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- フィービー・ブリジャーズ @ Zepp DiverCity (TOKYO) (Feb 21, 2023)
- BUMP OF CHICKEN @ 有明アリーナ (Feb 11, 2023)
- 宮本浩次 @ 東京ガーデンシアター (Jan 16, 2023)
- ずっと真夜中でいいのに。 @ 国立代々木競技場 第一体育館 (Jan 15, 2023)
- ずっと真夜中でいいのに。 @ 東京ガーデンシアター (Dec 21, 2022)
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フィービー・ブリジャーズ
2023年2月21日(火)/REUNION TOUR/Zepp DiverCity (TOKYO)

すごくひさしぶりに洋楽アーティストの単独ライブを観た。いまやすっかりUSインディーズシーンきっての人気者って感のあるフィービー・ブリジャーズの二度目の来日公演。
フェス以外で洋楽のライブを観るのもひさしぶりだけれど、オールスタンディングもぼっちでの参加もほんとひさしぶり。調べたら以上の三拍子が揃うのは2019年3月のコートニー・バーネット以来だった。じつにほぼ四年ぶり。
海外アーティストの来日公演もぼつぼつ復活しているけれど、いまだ日本はCOVID-19の影響下にあって、観るんならばマスクしろとうるさいし――ビリー・アイリッシュのライヴでオーディエンスが大合唱する映像を見たり、イギリスでチャールズ国王が一般人と握手をしているニュース映像を見ると、なんで日本はこんなにマスク、マスクとうるさいんだろうと不思議でしかたない――そんなこんなに嫌気がさして、直近のシャーラタンズも、ピクシーズも、ペイヴメントもスルーしてきた僕が、今回このライヴだけは観とかなきゃと思ったのは、ひとえに彼女のライヴをこれまで一度も観たことがなかったから。
ここ数年の海外アーティストのうちでは個人的にもっとも再生回数が多いアーティストのひとりだし、となるとやはり一度くらいはライブを観ておきたいって気になる。2019年の初来日公演を悩んだあげくにスルーしてしまったのも少なからず後悔しているし、女性アーティストの場合、出産を機にシーンから姿を消してしまうこともあるので、やはり観られるうちに一度くらいは観ておかなきゃって思った。
ということでいってまいりました、フィービー・ブリジャーズの来日公演。新型コロナで延期になってしまったセカンド・アルバム『Punisher』のお披露目ツアー。なぜだか「再結成ツアー」と名付けられたワールドツアー――コロナで一度解散したバンドを再び呼び集めたという意味?――の、なんとこの日が最終日。会場は個人的にこれがまだ二度目のZepp DiverCity (TOKYO)。
【SET LIST】
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『Punisher』のジャケットでは骸骨のコスチュームを着たりして、ビジュアルの趣味がへんてこりんな人だけれど、この日のオープニングも振るっていた。
いきなり「PHOEBE BRIDGERS」という名前をヘビメタ風にデザインしたロゴがどーんと出たと思ったら、そのロゴをメラメラと炎が取り囲み、謎のメタル・ナンバーが流れ出す。setlist.fm の情報が正しいならば、ディスターブドというバンドの『Down with the Sickness』という曲らしい。
これはヘビメタのコンサートですか?――という失笑まじりの歓声をあびつつメンバーが登場~。ロゴが消えて星空が広がる背景とともに披露された一曲目は『Motion Sickness』(タイトルが「乗り物酔い」の意味だって最近知りました)。もちろんここから先はヘビメタ要素はゼロ。
導入部こそファースト・アルバムの曲だったけれど、二曲目からが今回のツアーの本編。
まずはアルバム『Punisher』のブックレットの表紙を本にみたてた映像が映し出され、その本が開くと、飛び出す絵本のように、それぞれの楽曲のイメージにあわせた映像が出してくるという趣向。
あぁ、そういやこういうの、去年のコーチェラかなにかのYouTube配信で観たっけねって。そこでようやく今回のツアーがそのフェスの頃からつづいてきたワールドツアーの一環だってことに気がついた。
