて、全体のバランスを取ってある。
 まぁ、要するに『武道館』の落穂拾い的な性格のアルバムなんだけれど、これが思いのほかおもしろい。
 ディスク一枚目には一日目、二枚目には二日目の曲を時系列で八曲ずつ収録しているだけなのに、それでいてきちんとライヴの起承転結がついているのがすごい。
 まぁ、コアなファンにとってはライブ全編を聴ける完全版こそ至高なんだろうけれど、そちらは二時間越え(二日分通しで聴くと四時間半)のボリュームだし、それに比べればこちらは一時間強というお手軽さ。それでオリジナル盤には収録されてない楽曲すべてを聴けて、なおかつライヴの起承転結も味わえるというのは捨てがたい。
 あと、なにがいいって、オープニング。
 オリジナルの『武道館』は『ミスター・タンブリング・マン』から始まるけれど、じつはこの曲が演奏されたのはセットリストの三曲目なのだという。
 要するに最初の二曲は収録されていなかったことになる。
 最近の感覚だとライヴのオープニングナンバーがアルバムから漏れるなんて、ちょっと考えにくい。しかもこの時の日本ツアーの一曲目は『A Hard Rain's a-Gonna Fall』(邦題『はげしい雨が降る』)だ。
 ボブ・ディラン初期の傑作のうちのひとつ。
 二曲目はロカビリーのカバーだから割愛されても仕方ないと思うけれど、なぜこの名曲が収録されなかったんだろう?――という疑問は、このアルバムを聴けば一目瞭然だ(いや一目じゃなく一聴)。
 だってインストなんですもん。おいちょっと待てと思う。
 この曲って、若き日のボブ・ディランの詩人としての才能がほとばしる名曲だと思うわけですよ。歌詞は難解で理解しきれないけれど、でもその言葉の喚起するイメージの豊饒さは英語が不自由な僕でさえすごいと思うレベル。
 ノーベル文学賞の授賞式ではパティ・スミスがこの曲を歌ったというし、これが詩人ディランを代表する一曲なのは間違いないでしょう?
 ふつうそんな曲をインストでやる? それもコンサートのオープニングで。
 いやいや、おもしろすぎでしょう。
 ボブ・ディランという人は吟遊詩人的なイメージが強いけれど、じつはとても音楽至上主義的なミュージシャンだと思う。去年の来日公演を観てそう思ったし、今回このアルバムを聴いて、その姿勢はこの頃からぜんぜん変わってないんだなと、その思いを新たにした。
 それにしても彼の「歌」を期待して集まった日本の観客にいきなりインストナンバーをかまして、さらに二曲目には日本人は誰も知らなさそうなロカビリーのカバーを聴かすボブ・ディランって……。
 オリジナル盤がそれらをとばして三曲目から始まるのも致し方なし。
 でも逆にその二曲から始まるからこそ、このアルバムは素晴らしい。
 だってそっけないのはある意味そこだけだから。
 当時の最新アルバム『欲望』からの曲はわずか二曲だけで、あとはキャリアを総括するような代表曲がずらりと並んだサービスメニュー。
 オリジナル・テイクとアレンジが違う曲も多いので、もしもリアルタイムで聴いていたら「コレジャナイ」とか思ったりしたかもしれないけれど、いまとなるとその違いもディランの音楽性の一部だとわかっているので、十分に嬉し楽しい。
 ローリング・サンダー・レビューの流れを汲むのか、バンドもバイオリンにホーン、女性コーラス隊をフィーチャーした豪華編成だし、去年のミニマムでソリッドな演奏と比べると、その音の親しみやすさは段違いだ。
 一度くらいこういうディランも観てみたかったなって思わずにいられない。
 若いころにきちんと彼の音楽と接してこなかったことを後悔しつつ、その一方でいまこれが聴ける喜びをひしと味わえる素敵なライヴ・アルバムだと思う。
(Jun. 27, 2024)

