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最近の五本

  1. SUMMER SONIC 2023 @ ZOZOマリンスタジアム&幕張メッセ (Aug 19, 2023)
  2. yes. I. do / エレファントカシマシ
  3. 秋の日に / 宮本浩次
  4. 宮本浩次 @ ぴあアリーナMM (Jun 12, 2023)
  5. 沈香学 / ずっと真夜中でいいのに。
    and more...

SUMMER SONIC 2023

2023年8月19日(土)/ZOZOマリンスタジアム&幕張メッセ

 去年のソニックマニアにつづき、今年はサマソニ本編の一日目に参加してきた。新型コロナウィルスの猛威も一段落して、世の中もようやく正常に戻りつつあるなぁと思うきょうこの頃。
 いやしかし、夏フェスってゆくたびに寄る年波の限界を感じるのが毎年恒例になってしまっているけれど、今年は極めつけだった。
 だって、観たいバンドがほとんどないので、入場したのは午後からだし。
 「ブラーが観たい!」って率先してチケットを取ったうちの奥さんは体調不良で別行動になってしまい、夕方からの参加だったし。しかも幕張まで来るだけで疲れ切ってて、到着するなり坐り込んでしまう始末。
 僕は僕でしょっぱなから熱中症で倒れちゃうし。
 いやいやいや。いい加減もうフェスは無理でしょうって思った。ここ数年はうちの奥さんが帰宅後に「今年でもう夏フェスは最後にする」と宣言するのが恒例になっているけれど、今年ばかりは本当にもう限界かもと思った。
 五十代でも日常的に体を動かしている人ならばまた話は違うんだろうけど、僕ら夫婦は完全なインドア人間で、若いころからまったくスポーツをしたことがない者同士だし、僕に限っていえば、新型コロナによるテレワーク化で、ここ三年ばかりはほとんどうちを出ない生活を送っているものだから、いまや体力は完全に老人並み。二時間のライブをスタンディングで観るのが精一杯の男に、朝から十時間コースのフェスなど無理筋すぎる。
 観たいバンドがないのだって、昔だったら、ないならないで、知らないバンドを調べて、よしこれを観ようと決めてオープニングアクトから足を運んだのに、いまやそういう気力がない。今回なんてブラー以外の出演者をよく知らないことのに気がついたのが本番の三日前だった。それでは、たとえいいバンドと出逢えても、予習に聴き込む時間がありゃしない。
 そんな風に、体力のみならず、気力や好奇心の衰えもいちじるしい。こりゃもう本当にそろそろ引退の潮時なんだろうなぁと、今回ばかりはマジで思いました。
 ――まぁ、とかいいつつ、喉元過ぎれば熱さを忘れるで、この先ザ・キュアーやコステロが出ると聞けば、またチケットを取っちゃうのは想像に難くないんだけれども。
 でも、この先はゆくにせよ「面倒だけれど仕方ないなぁ」って感じになってしまうんだろうなと思う。あぁ、本当に若くないっすねぇ……。

 ということで、五十六歳という自分の年齢を痛感させられた2023年のサマソニ。
 最初に観たのはビーチステージのザ・ペトロールズ。
 ザ・ペトロールズは東京事変の浮雲こと長岡亮介、ベースの三浦淳悟、ドラムの河村俊秀という三人によるスリー・ピース・バンドで、浮雲がボーカルをつとめている。
 このバンドの存在を知ったのが、まさに本番の三日前で、「え、浮雲サマソニに出るのかよ。じゃあ観とかないとじゃん」と思って、奥さんとは別行動でひとりで観ることにしたのでしたが――。
 場所はビーチステージ。真夏の熾烈な陽射しを遮るものがなにもない砂浜の上。開演は13時40分と午後の暑さの真っ盛り。
 浮雲のソリッドなギターと柔らかな歌声――東京事変で椎名林檎と対峙するといまいちものたりない印象が否めないけれど、ソロで聴くと思いのほか心地よかった――は普段ならば十分に楽しめるものだったけれど、いかんせん暑い暑い熱~い。
 この日のビーチステージは「Curated by Gen Hoshino」と銘打って、星野源が出演アーティストを決めたとのことで、開演前に星野源本人からの挨拶があった。源さんも「暑いから本当に気をつけてください」と言っていたけれど、本当に暑~い!
 四十分のステージを半分まで観たところで、こりゃ最後まで持つかなと不安になり、それでもあと半分でおしまいだからと我慢してみたものの、あまりの暑さに集中力を削がれて、ぜんぜん音楽に集中できない。三十分が過ぎたところで、こんな状態で無理して観ていてもしかたないと思い、後ろ髪を引かれながらステージをあとにした。
 で、スタジアムへと向かう木陰のある通り道まであと十メートルってところで――。
 立ち眩みで目の前が真っ白になり、ぶっ倒れそうになりました。
 前を歩いていた人にぶつかったのか、知らない青年が「大丈夫ですか?」と声をかけてくれた(若者優しい)。
 たまたま係員が近くにいて「救護エリアへ行きますか?」とも問われたのだけれども、その時点では単なる立ち眩みだからちょっと休んでいれば治るだろうと思ったので、そのまま通路の片隅に座り込んで休ませてもらった。
 でも、眩暈だけならまだしも、手足の指にぴりぴりとした変な痺れがある。あぁ、こりゃまずそうだなぁと思ったのだけれど、そのままそこに座っていても埒があかないので、しばらく休んだあとで意を決して立ち上がり、係の人に挨拶してその場を離れ、目の前のちょっとだけ涼しげな木陰道に歩み入った。なんとかしてメッセまでたどり着いて、涼しいところで休もうと思った。
 でも駄目だった。歩き出してすぐに、また目の前が真っ白に――。
 今度はビーチステージの出口あたりでもう一度座り込み、しばらく休んでから再挑戦するも、なんとかスタジアムの前まで戻った時点でふたたび立ち眩み。あぁ、こりゃもう駄目だと思った。とてもメッセにたどり着ける気がしない。
 そうしたら、たまたま目の前に「救護エリア」の看板がどーんと。
 これはもうここで休めという誰かさんの思し召しだろうと思い、ふらふらになりながら係の人に場所を確認して、スタジアムの救護エリアに転がり込んだ。
 救護エリアは緑色のネットに囲まれた野球場のブルペンみたいな部屋で、看護師らしき係の人に塩タブ二粒と経口保水液を紙コップに二杯もらい、天井に張り渡された配管を眺めながら、床に敷いたヨガマットの上でしばらく横にならせてもらった。熱覚まし用に氷が入ったビニール袋もくれたし、いたれりつくせり。
 なによりこの部屋はエアコンが効いていて、とても快適だった。メッセよりも断然涼しかった。おかげで比較的早めに回復できた気がする。ビーチの救護エリアは屋外だから、エアコンなんてあるはずもないので、無理してスタジアムまで戻ったのが大正解だった。
 横になっているあいだに[Alexandros]の『ワタリドリ』が聞こえてきた。マリンステージは彼らの出番だったらしい。

 ニ十分くらいでなんとか回復したようだったので、看護の人にお礼をいって救護エリアを出てメッセへ移動した。途中でまた倒れたりしないか冷やひやだったけれど、なんとか無事にメッセにたどり着くことができた。
 人もまばらなマウンテン・ステージのフロアでしばらく休んだあと、10分押しで始まったガブリエルズを観た。
 ガブリエルズも知ったのは三日目のこと。ジェイコブ・ラスクというファルセット・ボイスの黒人シンガーをフィーチャーしたソウル・グループで、メンバーは彼のほか、白人ふたりの三人組。その片方がヴァイオリニストだというのが、このバンドに他と一線を画する個性を与えている(もうひとりはキーボード)。
 ボーカルのジェイコブ・ラスクという人は、ぱっと見のインパクトがすごかった。とにかく体の横幅がはんぱない。こんなに体積の多い人は日本にはまずいなかろうってボリューム感。
 そんな巨漢をタキシードにくるみ、その上にニューオーリンズ風の柄物のガウンを羽織り、さらには同じ柄の大きな帽子をかぶっている。でもってその派手なガウンをビヨンセみたいに風になびかせている。
 一曲目が終わったあと、気取った態度で帽子を投げ捨て、二曲目では空手の殺陣{たて}みたいな珍妙なアクションを見せたりもする。その巨体とコミカルな仕草が、僕の隣にいた二組のカップルに大うけだった。ほんとでかいのに変に可愛い。
 そしてなにより歌がすごい。上手いうえに声量が桁違い。なんかひさしぶりに本格的なソウル・シンガーの歌を聴いた気がする。レコーディング作品からは伝わり切らない、エレカシ宮本を彷彿とさせる凄さがあった。本格的なのにちょっとコミカルなところも似ていると思う。見た目の類似点は皆無どころか正反対ってほどだけれど。
 そんな彼の素晴らしい歌声に、ヴァイオリンの奥深い響きが加わるガブリエルズの音楽は生だとよりいっそう映えた。スローな曲ばかりだけれど、彼のボーカルとこのバンドの音にはあまり速い曲はそぐわない気がする。
 残念ながら途中で、遅れて到着したうちの奥さんとの待ち合わせ時間になってしまったので、最後まで観ずにステージを離れてしまったけれど、このバンドはいずれフルセットのライブを観たいと思った。
 そういや、倒れたあとなので坐ったまま観るつもりだったのに、あまりによかったので最後まで立ったままで観てしまった。われながら元気でなによりだ。

 そのあと、うちの奥さんと合流して一緒に観たのがCornelius。
 新譜『夢中無 -Dream In Dream-』のリリース後だから、なにか新しい展開があるかと期待していたのだけれど、基本的なコンセプトやセットリストの流れは『Mellow Waves』のときとほぼ一緒だった。何曲か新曲を取り込んではいるけれど、演出自体はまったく変わらず。去年もソニマニでコーネリアスを観ている僕のような外様のリスナーにとってはまったく新鮮味のないステージだった。
 そもそも去年は確かフジロックの配信でも観たし、それ以前にコロナ前のソニマニでも観ているし、その二年前にはベックの武道館のオープニングアクトもあったわけで。そのすべてがほぼ同じ演出スタイルなのだから、いい加減飽きもくる。
 コーネリアスのステージって、ミュージックビデオを生演奏で再現しているようなものなので、初見のインパクトはものすごいのだけれど、どうしても二度、三度と重ねて観ると飽きがくる感が否めない。
 もしかしたら映像の内容には手が入れられていて、微妙な変化は加えてあるのかもしれないけれど、僕のようなファンでない人間からすると、そんな間違い探しみたいな変化はないも同然。去年は白かった衣装が今回は黒かったとか、去年は三人だったけれど今年は四人だったとか。それくらいの違いしか認識できない。
 なまじ音はパキパキに分離がよくて、シャープな曲は切れがあり、ラウドな曲は豪快で、音響的にはなにひとつ文句のないステージなのに――去年やった長尺のインストナンバーがなくなった分、セットリスト的にも今年のほうがよかった――ただ単に演出がいつも一緒なせいで、新鮮味が足りないとか文句をつけたくなってしまうのって、なんかとってももったいないなぁと思う。
 一度は絶対に生で観たほうがいいと思うけれど、それでいて一度観るともうそれで十分って気がしてしまう――コーネリアスっそんなバンドだと思う。
 でもって、そういうバンドってあまりないような気がする。よくも悪くもコーネリアスって特殊なバンドかもしれないなぁって思いながら、僕はこの日の小山田くんたちのステージを観ていた。
 ほんと、演奏は文句なしの素晴らしさでした。

 コーネリアスのあとに早めの夕食をとってから、暮れなずむ空を見上げながらスタジアムに向かった。
 最後に観たのはこの日のマリンステージのヘッドライナー、ブラー。
 せっかくだからアリーナの前のほうのステージの近くで観たいという思いもあったけれど、無理して倒れちゃしかたないので、今回はステージ向かって左手のスタンド一階席を確保した。
 二階席と違って風が通らず、とても暑いのにはまいったけれど、それでもステージの見晴らしはよくて、ライヴを観るには文句なしの良席だった。音楽自体を純粋にストレスなしで楽しむには、無理して混雑したアリーナに潜り込むより、こういうスタンド席のほうがいいかもって思った。
 ブラーはセカンド・アルバムの頃からずっと聴いていて、つきあい自体が長い上にライヴ・ビデオも何本か持っているので、なんとなく過去に観たことがあるような気になっていたけれど、実際にライヴを観るのはこれが初めてだった(なんてこった)。
 で、初めて生で観たブラーの感想。
 いや、だてに三十年以上のキャリアを誇っているわけではないなと。
 まるでUKロックのいいとこどりをしたバンドだなって思った。
 だって『Beatlebam』なんて、まるでビートルズみたいじゃん! シンプルなギターリフのイントロにつづくあっさりとしたAメロ、そののあとのとてつもなくメロディアスなBメロのサビ。そして最後はラウドでノイジーなアウトロ。
 この一曲のなかにUKロックの良質な部分がこれでもかって詰まっている。こんなすごい曲だったのかと、生で聴いてみて改めて再認識した。
 そんなゴージャスな曲があるのに、冒頭はパブ・ロックの流れを汲むような新曲『St. Charles Sauare』で始まる。二曲目もアルバム未収録のシングル曲『Popscene』(聴き込みが甘いのでどちらも曲名がわからず)。
 すっかりベテランの域にあるのに、まったくリスナーに媚びていないその選曲は、ポップなバンド・イメージに反してとても硬派だった。翌日のリアム・ギャラガー(配信で観た)が最初からオアシス・ナンバーを連発していたのとは対照的だ。

【SET LIST】
  1. St. Charles Square
  2. Popscene
  3. Beetlebum
  4. Goodbye Albert
  5. Trimm Trabb
  6. Villa Rosie
  7. Coffee & TV
  8. Country House
  9. Parklife
  10. To the End
  11. Barbaric
  12. Girls & Boys
  13. Advert
  14. Song 2
  15. The Heights
  16. This Is a Low
  17. Tender
  18. The Narcissist
  19. The Universal

 まぁ、冒頭の二曲こそ「えっ?」って感じだったけれど、その次がさきほどの『Beatlebum』で、そこから先は往年の名曲が惜しげもなく披露されていって、あらためていい曲多いなぁって思った。
 個々の楽曲でとくに印象的だったのは『Tender』で、とろとろにメローなのを予想していたら、思ったより元気なアレンジで、いい意味で意表をつかれた。
 そういや『Parklife』か『Girls and Boys』だったか忘れたけれど、デーモンが当時のぶ厚いジャージに着替えて出てきて、そのあとずっとその格好だったのも笑った。いやいや、それは暑いでしょう。着替えようよ。
 新譜の『The Ballad of Darren』がリリースされたばかりということで、そのアルバムからの新曲が要所要所に配されていたのも好印象だった。
 オープニングの『St. Charles Sauare』もそうだし、アルバムの中で個人的にもっとも好きな『Barbaric』と『The Narcissist』が、往年の代表曲に混じって、中盤から後半にかけてのここぞというタイミングで披露されたのにはぐっときた(いまどきの若者の言葉を借りれば「エモかった」)。新譜を大事にするバンドっていいよね。
 スクリーンの演出は曲ごとに背景の色を変えたモノクロ映像(ベル&セバスチャンのアルバム・ジャケットのイメージ)が主で、メンバーの姿をスタイリッシュに映し出してゆく。とてもスマートな印象だった。
 もう曲よし、見せ方よし。UKロックのいちばんいい部分だけをこれでもかって盛り込んだような素敵なステージだった。このバンドのライヴをこれまでに一度も観たことがなかったのは大失敗だったんじゃないかって思うほど素晴らしさだった。こういうライヴを見せてもらっちゃうと、フェスはこれが最後だとか言いにくいなぁって思った。
 そんなこの日のブラーのステージで唯一の不満は『For Tomorrow』を聴かせてもらえなかったこと。
 本編でやらなかったから、アンコールにとってあるんだとばかり思っていたら、アンコールなしで終わってしまったから愕然とした。
 しかもサマソニ恒例の花火もあがらないし。
 そんなのあり??
 まぁ、花火はともかく、ブラーといえば、やっぱ『For Tomorrow』でしょう?
 朝からずっと頭の中で鳴っていた「ジャッジャッジャッ」ってあのイントロを生で聴けるものとばかり信じ切っていたこの気持ちをいったいどうしてくれるんだ?
 うちの奥さん相手にそんな愚痴をこぼしながら帰路についた今年のサマソニだった。
(Sep. 10, 2023)

yes. I. do

エレファントカシマシ / 2023

yes. I. do (通常盤)

 つづいてエレカシも。今年の三月にリリースされた通算五十一枚目のシングル。
 これがなんと、エレカシのシングルとしては――配信シングルの『Easy Go』を除くと――2017年の『RESTART/今を歌え』以来、単純計算すれば六年ぶりとのこと。
 エレカシのシングルって、そんなに長いこと出てなかったのかって驚いた。
 まぁ、その間にも宮本のソロがガンガン出ていたので、それほど長くご無沙汰していた感はないんだけれど。
 でも、聴き比べると音作りがまったく違う。ウェルメイドなポップスに仕上がっている宮本のソロに対して、エレカシの音はラフでオーソドックスで、これぞロックな仕上がり。やっぱ僕にはこちらの音のほうがしっくりくる。
 ゲストで参加している鍵盤奏者が『yes. I. do』は細野魚さん、カップリングの『It's onely lonely crazy days』はソウル・フラワー・ユニオンの奥野真哉ってのも、このシングルの重要ポイント。
 奥野氏はこれまでもテレビ出演時なんかにエレカシや宮本のバックを務めていたけれど、レコーディングに参加するのは初めて? だよね?
 かつて中川敬から「セッションやろうや」って誘われても断っていた宮本が、同じソウル・フラワーの奥野氏とレコーディング・スタジオに入っているのって、個人的にはとても嬉しい事件だった。
 曲自体もよいです――が、惜しむらくはタイトルを始めとして、歌詞にも紋切り型の中学英語が溢れかえっている点。
 最近の宮本は――売れたことですっかり満たされてしまって歌いたいことがないのか――話せもしない英語の歌詞で隙間を埋めている感があって、そういうところがいささか残念。なまじ最近の若いアーティストたちが日本語の歌詞のまま堂々と世界に挑んでいる状況だからなおさらそう思う。
 願わくばこれから迎える老境を日本語で――しっかりとした自分の言葉で――歌いきる宮本の歌が僕は聴きたい。
(Jul. 16, 2023)

秋の日に

宮本浩次 / 2022

秋の日に (初回限定盤)(3枚組)