ということで、飛び出す絵本の演出とともに『Garden Song』、『Kyoto』、『Punisher』と、セカンド・アルバムの曲が収録順に披露されてゆく。
これはもしやアルバムを全曲順番にやっておしまい?――と思ったら、そのあとに『Smoke Signal』が割り込んできて、単なるアルバム再現ライヴではないことがわかって、まずは一安心。
今回のライブはセカンド・アルバムのラスト・ナンバー『I Know the End』をやったら終わりというのが確実なので、曲順通りに全曲やるとなると、ライヴ本編はわずか一時間足らずってことになってしまう。さすがにそんなに早く終わられちゃあ困る。
――まぁ、とはいっても、実際にはファースト・アルバムの曲はわずか四曲しか披露されず、ライヴは一時間半くらいで終わってしまったのだけれど。まさかデビュー曲の『Killer』を聴かせてもらえないとは……。
おもしろかったのは、飛び出す絵本の演出はあくまでセカンドの収録曲限定で、ファーストの曲の演出は別の映像だったこと(『Smoke Signal』では海辺に狼煙があがる映像で、曲のテーマをそのまま再現してみせたり)。なので彼女の音楽の聴き込みが決して深くない僕のような人間でも、演出の違いでどちらのアルバムの収録曲かわかるという親切設計だった。
ステージには一段高いひな壇が用意されていたけれど、フィービーがそこに乗ったのはオープニングとエンディングくらいだったと思う。あまり自己顕示欲は強くないようで、バンドメンバーの一員的なふるまいに終始していた印象だった。
バンドはドラム、ベース、ギターの三点セットにキーボード、そしてトランペットという編成(たぶん)。トランペットの人はほかの楽器も演奏していたようだし、メンバーもしかしたらほかにもいたのかもしれないけれど、オールスタンディングで視野があまり広くなかったので、細かいところはよくわからなかった。
フィービー以外のバンドメンバーは全員、お馴染みの骸骨のコスチューム姿で、フィービーはどこぞでも着ていた、骨をイメージしたラメのジャケット姿だった――と思う。こちらも遠くてよくわからなかった。途中でジャケットを脱いで、ちょっぴりセクシーなあばら骨イメージのベスト姿になったときにはどよめきがあがってました。
音作りは思ったよりもラウドで厚めだった。フィービー・ブリジャーズの柔らかな歌声にはもっと繊細な音のほうがあうと思うのだけれど、まぁ、オーガニックな感触だったファーストと比べると『Punisher』というアルバムの音響は人工的なので、それをライヴで再現すると当然こうなるってことなんだろう。
おそらく前回の来日公演はもっとアコースティックだったんだろうし、聴きたいと思っていた『Killer』が演奏されなかったこともあり、やっぱ初来日公演を観なかったのは失敗だったなぁって、あらためて思ってしまった。
まぁ、そんな風にいくらか残念に思うところもあったけれど、でもライヴが悪かったという話ではないです。基本的にはとてもいいコンサートだった。ただ、アコースティックな音作りの曲ももっと聴きたいなぁって思ったという話。
そういう意味では、なぜだか一公演だけ限定でアコースティック・セットだった京都でのライヴはすごく貴重だった気がする(観た人がちょっと羨ましい)。でもセットリストは基本的に同じような感じだったし、じゃあ、どちらか片方だけ観るとしたらどっちと問われたら、僕は間違いなく普通のバンドセットを選んでしまうのだけれど。
バンドの音でもっとも印象的だったのは、トランペットの気持ちよさ。黒人音楽のファンキーなやつとは違う、バンドのアンサンブルに一要素として加わり、ほかでは出せない
バンドのメンバーといえば、この日はドラムの人の誕生日――の前日(二十二歳とかなんとか。まじか?)――だったそうで、終盤の『Graceland Too』の前には、彼のために観客と一緒に『ハッピーバースデー』を歌うというサプライズがあった。つづくその曲で彼はドラムではなくアコギを弾いていた。
あと、この日がツアーの最終日ということで、フィービーがバンドメンバーを含めたツアースタッフ全員の名前を読み上げて、感謝を伝えるというシーンもあった。
ラストナンバーの『I Know the End』では、恒例のクライマックスでの絶叫がものすごかった。フィービーのシャウトに観客も加わった大絶叫が圧巻。あんな強烈な音圧のシャウトは初めて聴いた。いやはや、びっくりでした。
その曲のアウトロでフィービーはステージを降りて、最前列のお客さんのところへサービスにいってしまって、結局最後まで戻ってこず。あの曲のドラマチックなエンディングを主役抜きで迎えるという、やや残念な結末に……。
ようやくステージに戻ったフィービーは、そのままアコギを手に取ると、三月末にリリースされるボーイジーニアスの新譜から、自身が手掛けた新曲『Emily I'm Sorry』を弾き語りで聴かせてくれた。
本来ならばその曲がアンコールのはずだったんだろうけれど、フィービーがステージに残ってそのままこの曲を演奏してしまったので、この日はアンコールなし。彼女がステージを去るとすぐに場内の照明がついて、BGMが流れ出した。
内容的にはとてもよかったけれど、ボリューム的にはやっぱもの足りないかなぁと。このところ二時間越えがあたりまえの邦楽のライヴばかり観てきたので、そこはやはり残念。もっとファーストの曲も聴きたかった。再来日希望。
(Mar. 05, 2023)
BUMP OF CHICKEN
BUMP OF CHICKEN TOUR 2023 be there/2023年2月11日(土)/有明アリーナ



三年半ぶりにBUMP OF CHICKENを観た。
『be there』と題された新しく始まったばかりのツアーの初日。
しかもこの日は彼らが自分たちのバンドの誕生日だという2月11日。
会場は個人的には初めての有明アリーナ。席はなんとアリーナの前から四列目で、花道左の柵のとなりだった。
つまり最高のシチュエーションでの最高の特等席――いまどきの言葉でいえば神席――のはずが――。
この日のライブでは、このいい席がまさかの
いや、ライヴが始まった時点では、こんないい席に失望する要素があるなんて、想像もできなかった。なんていい席なんだって、自分たちのチケット運にただ感心するばかりだった。
だって、最初に登場した升くんがいきなり俺たちの横の花道を通り過ぎるんだよ?
その距離わずか二、三メートルとかしか離れてない。
つづいて増川くん、チャマ――どっちが先だったかは忘れた――そして藤原くんと、メンバーが順番に僕らの至近距離を通り過ぎてゆく。
――そう、通り過ぎて。
花道の先にあるサブステージへ。
そして一曲目の『アカシア』が始まる。
BUMPのメンバー全員が僕らに背を向けた状態で。
ということで、いきなり僕らはステージを背にして――スピーカーから出る音を背中に受けて、モニターも見えない状態で――『アカシア』『グングニル』『天体観測』とつづいたオープニングの三曲を聴くことになった。
BUMP側からすると、広いアリーナのど真ん中に配置されたサブステージはオーディエンスとの距離的にいちばん平等な場所だから、そこからライヴをスタートさせるのがいいって考えだったんだろう。うん、このバンドらしいなって思う。
でも、おかげでそのサブステージよりも前にいた僕らは、最初の三曲を――そしてハーフタイムのアコースティックセットの『66号線』と『ベル』を――さらにはアンコールのとりを飾る『ガラスのブルース』までもを――藤原くんたちの背中を眺めながら聴くことになってしまった。
正直なところ、がっかりだよ……。
そう、前回BUMPを観た直後のU2の来日公演と同じ失望感があった。あの時も同じようにサブステージからスタートしたもんで、始まってから数曲のあいだボノたちがまったく見えなかったんだよなぁ……。今回はスピーカーに背を向けてしまっているせいで音的にもいまいちだったし。最初からこういう演出はちょっと勘弁してほしい。
まぁ、サブステージでの演奏が多かったってことは、そのぶん僕らの近くを通り過ぎる回数が多かったってことで、これがアイドルのファンとかだったら「きゃ~、藤くんがこんなに近くに~」とか、「チャマと増川くんが私のとなりを談笑しながら通り過ぎた~!」とか興奮して、それだけでプラマイゼロどころか、お釣りがくるってことになったのかもしれないけれど、なんたってこちとらあと四年で還暦って年ですからね。さすがにそうはいかない。
だって『グングニル』とか聴かせてもらうの初めてなんだよ? ちゃんとメンバーの顔を観ながら聴きたいじゃん! そりゃ、藤原くんが僕らの前で立ち止まって『新世界』のワンフレーズを歌ってくれたのには、さすがにぐっときたけどさ。それにしてもなぁ……。
まぁ、失望させられたのはサブステージでの六曲だけで(それって全体の四分の一以上なんだけれど)それ以外はさすがに満足度は高かった。
【SET LIST】
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三年ちょい前の東京ドームでは、そのド派手な演出に度肝を抜かれたものだから、今回も当然演出はものすごいものだと思っていたら、予想外に地味というか、すっかり恒例の光るアームバンド、PIXMOBこそ配布されたけれど、ステージの背景はライティングのやぐらだけで、大がかりな映像演出はほぼなかった。
演出はできるかぎり控えめにして、その分バンドとしての演奏にフォーカスしていたというか、BUMP OF CHICKENというバンドの素の姿を見てもらおうとしている感じだった。それゆえにステージが近かったこの日の席が恵まれていたのは間違いなし。
BUMPって四人きりでやることにこだわっていて、四人で出せない音はすべて同期モノに頼っているせいで、時として生演奏の印象が薄いことがあるんだけれど、この日のライブはこれまでに観たBUMPのライブのうちで、もっともロックバンドとしてヴィヴィッドだった。それもこれも至近距離で彼らが演奏する姿を観られたがゆえ。それは間違いなし。やはりメンバーがギターを弾く指の運びが確認できる距離だと、演奏のリアリティがはんぱない。
近いからこそ藤原くんの服装――ストーン・ローゼズのレモンの白Tを黒いスラックスにウエストインして、ローファーを履いていた――もわかったし、チャマがAKIRAの格好いいトレーナーを着ていたのもわかった。そういうところは神席ならでは。
――とはいっても、いちばん近くにいたチャマはすぐに左手の袖へ移動してこちらの視野から消えちゃうし、この日は藤原くんもギターをぶらさげたまま、ハンドマイクで歌いながらあちこちへ移動することが多かったので、メンバーがちりぢりになって、どこを見たらいいのか悩ましいってことが何度もあった。それは近すぎるゆえのデメリットだった。
アンコールの『ガラスのブルース』なんて、升くんひとりをステージに残して、あとの三人がサブステージに移動して、エンディングまでそのままだったし。いちばん近くにいてこっちを見ている升くんに背を向けて、サブステージのメンバーの背中を眺めている俺たちってちょっと間違ってない?――って思ってしまった。
そんな風にどうやって観るかを何度も悩まされた分、やっぱ今回は席のよさが仇になることのほうが多かった気がする。
なんか愚痴ばっかになってしまいました。いけません。もうこっから先はいいことしか書かない。
今回のライヴのポイントは、そんな風に僕を悩ませたサブステージ重視の演出に加え、コロナ禍のあと初の声出し解禁のライブだったこと。セットリストのはしばしに観客の参加を前提にしていることが感じられたし、本編のラストが定番の合唱パートのある『fire sign』だったのが(そして翌日は『supernova』だったのが)なによりそのことを象徴していた。
――というか、声出しOKだったからこそ、ひとりでも多くの観客の近くで一緒に歌いたいって思ったからこそのサブステージ重視だったんだろう。
セットリストでは『才悩人応援歌』とか『ホリデイ』とか、藤原くんならではのシニカルでユーモラスな(それゆえに絶対に代表曲とは呼べない)曲が聴けたのも嬉しかったけれど、この日のライブの個人的なクライマックスは、そんなサブステージでの最後の曲――本来ならばアンコールのラストナンバーだったはずの――『ガラスのブルース』を演奏したあとの一曲。
ほかのメンバーがステージを去ったあと、ひとり残ってMCをしていた藤原くんは、そのまま立ち去りかねて、ついにはエレクトリック・ギターを手に取り、弾き語りを始める。「冬が寒くて本当によかった……って、これはもう歌ったか」と笑いをとったあと、バンドのアニバーサリーだからこそのサプライズを届けてくれた。
その曲というのが『BUMP OF CHICKENのテーマ』。
エレクトリック・ギターをかき鳴らしながら「へなちょこバンドのライブにいこう~」と歌い始めた彼に、あとのメンバーもステージに戻ってきて仲間に加わり、途中からバンドの演奏になる。これがなんかもう最高だった。
この曲がBUMPのベストナンバーだと思う人はこの世にひとりもいないと思うけれど、僕らの席的には、その瞬間こそがこの夜のBUMPの真骨頂だった。一ロックバンドとしてのBUMP OF CHICKENをこれほど身近に感じたことはなかった気がする。
もうひとつ、ぐっときたのがその歌の直前のMC。
ツアー初日というシチュエーションゆえにこれからの意気込みを語った藤原くんは「ベタだけどさ」と断ったあと、しばし間をおいて叫んだ。
「いってきます!」
最高だなぁって思った。
(Feb. 24, 2023)
宮本浩次
ロマンスの夜/2023年1月16日(月)/東京ガーデンシアター

代々木でずとまよを観た翌日は有明での宮本のソロライブだった。
長いことコンサートに足を運んでいるけれど、フェスでもないのに二日つづけて違うアーティストのライブを観るのって、もしかして初めてじゃない?――と思って確認したら、さすがにそんなことはなかった。
初めて武道館でサザンを観た日から数えて、もうそろそろ四十年。それだけ長いこと音楽ファンをしていると、コンサートが二日つづくこともたまにはある。直近だと2019年のザ・フラテリスとポール・マッカートニーがそう――って、つい最近じゃん! 忘れてんじゃないよ、俺。
本当に記憶力があやしくていけません。
さて、いきなり話が脱線してしまったけれど、今回のお題はエレカシ宮本の単独ソロライブ。それも歌うのはカバー曲という。題して『ロマンスの夜』。
なんかもう、まじめにやってんだか、笑わせようとしているのか、よくわからない。
いや、そういうところでふざけたりはしそうにないから、多分まじめにやっているんだろうけれど、なにごとにもシニカルな往年のロックファンからすると、どうにも苦笑を禁じ得ない。実際にエレカシこそ至高ってファンの中には今回のライヴをあえて見送った人もいると聞く。
かくいう僕も宮本の歌う歌謡曲にはそれほど興味がないので、いまいち気乗りがしなかった――かというと、意外とそうでもない。いつもとは違う、ささやかなわくわく感があった。
なんたって今回に関してはカバー曲だけしかやらないってあらかじめ断ってあったこと――これがもうすべてだった。
三十年以上の長きに渡って愛聴してきたエレカシや最近のソロの曲と比べてしまうと、どうしたって歌謡曲は見劣り(聴き劣り?)がするので、それらをごちゃまぜにされると、どうせならオリジナルをたくさん聴かせてよって思わずにはいられないのだけれど、この日はカバー曲しかやらないってイベントだ。最初からエレカシとソロの曲は排除されている。
ならば、ないものねだりはやめて、歌手・宮本浩次のその歌声の魅力をおもいきり堪能しよう――そんな気になる。なんたって生で聴けるのはこれが最初で最後の曲だって、少なからずあるんだろうし。エピック時代からこの人の歌を聴きつづけている俺が、こんなレアなコンサート観なくてどうする。
最初からそういう切り替えができていたので、目の前で繰り広げられる宮本浩次オンステージの歌謡ショーを思う存分楽しむことができた。
まぁ、チケットが取れなかったら取れなかったで後悔はしなかったかもしれないけれど、終わったいまとなると、生で観られて幸運だったなって思う。席も一階の真ん中より前で、なかなかよい席だったし。わがチケット運いまだ衰えず。
いやぁしかし、ほんと思った以上におもしろかった。
なんたって主役はあの宮本ですもん。
腐っても鯛――とかいったら失礼だけれど、なにを歌ったって宮本は宮本。生で聴く彼の歌のすごさは人の曲を歌っても変わらない。
この日のライブは生配信されていたけれど、テレビで観るのと生で聴くのではきっと雲泥の差んだろうなって。もしもチケットが取れずに配信で観ていたら、僕はこの日のライブをこの半分も楽しめていないんだろうなと思った。
まぁ、好きでもない曲でどれだけ盛り上がれるかというと、そこはおのずから限界はあるけれど、それでも歌われるのは僕らの世代ならば誰もが知っているヒット曲ばかりだ(僕が知らなかった曲は平山みきの『愛の戯れ』だけ)。とうぜん曲自体はメロディアスでいい曲ばかり。それを宮本があの歌声で朗々と聴かせるんだから、そこにはいつものライヴとは違った気持ちよさがあった。
あと、今回うちの奥さんが「宮本くんが歌う歌詞に出てくる女の人が好きになれない」というのを聞いて初めて気がついたけれど、僕は興味のない曲の歌詞って、ぜんぜん頭に入ってこない人間らしい。
うちの奥さんは歌のなかの女性たちの行為――偶然をよそおって好きな人をまちぶせしたり、もらったボタンをすぐに捨てたり――にまったく共感できなくて、聴いていていまいち気持ちがよくないんだそうだけれど、僕はそういう歌詞が右の耳から左の耳へ抜けているみたいで、ぜんぜん気にも留めてなかった。へー、『まちