Coishikawa Scraps / Music

Menu

最近の五本

  1. RADWIMPS @ 有明アリーナ (Dec. 27, 2025)
  2. ずっと真夜中でいいのに。 @ 東京ガーデンシアター (Dec. 22, 2025)
  3. THANK YOU SO MUCH / サザンオールスターズ
  4. Dear Jubilee -RADWIMPS TRIBUTE- / V.A.
  5. あにゅー / RADWIMPS
    and more...

RADWIMPS

RADWIMPS 20th ANNIVERSARY LIVE TOUR/2025年12月27日(土)/有明アリーナ

あにゅー

 2025年最後のライブは、RADWIMPSの二十周年ツアー最終日@有明アリーナ。

 前回RADWIMPSを観たのは2019年のことだから、これがじつに六年ぶり。気がつけばずいぶんと間が空いてしまっていた。

 まぁ、その前に観たのが十周年ツアーファイナルなのだから、この十年に関しては、ほぼ観ていないも同然だったことになる。

 ラッドが好きだといいながら、あまりライヴに足を運んでいないのは、彼らのライブが僕にとってはいささかアウェイだから。

 ラッドのファンの人たちって、本当によく歌う。アンコールの待ち時間に『もしも』を合唱するルーティーンはいまだに現役だったし(誰かの「せーの!」ってかけ声で始まったのには驚いた)、洋次郎が率先して要求するからっていうのもあるけれど、ライブ本編でもあたりまえのように歌う。どの曲でどう歌うかとかが、ちゃんとオーディエンスのあいだで共有されている感がある。

 そういう参加型のライヴって、はいり込める人にとってはこの上なく楽しいんだろうけれど、残念ながら僕はそういうタイプの人間ではないので、その手の和気あいあいとした輪の中にはまず入れない。結果いまいち居心地の悪い思いをすることになる。

 『おしゃかしゃま』での即興バトルとかも、定型化されすぎていて僕はあまり好きではないんだけれど、まわりはやんやと囃したてて、嫌だなんていえない雰囲気がある。

 あと、なぜだかラッドのライブでは環境に恵まれないことも多くて、オールスタンディングのときには前の人が大きくてよく見えなかったり、規制退場では最後まで残されたり、退出の雑踏にのまれて立ち往生したり、フェスではそばの人のおしゃべりに悩まされたりと、いつもなにやら楽しくない目にあっている。

 この日も終演後に退出ルートを制限されて、来たときとは違う道を歩かされて、駅までやたらと遠回りさせられた。なぜ毎回そんな目にばっかあうんだか。なんかすごい巡り合わせというか相性が悪い気がする。

 そんなこんなの積み重ねが、僕の足を遠ざけている要因。あとはうちの奥さんが聴かない(お気に召さないらしい)というのも大きい。エレカシやずとまよのチケットは彼女が率先して取ってくれているのに、ラッドは自分で取らないといけないので、不精な僕はついチケット争奪戦にめげて、最初から諦めてしまうことになる。

 でもまぁ、RADWIMPSというバンドが好きなのは本当なので、いまいち馴染めないと思いつつも、それでもたまにはライヴが観たくなる。今回は二十周年という区切りだし、うちの子がチケットを取ってくれたので、一緒に観にいくことができた。

 で、いざ観てみれば、アニバーサリー・ツアーということもあって、セットリストはファンならば文句のつけようのないサービス・メニュー。『ふたりごと』で始まり、『有心論』で終わるという、『おかずのごはん』の曲多めのセットリストは、あのアルバムでラッドを好きになった者としては、こたえられないものがあった。

【SET LIST】
  1. ふたりごと
  2. まーふぁか
  3. NEVER EVER ENDER
  4. ます。
  5. ワールドエンドガールフレンド
  6. Tummy
  7. me me she
  8. 賜物
  9. 棒人間
  10. 告白
  11. おしゃかしゃま
  12. DARMA GRAND PRIX
  13. DASAI DAZAI
  14. 三葉のテーマ ~ スパークル ~ グランドエスケープ [メドレー]
  15. トアルハルノヒ
  16. 筆舌
  17. 有心論
    [Encore]
  18. 正解
  19. 25コ目の染色体
  20. いいんですか?
  21. 会心の一撃

 そのアルバムから五曲、あと新譜『あにゅー』からも五曲というのが、たぶんアルバムとしては最多。せっかくの新譜なんだから、『あにゅー』からもっと聴けたら嬉しかったけれど、でもまぁ、二十周年記念という性格上、そういうわけにもいかなかったんだろう。とりあえず、この日は朝からずっと頭の中で『まーふぁか』が鳴っていたので、その曲が聴けたのは嬉しかった。でもその一方で、まさか『命題』が聴けずに終わるとは思わなかった。

 意外性があったのは、『三葉のテーマ』から入って、『スパークル』をワンコーラスだけ聴かせて、『グランドエスケープ』へとつないだ新海サントラメドレー。そこまでいったら『すずめの戸締まり』の曲もやるかと思ったのにやらなかった。

 ラッドのファンの人たちは元気に歌うだけあって歓声もすごくて、男の子が「よーじろー、愛してるよー」みたいなことを叫んで笑いを取ったりしていた。でも、そんなおふざけのあとに『筆舌』がしんみりと始まったのは、いささか決まりが悪かっただろう。お気の毒さま。

 ラッドのライブって本編最後はバラードで終わって、照明が落ちて真っ暗になり、挨拶もなしにメンバーが姿を消すってイメージだったんだけれど(少なくても僕が観た過去のステージはみんなそんな感じだった)、この日は最後が『有心論』で、洋次郎たちはちゃんと挨拶してステージから去っていった。そんなところの変化も、あぁ、二十年の節目のツアーなんだなぁって思わせた。

 そういや『棒人形』で洋次郎が冒頭の歌詞を間違えて歌い直したりしたのにも、あぁ、彼ももう四十代だもんなぁって思った。歳をとるとどうしたって間違いや物忘れが多くなるのは致し方なし。

 この日のライヴでなにが特別だったかって、そのあとのアンコールにスペシャルゲストが登場したこと。

 それがなんと山口智史だっ!!!! おお~! 場内騒然!!

 『25コ目の染色体』一曲だけとはいえ、まさかふたたび彼がドラムをたたくRADWIMPSを生で聴ける日が来ようとは……。僕みたいなすちゃらかファンがそんな貴重なライヴを観させてもらってしまって、なんとなく申し訳ない気分。

 山口くんはVXDという、ボーカルでバスドラの音を鳴らす特殊なドラムセットで演奏していたらしいのだけれど、遠くてそんなことはまったくわかりませんでした(ちなみに僕らの席はステージ向かって右手のスタンド四階の二番目くらいに遠いあたり)。

 バンドはラッドのふたりに、ドラムが森瑞希と繪野匡史という人のツイン・ドラムで、ギターが白川詢という新人の五人組。もともとツイン・ドラムのところに山口くんが加わったので、『25コ目の染色体』ではトリプル・ドラムという激レアな構成になっていた。

 いやしかし、十周年のツアーは山口くんの活動休止後で、二十周年の今回は桑原くん脱退後というのも、なんか不幸な巡り合せだ。三十周年ツアーは無事に洋次郎と武田、ちゃんとふたり揃って迎えて欲しい。

 でも、そのころには僕ももう七十近いので、さすがにもう観にゆけそうにない。

(Jan. 15, 2026)

ずっと真夜中でいいのに。

コズミックどろ団子ツアー/2025年12月22日(月)/東京ガーデンシアター

 ずとまよのファンクラブ会員限定アコースティック・ライブ『コズミックどろ団子ツアー』。その千秋楽のひとつ前の公演を東京ガーデンシアターで観た。

 平日にライヴがある日は仕事を休むのが習慣なのだけれど、この日は諸事情あって休みがとりにくい状況だったのと、通勤先の隅田川沿いのオフィスビル前から出ている都バスに乗れば、一本で会場へ行けることがわかったので、仕事を早退して観にいった。いくつもの橋を渡るバスに乗って、馴染みのない下町の風景を眺めながらライブに向かうというのも、なかなかおつなものだった。

 ずとまよのアコースティック・ライブはこれが第三弾で、最初がビルボードライブ(チケット取れなかった)、二回目がZeep DiverCityときて、今回は東京ガーデンシアター。しかも全国二十五公演。人気のほどがそのまま公演規模の変化に表れている。

 でも今回はこの広い会場が仇になった。

 アコースティックセットってことで、終始しっとりとした雰囲気で照明が暗めだったこともあり、最上階に近かった僕らの席からは、ほとんどステージが見えない。

 ずとまよ名物の凝ったステージセットも、中央に巨大なタマネギみたいな形のフレームに乗った天体図が配されていたのはなんとなくわかったけれども、ディテールはまったく識別できず。天体図の輪っかの一部で赤いランプが点滅していたけれど、それがなにを意味しているのかもわからない。なにより上から見下ろす形だったので、そのセットの中央にいるACAねがほとんど見えないのがダメージ大だった。

 東京ガーデンシアターというと、以前アリーナ席の後方でずとまよを観たときにも、前の人が邪魔でステージがよく見えなくてストレスだったし、ボブ・ディランも照明が暗すぎてまったく見えなかったし、なんでこんなに見えないの?――って経験ばかりさせられている。帰りは帰りで、動線を規制されて、駅に着くまで三十分も歩かされるし。ほんとこの会場は毎回やたらと印象が悪い。

 とにかくこの日のライヴも見えなさのせいで楽しさ半減だった。もとよりアコースティック・セットってことで期待度がいつもより低かったうえに、視覚的にもストレス過多ではなぁ……。

 ずとまよはACAねが顔出しNGだから、見えなくても関係ないように思えるけれど、顔が見えないのはともかく、動きも見えないとなると話が違う。せめてもう少し照明を明るくするか、スクリーンを配して欲しかった。

 そういう意味では今回のツアーは会場規模と演出がミスマッチだったと思う。少なくても席がよくないと十分には楽しめないステージだった。

【SET LIST】
  1. サターン
  2. 正しくなれない
  3. クズリ念
  4. 蹴っ飛ばした毛布
  5. グラスとラムレーズン
  6. Blues in the Closet
  7. 猫リセット
  8. 微熱魔
  9. スローモーション[中森明菜カバー]~味噌ネコの団子(黒猫のタンゴ)[メドレー]
  10. 低血ボルト [即興ver.]
  11. Ham
  12. 違う曲にしようよ
  13. 袖のキルト
  14. TAIDADA
  15. またね幻
    [Encore]
  16. 過眠
  17. 花一匁

 ライブ自体はアコースティックってコンセプトゆえ、いつもよりスローでシリアス度高めな内容。バンドメンバーはギターに菰口雄矢、キーボード岸田勇気、ドラム(パーカッション?)神谷洵平に、オープンリールの吉田兄弟という構成だった。前回はギターとピアノだけだったから、人数は倍増している。

 ライヴは「コズミック」と「アコースティック」というキーワードから連想する曲といえば、まずはこれっていう『サターン』でスタート。最初はACAねの弾き語りで、アウトロから菰口、岸田、神谷の三人が入ってくるアレンジ。

 最初の数曲はこの四人だけの演奏で、その後、どの曲からか忘れたけれど――『グラスとラムレーズン』あたり?――吉田兄弟が登場してからは、なにやら重低音が加わって、音作りが重厚になる。あれはオープンリールの効果なんすかね? なんか不思議な音のボリューム感だった。

 いずれにせよ、アコースティックな編成ゆえのアレンジの違いがこの日のなによりの聴きどころ。『永遠深夜万博』につづいてスローバラードとして演奏された『クズリ念』とか、意外性のあるスローなボサノバ調の『微熱魔』とか。アンコール〆の『花一匁』も前半部分が超スローでエモかった(若者言葉を使ってみるやつ)。かって知ったるイントロが、いつもとは違うリズムや音色で鳴り始めるのがとても新鮮だった。

 まぁ、暗さについて文句をいってしまったけれども、今回のツアーはACAねが深夜にひとり部屋で音楽を作っているシチュエーションを再現する、というようなコンセプトだったらしいので、照明を明るくできなかったのは致し方ないんだろう。でもだとしたら、せめてスクリーンは用意して、ディテールを映像として拾うとかして欲しかったなぁ……。

 あとね。全体的にシリアスな曲とアレンジばかりだったので、そこに差し込まれた吉田兄弟の余興が余計。

 それが楽しくて好きって人もいるんだろうけれど――というか、ACAねをはじめとした当事者たちは好きでやっているんだろうけれど――音楽至上主義の僕にとっては毎回余計すぎる。そんなことしている暇があるのならば、その分もっと音楽を聴かせてくれって思ってしまう。なまじこの日のステージはなにやってんだか見えなかったので、なおさらだった。素人の笑えない余興ほど寒いものはなくない?

 俺がエレカシが好きなのは、宮本がステージでほとんどしゃべらないからってのも大きいよなって思った。

 アコースティック企画では恒例の特選カバー曲は、意外や、中森明菜の『スローモーション』――と『黒猫のタンゴ』改め『味噌ネコの団子』のメドレー。『スローモーション』ではサビの最後の部分で「え、なにその歌い方?」と思ってしまうような、演歌的なコブシの効いたボーカルに驚いた(うちの奥さんは「ねっとりしていた」と表現してました)。

 すっかり定番となった三曲ランダムセレクション即興コーナーは、どろ団子の専門家(なにそれ?)の大学教授をステージにあげて、一緒にどろ団子を落として割れた方から出てきた曲をやるという趣向で、選ばれたのは『低血ボルト』だった。でも今回のこの曲は即興アレンジのためにACAねの出した指示がなんだか要領を得ず、その通りの演奏になっていたのかもいささか疑問。でもまぁ、大好きな『低血ボルト』が聴けたのは嬉しかった。

 そういや、今回はアコースティック・ライヴだから、しゃもじクラップはなしでお願いしますという話で、ツアーグッズのしゃもじもいつものように二枚セットになっていない一枚だけの特別仕様だったくらいなのに、それでいて座って観ていると、たまに「立ってもいいよ~」とか言われて(半ば強制的に)立たされる。結局アンコールも含めると三回くらい立つことになった。

 ベース抜きでの『TAIDADA』とか、ちゃんとダンサブルに成り立っているのすげーとか思ったし、立つコーナーは曲がアッパーなこともあり、照明が明るくなって、いちばん観やすかった。でも立ったりすわったりめんどくさいので、どうせならばずっと座ったまま見せてくれたほうが嬉しかったかなぁ……。

 というような感じで、今回のライヴは僕がこれまでに観たずとまよのライヴでは、残念ながらもっともマイナス要素が多かった。

 ほんと吉田兄弟の余興はいらないんだよなぁ……。あれが今後もつづくのならば、チケットもどんどん高騰しているし、もうそろそろずとまよのライヴとも距離を置いてもいいかなと思ってしまった。

 いやでもアンコールではひさびさに大好きな『過眠』も聴けたし。菰口くんのアコギのエッジーな音がとてもカッコよかったし、演奏は文句なしなんだよなぁ……。

 というような今回のツアー。暗さもあいまって気が散って集中しきれなかった感があるので(やっぱ仕事帰りなのもよくなかった気がする)、音源が配信されたら、それはそれで嬉しいかもしない。でもって、もし生で聴いていなかったら、それを聴いてライヴに行かなかったことを後悔するのが想像に難くない。ならばあとで後悔するよりは行って文句をいっている方がいい。

 ――ということで、この先いつまでつづくのかは不透明になってきたけれど、ひとまず来年以降も僕らのずとまよ行脚はつづく予定。

 次は二月末の日本武道館だっ!

(Jan. 4, 2026)

THANK YOU SO MUCH

サザンオールスターズ / 2025

THANK YOU SO MUCH [完全生産限定盤A] [CD + SPECIAL DISC(Blu-ray) + SPECIAL BOOK]

 若い子たちの音楽ばかり聴いていた一年だけれど、せっかくだから最後にこの人たちを。

 今年の三月にリリースされたサザンオールスターズの十年ぶり、通算十六作目の最新アルバム。

 とかいいつつ。失礼ながら、僕はこのアルバムにまったく期待していなかった。

 先行シングルとして配信されていた『恋のブギウギナイト』『桜、ひらり』『盆ギリ恋歌』『歌えニッポンの空』などがどうにも好きになれなかったから。

 どれもサザンらしいといえばらしい曲だけれど、音作りが人工的すぎて、僕の趣味にはあわない。

 かろうじていいなと思えたのは『ジャンヌ・ダルクによろしく』と『Relay~杜の詩』くらい。それだって単発で聴いている限り、かつての曲ほどには夢中になれなかった。

 まぁ、とはいっても、わが青春のバンドと呼んでしかるべきサザンの新譜だ。聴かないわけにはいくまいと、迷わずにCDは買いました。そしていざ聴いて驚いた。

 いや、よくない、このアルバム?

 前述した楽曲が中心の序盤は、あぁ、やっぱりなぁって感じなのだけれど、原坊が歌う『風のタイムマシンにのって』や、大谷翔平の名前が歌詞に出てくる『夢の宇宙旅行』など、あ、意外といいかもって曲を経たあと、終盤になってこのアルバムのクライマックスと呼ぶべき二曲がやってくる。

 それが『悲しみはブギの彼方へ』と『ミツコとカンジ』。

 なに、このリトル・フィート・ファン丸だしな『悲しみはブギの彼方へ』って曲は?

 ――と思ったら、それもそのはず。これがデビュー前のアマチュア時代にやっていた曲だそうで。いまさらマジか?

 つづく『ミツコとカンジ』(アントニオ猪木夫妻のことですよね?)は新曲だけれど、これまたその曲のテイストを踏襲した、オールド・スタイルのサザン・ナンバー。まさかそんなタイトルの曲に魅了されようとは予想もしなかった。

 初回限定盤についてきたボリュームたっぷりのインタビューによれば、大半の曲は桑田佳祐が片山敦夫らとスタジオで最新のレコーディング技術を駆使して緻密に音を組み立てたものなのに、この二曲はサザンのメンバーが一堂に会して、普通にバンドとしてレコーディングされたらしい。なるほど、気持ちがいいいわけだ。やっぱバンド・サウンドはこうでないと。

 ほんとこれだよ、これ。これこそ僕がずっと聴きたいと思ってきたサザンの音だぁ~!――と大盛り上がりだった。

 この二曲から、これまたピアノがフィーチャーされた『神様からの贈り物』を経て、配信シングルではもっとも感動的だった『Relay~杜の詩』で終わるという。この締めの部分が文句なしに素晴らしい。終わりよければすべてよし。こんなにあと味のいいサザンのアルバムはひさしぶりだ。

 とにかく、なにはともあれ、僕と同世代のサザンファンだったら、『悲しみはブギの彼方へ』と『ミツコとカンジ』の二曲だけは絶対に聴くべし。嬉しくて頬が緩むこと間違いなしです。ぜひ。

(Dec. 23, 2025)

Dear Jubilee -RADWIMPS TRIBUTE-

V.A. / 2025

Dear Jubilee -RADWIMPS TRIBUTE-

 RADWIMPSデビュー二十周年を記念してリリースされたトリビュート・アルバム。

 参加アーティストの豪華さゆえ、リリース直後にこのアルバムの収録曲が配信チャートの上位を独占したことでも話題になったけれど、僕にとってもこれは本当に特別なアルバムだった。こんなにリリースを心待ちにしたトリビュート盤は初めてだ。

 だってさ。

 宮本浩次とずっと真夜中でいいのに。

 この両方の名前が一枚のアルバムのクレジットに並んでるんだよ?

 そんなものを目にする日が来ようと誰が思うかって話で。

 だって接点がなさすぎでしょう?

 いや、村山☆ジュンとか佐々木コジロー貴之とか、サポートメンバーはかぶっているとはいえさ。

 そもそもトリビュート・アルバムって、そのアーティストを好きなバンドが参加するもんだよね? ACAねはSNSで『なんでもないや』を弾き語りしていたりして、思春期にRADWIMPSの音楽を浴びた世代なんだろうから、参加していてもなんら不思議はないけれど、宮本は絶対にRADWIMPSなんてまともに聴いてないよな?

 噂で聞いた話だと、アーティストの選定にはラッドのふたりは絡んでないそうなので、つまりバンドのスタッフかレコード会社の担当者が、宮本に参加を打診したということなんだろう。その人たちにとっては、宮本は上の世代の代表として、ラッドにつらなるアーティストのひとりとみなされたということだと思われる。

 なるほど、それならばわからないでもない。僕自身の感覚でも、両者は確実につながっているから。どちらもこの世界とうまくコミットできないことに深い孤独感を抱きながら、その破格の音楽の才能によって、自らと他者の両方を救いつづけてきたアーティストだ。それは、ずとまよにも同じことがいえる。

 エレカシとラッドとずとまよ。この三つのバンドは、僕の人生においては、間違いなく現時点での日本人アーティストのトップ3だ(まぁ、最近の宮本には全面肯定しにくいところがあるけれど。それはまあ置くとして)。

 このアルバムではそんな三つのバンドの名前が一堂に会している。

 ――のみならず。

 ここにはさらに、米津玄師、ヨルシカ、YOASOBIまで参加しているんだよ?

 現時点で名実ともに日本一のアーティストと呼んでしかるべき米津玄師に加え、バンド名に「夜」が入っていることから「夜好性」と称される、同時期にデビューした三バンド、ずとまよ、ヨルシカ、YOASOBIが勢ぞろいしているという意味でも話題性は十二分。

 ほかにも上白石萌音、SEKAI NO OWARI、Vaundy、ハナレグミ等、僕のライブラリに一応名前があるアーティストも多数参加(上白石さんは洋次郎とn-bunaが提供した曲を繰り返し聴いています)。さらにはいま日本一売れているバンド、Mrs.GREEN APPLEまでが加わるというね。

 これが特別でなかったらなにが特別だって話だ。

 このメンツだけでも十分なサプライズなのに、ここでは宮本がさらなるサプライズをかましてくれる。『おしゃかしゃま』なんて難しい曲を選んだだけでも驚きなのに、クレジットをみたら、そこにはH ZETT Mの名前が!(東京事変初代メンバーのヒイズミマサユ機です念のため)。プロデュースには宮本とヒイズミと村☆ジュンの名前が並んでいる。さらにさらに。演奏者のなかには、ずとまよの『機械油』でお馴染みの津軽三味線の小山豊の名前まである。

 いったいこのメンバーでどんな音を出しているんだと思ったら、いきなり三味線から始まる和風ダンスビートなアレンジはもとより、宮本のこれまでになく抑えの効いたボーカルが最大の驚きだった。多重録音されていて、裏ではいつものシャウトが聴けるけれど、表面は抑制しまくりの淡々とした調子。なにその歌い方? うちの子からは「宮本さんってこんなに静かな声が出せるんだ」と言われていた。これまでに一度も聞いたことのない宮本浩次がそこにいた。もうびっくりだよ。

 アルバム参加者の中で最年長者である宮本が、若い子たちにまじりながら、そんな風に「もっともアグレッシブな姿勢で音楽と向き合っているのは宮本なのでは?」と思わせる新機軸を打ち出してきているというだけでも、宮本ファンは絶対に聴いておくべき一枚だと思う。まぁ、好き嫌いはわかれる気がするし、僕自身も最初なんだこりゃって思ってしまったけれど(でも繰り返し聴いているうちに、これはこれでありかもと思うようになった)。

 あとはやっぱ、ずとまよが素晴らしいです。宮本には悪いけれど、『有心論』のカバーがこのアルバムではいちばん好き。鍵盤主体でストリングスをフィーチャーした高速アレンジはこれぞずとまよの真骨頂。ACAねのボーカルが自身の歌を歌うときよりもエモーショナルに聴こえるのは、きっと洋次郎の歌詞のせいだろう。いいもの聴かせてもらいました。

 そのほか、米津玄師が『トレモロ』でオリジナルを踏襲したカラオケかってくらいにまったくひねりのないカバーを聴かせてきたのにも意外性があったし、ヨルシカの『DARMA GRAND PRIX』(言われてみると見事にn-bunaらしい曲だった)でsuisがボーカリストとしてまた新しい表情をみせているのもヨルシカのファンとしては聴きどころのひとつ。参加者のうちで唯一名前しか知らなかったMy Hair Is Badは『いいんですか?』に意外なマッシュアップを加えてみせた発想が秀逸だった。アイディア賞はこの人たち。

 そんな風に聴きどころの多いアルバムだけれども、僕の個人的な好みを越えて、このアルバムでいちばんすごいと思ったのは、Mrs. GREEN APPLEだった。

 トリビュートという祝祭空間において『狭心症』なんて極北な曲に手を出すとは、ずいぶん怖いもの知らずだなと思っていたら、どうやら覚悟なしでその曲を選んだわけではなかったらしい。ボーカルの表現力もアレンジの出来映えも最上級。これ以上ないだろうって完璧なカバーに仕上がっていて驚いた。

 なによりオリジナルの息が苦しくなるような痛ましさが薄れて、あの重い曲がシリアスさを失わないまま、ちゃんとポップソングとして聴けるようになっているのがすごい。どんな曲でもポップスならしめるセンスという点では、ポール・マッカートニーに通じる才能を感じた。この人たちの人気はちゃんとした実力に裏打ちされているんだなと思いました。いやはや、恐れ入った。

 そんなわけで、参加者のメンツ的にも、収録曲の完成度的にも、間違いなく史上最強のトリビュートアルバムではと思います。

 ――そう。思うのだけれども。それなのに。

 これを聴くと、どうしたってRADWIMPSのオリジナルが聴きたくなってしまう。

 宮本はがんばっているし、ずとまよは大好きだし、ミセスもすごいとは思うんだけれど、これらの楽曲を聴くにあたっては、どうしたってオリジナルには敵わない。野田洋次郎のボーカルがないともの足りない。

 そんな風に、いまが旬ってアーティストたちの演奏を通じて、結局はRADWIMPSというバンドの魅力を再確認させられることになった一枚。

 とりあえず二十周年おめでとう!

(Dec. 15, 2025)

あにゅー

RADWIMPS / 2025

あにゅー

 RADWIMPSの今と昔が交錯する会心の一枚!

 桑原彰の脱退から一年。デビュー二十周年ということもあり、野田・武田の二人体制になっての再出発の意味を込めて『あにゅー』と名付けられた新譜。

 『あにゅー』ってなに?――と思ったら、英単語の「anew [ən(j)ú:] -adv. 改めて; 新たに, 新規に.」(リーダーズ英和辞典)だそうだ(英語力に難のある男)。まさしくその名にふさわしいフレッシュな内容になっている。

 なにかとサプライズの多いこのアルバム。まずは発表済みの曲が『命題』と『賜物』の二曲しかないことに驚いた。

 CDには朝ドラ『あんぱん』の最終回で使われた『賜物』のオーケストラ・バージョン、配信バージョンには『大団円』の新録バージョンがボーナス・トラックとして収録されているけれど、それらを含めても三曲。残りの十曲はまっさらの新曲。

 配信リリース済み曲をコンパイルしてアルバムを出すのがあたりまえになってしまったこのご時世に、これだけの新曲を一気に聴けるのがとても嬉しい。やっぱアルバムってこういうのがいいよなぁとしみじみと思った。まぁ、いまだにそれを毎回あたりまえのように行っているaikoという超えらい人もいますが。

 発表済みの二曲にしても、『命題』はRADWIMPSの王道中の王道といえる曲ながら、初期のアルバムに収録されていてもおかしくないようなその歌詞の世界に、こういう曲がいまさら生まれてきたことにも驚かされた。

 朝ドラの主題歌として賛否両論を巻き起こした『賜物』は、初めて聴いたときに、その構成の複雑さにびっくりした。これ一曲に三曲分くらいのメロディと歌詞をぶち込んだ感がある。朝ドラではその一部だけを切り取ってしまったことで不評を買った感が否めない。まぁ、ちゃんと一分半で朝ドラの世界を表現できてないのが嫌だってことならば、それはそうかもしれないけれど……。

 でもふつうに音楽が好きな人ならば、この曲に込められた熱量の高さは否定できないでしょう? だってこんな曲書ける? ダンサブルな曲調をストリングス・アレンジで聴かせるのはラッドとしても新機軸だし、そういうところにもちゃんと朝ドラ主題歌としての配慮はされていると思う。

 新海映画のサントラとかを聴けば、野田洋次郎がいかにも朝ドラにふさわしいマイルドな曲を書けるのはあきらかだ。でも彼は今回、あえてそういうわかりやすい曲ではなく、こういう全方向にとことん尖った楽曲を持ってきた。それがやなせたかしという人の人生を表現する正しい方法だと信じたからだろう。

 かつてアマチュア時代にライブハウスの支配人から「こんなことしてたら売れないよ」と言われても折れることなく、ミクスチャーなスタイルを貫いてデビューを果たした反骨心はいまも変わってないんだなぁって思った。

 ラッドにとっては王道ともいうべき『命題』と破格の『賜物』。この二曲をリードトラックにして、このアルバムには十二曲(+先程書いたボーナストラック一曲)が収録されている。

 印象的なのは『命題』から始まる前半部分の初々しさ。そこにはメジャーデビュー当時に戻ったかのような、適度にキュートな感触がある。昔のラッドはよかったよねって。そういって離れていったファンを力づくで呼び戻せそうなフレッシュさがある。

 でもそんなアンチエイジングな魅力だけが売りではないのがこのアルバムのよいところ。バラードが多めになる後半、『筆舌』には洋次郎が四十代になったからこそ歌える苦みがあるし、『成れの果てに鳴れ』のサウンド・デザインは『新世界』などの最近のラッドの最新型だ。

 決して懐古趣味に走って若ぶってんじゃないぜって。これぞ二十年に及ぶキャリアのなかで培ってきた抽斗の多さの証明。そんなアルバムに仕上がっていると思う。

 もう絶賛されてしかるべき傑作だと思うんだけれど、そんな中で画竜点睛がりょうてんせいを欠くの感があるのが『ピリオド。』

 曲自体の出来が悪いとかではなく、問題はその歌のテーマ。

 「まじでいらねぇ」「はよ消え去って」と(おそらくバンドを抜けた彼に向けての)嫌悪をむき出しにして歌うこの曲の救われなさときたら……。

 かつての問題作『五月の蠅』を思い出させる曲だけれど、とことんヘビーだったあの曲とは違い、楽曲があっけらかんと明るい分、なおさら救われない。

 この曲を聴いて、今回のアルバムに『人間ごっこ』や『KANASHIBARI』が収録されていない理由がわかった気がした。再出発を誓うこのアルバムには「桑原彰」のクレジットを入れるわけにはいかなかったんだろう。だから『大団円』も新録なわけだ。

 これほど素晴らしいアルバムが、そんな仲間との決別という哀しい事件の結果としてもたらされたという事実には、どうにもやりきれないものがある。

 でもまぁ、いまさらそんなネガティブなことをいっていても詮方なし。その一点をのぞけば、本当にこのアルバムは素晴らしいのだから。

 ほんとRADWIMPSというバンドが好きでよかった。

 ――これ一枚でも十分そう思わせてくれていたのに、さらにもう一枚、おまけでとっておきのプライズがあろうとは(つづきは後日)。

(Nov. 19, 2025)