ずっと真夜中でいいのに。

本格中華喫茶・愛のペガサス ~羅武の香辛龍~/2024年5月5日(日)/Kアリーナ横浜

 ずとまよの『純喫茶・愛のペガサス』ツアーの〆は、一月に本編が終了してから四ヵ月ばかり間をあけて、五月のゴールデンウィークの終わりに開催された。
 タイトルは『本格中華喫茶・愛のペガサス ~羅武の香辛龍~』。
 あいかわらず意味不明だ。
 でもずとまよ(ACAね)がすごいのは、そんな意味不明でわけわからんと思わせたタイトルにもきちんと意味があるところ。それもたっぷりと。
 「本格中華喫茶」も「愛のペガサス」も「香辛龍」も、それだけだといったいなんのこっちゃなのだけれど、いざライヴを観ると、あぁなるほど――ってなる。
 まず会場に入った時点で「中華」と「龍」が見まがうことないビジュアルとして目に飛び込んでくる。どーん。
 ステージにはツアー告知ポスターで描かれた中華風の建築物に龍が絡みつくビジュアルが、立体のステージセットとして再現されていた。
 去年の『叢雲のつるぎ』でもそうだったから、おそらく今回もそうくるだろうとは思っていたけれど、それにしても圧巻。2デイズのライヴのためだけにこんなもの作ってペイするのか心配になるレベル。
 「中華」のゆえんは、今回のバンドの音にも反映されている。
 オープニングを飾ったのは、二胡という中国の伝統楽器――演奏者は賈鵬芳(ジャー・パンファン)という中国の方とのこと――のソロ演奏。
 これまでの特別公演には、三味線の小山氏が参加するのが恒例だったけれど、今回は中華というコンセプトのため、かわりにそのジャー氏が抜擢された形だった。
 そんな二胡のソロからバンドの演奏が始まり、ようやくACAねが登場して披露されたこの日の一曲目は『袖のキルト』!
 つづけて「気の抜けた中華街」という歌詞がある『こんなこと騒動』を挟んで、その次が『低血ボルト』!!
 大好きなのにライヴではあまり聴く機会がなかった『袖のキルト』と『低血ボルト』を序盤で聴けて、もうそれだけで大満足。
 さらには五曲目でツアーのラストナンバーだった『花一匁』が飛び出し、その次がずとまよ屈指のジャンプアップナンバー『脳裏上のクラッカー』という流れなんだからたまらない。序盤からはんぱない盛りあがり。
 この日のセットリストはもしや史上最強では?――と思った。
 うん、この時点では。
 あれ、ちょっと違う?――と思ったのは、その何曲かあとに新曲『Blues in the Closet』――長編アニメ『好きでも嫌いなあまのじゃく』の挿入曲としてタイトルだけ発表されていたのに、それを見逃していた僕は、サビ前がすべてラップだったこともあり、最初は新曲ではなく誰かのカバーかと思った(でもサビのメロディを聴いて、あ、これはACAねの書いた曲だなと思った)――を挟んで、スペシャル企画コーナーに突入してからだった。

【SET LIST】
  1. 袖のキルト
  2. こんなこと騒動
  3. 低血ボルト
  4. 消えてしまいそうです
  5. 花一匁
  6. 脳裏上のクラッカー
  7. 違う曲にしようよ
  8. Ham
  9. Blues in the Closet [新曲]
  10. ハゼ馳せる果てまで
  11. マリンブルーの庭園
  12. 君がいて水になる
  13. 機械油
  14. 幻の五香粉 [新曲]
  15. マイノリティ脈絡
  16. 秒針を噛む
  17. 残機
  18. 綺羅キラー
  19. あいつら全員同窓会
  20. 正義
    [Encore]
  21. ミラーチューン
  22. 嘘じゃない [新曲]
  23. 暗く黒く

 まずは『愛のペガサス』ツアーで恒例だったランチメニューのコーナー。
 この日のABCの三択メニューがどんな料理名だったかは、年寄りの記憶力の衰えゆえ、かけらも覚えていないけれど、オーディエンスに選ばれて演奏されたのはCランチの『ハゼ馳せる果てまで』だった。
 個人的に大好きな曲だし、それ自体はいいんだけれど、その曲とのトレードオフで演奏されずに終わったあとの二曲が、どうやら『お勉強しといてよ』と『MILABO』だったらしい。
 マジ? その二曲がセットリストから外れるとかあり?
 まぁ、名曲ぞろいのずとまよだから、いまとなるとその二曲をはずしてもまったく遜色ないセットリストになりはするんだけれども。いやでも。
 いまだ個人的にはライブで聴きたいナンバーのベスト5に入る大好きな『お勉強しといてよ』が聴けなかったのは、どうにもこうにも残念だった。
 この日のランチメニューの即席演奏のテーマは「師弟で営む喫茶店が地上げ屋にゆすられて、買収されかけた師匠を弟子が更生させる」みたいなやつ。ステージでは演奏に参加しないオープンリールの人たちが三文芝居を繰り広げていた(音のほうがどうだったかはすでに記憶の彼方)。
 そのあとの花道の先に設営されたサブステージでの四曲が今回のハイライト――というか、この日限りのスペシャル企画。
 まずは、七十年代のテレビアニメの予告編みたいなのが流れ――たぶんベテランの有名な声優さんにナレーションをお願いしたんでしょう――激レア香辛料、幻の五香粉(ウーシャンフェン)を買いにゆくという設定で、ACAねが羽の生えたペガサス風の原付に乗って登場する。それもワイヤーアクションで、右手の上のほうから空を飛んで降りてきて、ゆっくりとサブステージへ。
 ここからはなんと、去年の十一月に一晩だけ開催されたACAねとオープンリールアンサンブルとのスペシャルユニット、スパイシーズの『恋のダビング -実録!幻の五香粉を求めて-』の再現コーナー。サブステージにはACAねひとりで、花道にメンバーが横並びになった状態で、『マリンブルーの庭園』と『君がいて水になる』の二曲が披露される。
 そのあとでこの日のキーワード「本格中華」が本領発揮。なんとACAねがサブステージで炒飯を炒めはじめたのだった。
 まぁ、つくっていた納豆キムチ炒飯が本格中華なのかは疑問の残るところだし、出来もやや疑問だったけれど(炒めが足りない感じ)、ステージでバンドの奏でるダンスビートをBGMに「卵投入~、チャーシュー投入~、塩コショウ~」と解説を加えながら炒飯をつくるACAねの姿にはなんともいえないおかしみがあった。
 そして傑作だったのが調理の仕上げ。最後げに油を中華鍋に投入したACAねは、そこから「油、油、油~」と連呼したあと(どんだけ入れるんだ)、最後に「油、油、あぶら~、機械油!」と叫んで『機械油』を演奏し始めたのだった。
 わははー。大笑い。
 あまりにおかしくて演奏がどんなだったかよく覚えていないけれど、この日は小山さんがいなかったので、かわりに二胡がフィーチャーされていた(はず)。日本の伝統楽器の代わりに中国の楽器が使われているというのも、中華というコンセプトありきで見事だなぁと思った。
 そのあとにスパシーズのために書き上げたコミカルな『幻の五香粉』(生で聴くのは最初で最後だと思う)も披露してサブステージのコーナーは終了。ACAねはふたたび原付にまたがり、空を飛んで帰っていった。
 この日の会場は去年オープンしたKアリーナ横浜で、テーマが中華だから横浜にしたのか、横浜でやることになったから中華がテーマになったのか、鶏が先か卵が先か、どちらだかはわからないけれど、いずれにせよ横浜という会場の選定までがライヴのコンセプトに沿っているのがすごい。
 さらには中華の香辛料に五香粉を使うということで、一晩限りのスペシャル企画だったはずのスパイシーズまで組み込まれているという。なにこの構成力のすごさ?
 まぁ、この日はランチコーナーも長かったし、バイクでの入退場やクッキングなど、音楽以外にたっぷりと時間をかけていたので、正直なところちょっと長すぎじゃん?――と思ってしまったところはある。レキシのライブを観たときと同じ感じ。おもしろいっちゃ、おもしろいんだけれど、俺はふつうにもっと音楽をたくさん聴かせてもらえたほうが嬉しいんだけどなぁって。
 ということで、序盤の「今夜は最高!」な気分が、このコーナーのおかげですっかり沈静化しました。
 それでもその後の『マイノリティ脈絡』から本編最後の『正義』まではキラーチューン連発で文句のつけようのない出来。『綺羅キラー』では途中までACAねのラップで聴かせたあと、途中からゲストでMori Caliopeが登場するというサプライズがあった。
 『正義』のイントロがいつものピアニカではなく、二胡だったのもさすがだなと思った。もともとバイオリンもフィーチャーされているから、その曲を中華化する発想には至極納得。ツアー本編のセットリストにはなかったこの曲が最後なのにもグッときた。
 アンコールは『ミラーチューン』で始まって、新曲『嘘じゃない』を初披露。そして最後は『暗く黒く』で締めという内容だった。
 最後は陽性の曲でアッパーに締めるのがパターンが多かったから、せつない『暗く黒く』で終わるのも意外性があった。
 あと、この曲の間奏ではスクリーンを使ったバンド紹介があった。去年は確か「ドラム」とか「ベース」とか、パート名しか紹介してくれなかったけれど、今回は(ニックネームではあったけれど)ちゃんとメンバー名を紹介してくれたのがよかった。まぁ、覚えられりゃしないんだが。
 バンドは今回も大所帯。ギター、キーボード、ドラムが二人ずつ(メンバーはいつもの人たち)に弦楽四重奏にホーンにオープンリール三人組、さらには二胡というフルセットで、ホーンはふだんの三人にサックスが加わった四人編成だった。
 そのメンバーを見たときには、おぉ、きょうは『ミラーチューン』の間奏のフレーズをオリジナル通りサックスで聴ける!――と盛りあがったにもかかわらず、いざアンコールでその曲が演奏されたときにはすっかりそのことを忘れていて、間奏がちゃんとサックスだったかどうか見落としました。だせぇ。
 ライヴ終了後には秋からのツアー『やきやきヤンキーツアー2』の発表があり、一年後の五月にはそのツアーを締めくくるアリーナ公演が開催されることも告知された(来年の話にもほどがある。鬼大笑い)。今回は開場時と終演後のステージの写真撮影が許可されたし、最後までいろいろと盛りだくさんで楽しい一夜だった。
(Jun. 13, 2024)

Wall of Eyes

The Smile / 2023

Wall of Eyes [国内盤CD / 解説書・歌詞対訳付き / 高音質UHQCD仕様] (XL1394CDJP)

 レディオヘッドはどうした?――と聞きたくなるトム・ヨークとジョニー・グリーンウッドのサイド・プロジェクト、ザ・スマイルのセカンド・アルバム。
 レディオヘッドの近年のリリース・インターバルが四~五年だったのを考えると、前作からわずか二年でこのアルバムがリリースされたのがまずは驚きだ。ほんと、レディオヘッドはどうなったんだ。
 内容は前作同様に生音志向の仕上がり。でもファーストに比べると音作りがより繊細でメランコリックな感触が強くなっている。前作ではもっとビート感を打ち出した曲もあったけれど、今回はそういうのがほとんどなくて、全体的におとなしめ。
 最近はフロントマンふたりがそろってサントラの仕事に精を出しているので、そういう環境音楽的なアプローチがバンドの作品にも反映されているのかもしれない。
 ラス前でもっとも長い『Being Hectic』で終盤にノイジーでラウドになる場面があるのがアルバム唯一のクライマックスという感じだけれど、曲自体が地味目なので、正直それほどの高揚感があるでもない。
 とはいえ、五曲目の『Friend of A Friend』のまるでサージェント・ペパーなサイケデリック・サウンドには意外性があるし、全体的に丁寧に作りこまれたビンテージ感たっぷりのサウンドがこの作品のいちばんの魅力だと思う。
 歌詞がわかればまた話は違うのかもしれないけれど、僕にとってはなによりまずその音作りを味わうべきって作品。
 まぁ、レディオヘッドのころから、この人たちの作品って常にそうだった気もする。
(May. 29, 2024)