 先月ひさびさに音楽について文章を書いたら、もっと書けそうな気分になったので、いまさらだけれど、ここからは落穂拾い的に何枚か。
 まずは去年の十一月に出た宮本浩次の女性歌謡曲カバー・アルバムの第二弾。タイトルは『秋の日に』(猛暑日がつづくさなかに取り上げるにはいまいちふさわしくない)。
 これはいろんな意味で意外性のある一枚だった。
 そもそもミニ・アルバムとはいえ、『ROMANCE』と同じコンセプトでもう一枚アルバムが出るなんて思ってもみなかった。よほど歌いたい曲が多かったんだろうか。
 収録された全六曲のうちに、またもやユーミン(『まちぶせ』)と中島みゆき(『あばよ』)の曲が入っているのもささやかなサプライズ。このお二方に対する宮本のリスペクトがすごい。
 さらには中森明菜が二曲入り(『飾りじゃないのよ涙は』と『DESIRE』)。松田聖子だけじゃなくて中森明菜も好きのかっ!――って思った(まぁ、僕も好きだったけど)。
 以上を含め、宮本がこれまでにカバーしてきた曲は、僕らの同世代ならば、好き嫌いにかかわらず誰もが耳にしたことがあるようなヒット曲ばかりだったから、『ROMANCE』の収録曲はすべて知っていたし、このアルバムも同様――かと思ったら、今回は違った。平山みきの『愛の戯れ』、この曲だけは聴いたことがなかった。
 調べたら1975年の曲だから、当時の僕らは九歳。音楽を聴かない家庭で育った僕なんかが知らなくて当然なこの曲を取り上げるあたりに、母親が音楽好きだったという宮本の家庭環境が垣間見える貴重な一曲だと思う。
 アルバムの最後を飾る小林明子の『恋におちて -Fall In Love-』は音がいい。アルバム全体は小林武史氏プロデュースのいつもの整った音作りで、僕としてはいまひとつ引っかかるものがないのだけれど、これだけは宮本のギターの弾き語りをベースにしているせいで、音が妙にラフで生々しい。そこがすごくよかった。これぞ宮本って気がする。最後がこの曲ってのがよかった。終わりよければすべてよし。
 振り返って聴き返してみたら、『ROMANCE』のラストの『FIRST LOVE』も同様のアレンジだった。あちらでは特になんとも思わなかったのに、この曲はミニ・アルバムで曲数が少ない中にあるせいか、なんか妙にぐっときてしまった。いまさら『恋におちて』を聴いて、そんな風に感動した自分に驚いた。
 ということで、短いながらにいろいろとサプライズが多い一枚だった。
(Jul. 16, 2023)

宮本浩次

宮本浩次 Birthday Concert 「my room」/2023年6月12日(月)/ぴあアリーナMM

 宮本浩次がおもしろすぎる。
 これで五年連続となるエレカシ宮本のバースデイ・ライブ。
 五年連続とはいっても、ソロ活動開始前の最初のリキッドルームはチケットが取れず(うちの奥さんがひとりで観にいった)、その翌年はCOVID-19のせいで宮本の仕事場からの生配信だったから、僕が彼のお誕生会に参加させてもらうのはこれが三回目。
 とはいっても、過去二回と今回とではまったく内容が違った。
 去年おととしのライブは縦横無尽バンドのステージだったから、ソロでのバンド活動を宮本の誕生日にあわせてやっちゃいましょうって企画だった。まぁ、去年は自分でバースデイ・ケーキのろうそくを吹き消しちゃったりして、みずから祝う気まんまんだったけど。
 それに対して、今回は宮本の独演会。ステージには宮本ひとりしかいない。
 ソロ活動が一段落したこのタイミングで自らの誕生日に小林さんたちに出演依頼するのは「俺の誕生日を祝ってくれ!」って言っているみたいで気恥ずかしいと思ったのか、エレカシでやるのもバンドを私物化するようでよくないと思ったのか。
 理由はよくわからないけれど、宮本はみずからの五十七歳の誕生日にひとりきりでステージに立つことを選んだ。
 会場は宮本にとって――僕にとっても――初となる、ぴあアリーナMM(「MM」はたぶん「みなとみらい」の略)。収容人員は一万二千人以上。
 そんな広いところで弾き語りのライヴやって大丈夫なの?――と始まるまではちょっと不安だったんだけれど、そんな心配ははいらぬお世話だった。宮本浩次の破格の才能は――というか彼の素っ頓狂なキャラは――この広い箱をものともしなかった。
 まぁ、考えてみれば、民生さんの広島球場とか、あいみょんの甲子園とか、もっと広いスタジアムで弾き語りライヴやってる人だっているんだもんね。三十五年以上にわたってバンドのフロントマンを堂々と務めてきた宮本にできないはずがないよなって、あとで思った。宮本のあの声の前には一万規模の会場でさえライブハウスも同然だった。バンドの音圧がないがゆえに、あのボーカルのすごさが際立っていた。とにかく声の立体感がはんぱない。
 宮本の場合はお世辞にもギターが上手いとはいえないので、ひとりで大丈夫かと心配していたところがあったんだけれど、そこは一般的なアコギの弾き語りライヴとは違って、エレキあり、同期モノあり、カラオケありと、様々な演奏パターンを織り交ぜることで、これまで観たことがないような、おもしろいステージを見せてくれた。

【SET LIST】
    [第一部]
  1. 通りを越え行く
  2. 部屋
  3. 解き放て、我らが新時代
  4. 孤独な旅人
  5. きみに会いたい -Dance with you-
  6. 悲しみの果て
  7. やさしさ
  8. 翳りゆく部屋
  9. 二人でお酒を
  10. 夜明けのうた
  11. OH YEAH!(ココロに花を)
  12. 冬の花
  13. First Love
    [第二部]
  14. こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい
  15. 赤い薔薇
  16. この道の先で
  17. 月夜の散歩
  18. 獣ゆく細道
  19. 恋におちて -Fall in love-
  20. rain -愛だけを信じて-
  21. 君がここにいる
  22. sha・la・la・la
  23. passion
  24. 昇る太陽
  25. ハレルヤ
    [Encore]

  26. 冬の夜 (1コーラス)
  27. P.S. I love you

 内容としては、2020年に作業場でひとりきりでやった配信ライヴを、大胆にも人前でやっちゃおうという企画なわけだ。なので、タイトルも「my room」と題して、ステージにはギターやアンプ以外にも、宮本が自宅から持ち込んだらしいソファやドラムセットなんかが配置されていた。要するに宮本のお宅拝見(仮)な感じ。ソファの横のサイドテーブルには真っ赤なバラの一輪差しが飾られていたりする。
 アリーナなので当然、大型スクリーンも配置されている。ステージ背景と左右で計三面。だからそれなりに映像演出があるのかと思ったら、そうではなかった。このスクリーンがライヴのあいだ、延々と宮本の姿を追いつづけるだけという趣向。
 ステージにいるのは宮本ひとりだし、大きなスクリーンに映るのも宮本だけ。肉眼で見る宮本+スクリーンに映る宮本の姿が三面。計四人分の宮本の表情を追いながら、あの強烈な歌声を二時間以上に渡って浴び続けるという――。
 まさに純度百パーセントの宮本浩次を堪能できるレア企画。
 宮本推しの女性たちにとってはこれ以上はないんじゃないの?――って思ってしまうような究極のライヴ体験だった。
 オープニングもなかなか振るっていた。
 なんと一曲目の『通りを超え行く』――いきなりエレカシ・ナンバー!――は、楽屋からの配信映像。しかもiPhoneを使ってのTikTok的なやつ。それを左右の大型スクリーンに映し出すという。初っ端からちょっとリアクションに困る展開。
 一曲目にアーティストが登場しない演出がこのごろはほかのアーティストでもたまにあるけれど――そういや二年前の縦横無尽のバースデイも一曲目の『夜明けのうた』はステージが暗すぎて宮本が見えなかったっけ――正直ファン目線ではそういう演出ってあまり嬉しくない。せっかく生なんだから、最初からアーティストの姿をこの目で拝みたい。
 まぁ、この日はワンコーラスだか歌ったところで、おもむろにiPhoneを手にとって、自撮りで歌いながらステージへと向かう宮本がおもしろかったのでヨシ。しかもようやくステージにその姿を見せたと思ったら、その瞬間にスクリーンには「ディスク容量オーバーです」というアラート表示(自撮りを反転させているせいで裏返し)が出るというおまけつき。あれを狙ってやったんじゃないとしたらすごすぎる。奇跡的。
 宮本は超~高そうな黒い紗入りのシャツに黒のレザーパンツという格好だった。
 あと、歌いながら自由に動き回れるようにってことで、ヘッドセットマイク(マイケル・ジャクソンとかアイドルが踊りながら歌うときにつけてるやつ)を使っていたのがこの夜のいちばんのサプライズだった。
 あれってずっとつけたままだったけれど、ハンドマイクで歌うときって、どっちのマイクから声を拾ってたんですかね。謎。――というか、たぶんヘッドセット・マイクつけてる人は、ふつうわざわざ別にハンドマイク使わないよね。ほんと変な人で楽しい。
 僕は「my room」というイベントタイトルを聴いたときから一曲目はエレカシの『部屋』かもと思っていたんだけれど、果たしてつづく二曲目がその曲だった(嬉)。
 つまり始まりからいきなり二曲連続でエレカシ・ナンバー。
 ソロ活動の延長だから基本的にやるのはソロの曲ばかりだろうと思っていたので、これには意表を突かれた。この日のセットリスト全二十八曲のうち、じつに十三曲がエレカシの曲だった。しかも、なかにはエレカシでもひさしく聴いたことがないナンバーを含む。
 まぁ、考えてみれば、バンドでやるならば練習が必要だけれど、この日は宮本ひとりなんだもんね。彼個人からすればソロの曲もエレカシの曲も違いがないわけだし。別に両者を区別する必要はないんだよなって、これもあとから思った。
 三曲目の『解き放て、我らが新時代』は例の打ち込みで、『悲しみの果て』なんかはエレキの弾き語り。『First Love』や『恋に落ちて』はレコーディングの音源を使って、宮本のギターに途中から打ち込みの音をかぶせてゆくアレンジだった。『冬の花』とか『rain -愛だけを信じて-』とかはカラオケをバックに、花道を駆け回っていた。
 ドラムセットもあったので、どこかでたたくのかと思ったら、最後のほうの曲のフレーズにあわせて、シンバルを手で数回叩いただけでした。飾りじゃないのよドラムは――じゃなく飾りだったのねドラムは。
 個人的にこの日もっともぐっときたのは第一部の真ん中あたりで演奏された『やさしさ』。バンドのときよりこころなし速めの弾き語りがむちゃくちゃ染みた。
 そのほかでよかったのが『きみに会いたい』と『獣ゆく細道』。どちらもアコギのシャープでファンキーなカッティングがすんごい好みだった。エレキを弾いた曲はバンドのギター・パートだけを取り出したような感じだったので、どちらかというとアコギのこういうアグレッシブなグルーヴが際立つ曲のほうがカッコよかった。
 『獣ゆく細道』は椎名林檎とのデュエット曲だから、一人だとやりにくそうなのに、なにげにソロでの定番となっているのがいい。初めて他のアーティストが自分のために書いてくれた曲だからか、それとも単に本人が気に入っているだけなのか、いずれにせよ、人からもらった曲を自分のものとして大事に育てている感じがとてもよいと思う。カバーといえば、『翳りゆく部屋』も本気で大事に思っているのが伝わってくる名曲だった。
 あと、おもしろかったのがお客さん。僕の斜め前には白髪を三者三様の色に染めた裕福そうな老婦人が並んでいたりして。いやー、本当に最近はファンの裾野が広がったんだなぁって思った。
 そういや、オーディエンスも一見さんは激減したようで、すでに第二部はあってあたりまえと思っているらしく、以前のように第一部が終わったあとに手拍子でアンコールをねだるお客さんは皆無だったし、それどころか、第一部が終わるなり、あたりまえのように席を離れてそそくさとトイレへと向かう女性たちがたくさんいたのには驚いた。やっぱファンの年齢層が高いのねって思いました。
 そうそう、この日はスクリーンの映像がずっと微妙にずれていたのが気になった(僕らの席はアリーナのステージ向かって右手の十九列目で、今回も良席だった)。前のほうだったこともあり、うしろのほうのお客さんの手拍子もずれて聴こえてきていて、きょうは映像も拍手もずれまくりだなぁと思っていたら、宮本が途中で歌を中断して、「手拍子やめてくれる? リズム感悪いから」とやめさせていたのには大笑いでした。
 第二部のオープニングもまたもや楽屋の映像から。服装はいつもの白シャツ黒パンツに模様替えして(ジャケット着てたかも)、ソファに寝転んでギターを弾きながら、『こうして部屋で寝転んでるとまるで死ぬのを待ってるみたい』を聴かせる(お行儀悪い)。
 この曲にしろ、そのしばらくあとの『君がここにいる』にしろ――あと前半戦の『孤独な旅人』にしろ――この日は僕があまり好きではないエレカシ・ナンバーがけっこう披露されたんだけれど、驚いたことにそれらがすべてよかった。
 個人的にはあまり好きではない曲でも、宮本がひとりで弾き語ることでラフなエッジが立ち、過去のあれこれが剥ぎとられて、その曲が本来持つポテンシャルが剥き出しになったような感じ? あらためて宮本浩次すげーって思わされました。
 そうそう、アンコールでは『冬の夜』をワンコーラスだけ歌ってくれたけれど、確かこの曲って、最近のエレカシのライヴでもちょこっと口ずさんでいたよね? なんか最近ちょっとだけ歌ってみたいブームだったんでしょうか。愛着のある『浮世の夢』の収録曲なので、次はフルでお願いしたい。
 ということで、この夜のライヴはアンコールの『P.S. I love you』で〆。終演後に楽屋に戻ってはしゃぐ宮本の姿をモノクロ映像でスクリーンに映しつづけるというおまけつきだった。最後の最後まで、なにをやっても喜ばれちゃう愛されキャラぶりが爆発していた。ほんとむちゃくちゃおもしろかった。
(Jun. 24, 2023)

沈香学

ずっと真夜中でいいのに。 / 2023

沈香学

 待ちに待ったり――。
 《ずとまよ》こと「ずっと真夜中でいいのに。」の、ただただ待望なんて言葉じゃ言い表せないほど待ち遠しかった三枚目のフル・アルバム『沈香学{じんこうがく}』。
 これは収録曲が発表された時点で、聴きもしないうちから、あらかじめ傑作だって断言できるような稀有な作品だった。
 だって、最強のダンス・チューンである『あいつら全員同窓会』と『ミラーチューン』と『残機』と『綺羅キラー』が一緒に入っているんだよ???
 そこにさらに映画やなんかのタイアップ曲である『夏枯れ』『不法侵入』『ばかじゃないのに』『消えてしまいそうです』が入っていて、あと、去年のミニ・アルバムから『猫リセット』と『袖のキルト』も再収録されている。
 これが傑作でなかったら、なにが傑作なんだって話だ。
 まぁ、以上で既に全十三曲のうち十曲なわけで、あまりに知っている曲だらけだって弱みはある。それにしたって楽曲のレベルが高すぎでしょう?
 それだけでもすごいところに、『花一匁』みたいな最高のリード・トラックをぶっこんでくるんだからびっくりだよ。もう圧巻の出来。
 すさまじいのは、全十三曲のうちに、スローバラードが一曲もないところ。
 発表済みの曲にはバラードがなかったから、未発表の三曲はスローな曲中心になるのかと思っていたら、まるでそんなことなかった。新曲の『馴れ合いサーブ』なんてこのアルバムでもっともノイジーでパンキッシュだ。
 中盤『夏枯れ』からはミディアム・テンポのメロディアスな曲が並んでいるけれど、それにしたってスローバラードというほどゆっくりな曲はひとつもない。『夏枯れ』にせよ『不法侵入』にせよ、ワンコーラス目でしっかりとメロディーを聴かせたあと、そのままだと普通でつまらないといわんばかりに、途中でラップを突っ込んでくるところに、ACAねのセンスの非凡さが表れていると思う。
 あえていうならば、ラストの新曲『上辺の私自身なんだよ』はバラードと呼べるかもしれないけれど、この曲にしたってラップ・パートありだし、なによりシューゲイザー風のサウンド・プロダクション(なんとなく懐かしい感触がある)がしんみりとした聴き方を拒否している。
 ここまでアッパーでロックなアルバムって、いまどきほかにありますか?
 あとね、このアルバムは楽曲のグレードも高いけれど、音作りも素晴らしい。
 すべての曲で編曲を手がけている100回嘔吐(どんな名前だ)が本当にいい仕事をしている。『あいつら全員同級生』の間奏のストリングスとか、『ミラーチューン』のサックスのソロとか、本当にカッコよくて大好き。『袖のキルト』の柔らかなピアノの音色とかも好き。このアルバムは音だけでも酔える。
 ACAねの声と楽曲だけでも最高なのに、そんな風にバックトラックまで文句なしにカッコいいんだよ? 本当にこれが最高じゃなければ、なんだっていうんだろう。
 マジで日本ロック史上に残る大傑作だと思う。
 いやそれなのに――。
 これだけ素晴らしい作品を作っておきながら、ACAねはバンド名の由来となったという冒頭の『花一匁』で「僕が作るものは/既にあるものじゃーーん」と歌う。
 どんだけ自虐的で謙虚なのさ。本当に大好きだよ。
 惜しむらくは個人的に収録曲の大半を聴き込み過ぎていて、新譜特有の高揚感が味わえないこと。
 僕は『あいつら全員同窓会』だけでも通算250回以上聴いてしまっているので(自分でもびっくりだよ)、ここまで聴くとさすがに新鮮さは微塵もない。このアルバムであの曲をはじめとする最高のダンスチューンを初体験で浴びる人たちが羨ましい。そこだけはマジで羨ましい。願わくばもう一度記憶をゼロに戻して、このアルバムを一から味わい直したい。それくらい好きです。
 僕がここ一年近く音楽についてライヴ以外の文章を書いてこなかったのは、ずとまよ好きが高じて、ほかの音楽が聴けなくなってしまったからだった。昔から好きなアーティストの作品はともかく、新しいアーティストの作品がまるでぴんとこない。なんでアメリカ人はK-POPとかバッド・バニーとか聴いてんだろう。わけがわからない。
 もはやそんな風に理解不能になってしまった洋楽シーンなんてどうでもいいじゃんって思ってしまうほど、すとまよは――そして米津やヨルシカやYOASOBIがいる今の日本の音楽シーンは――素晴らしい。
 あぁ、日本人でよかった。
(Jun. 17, 2023)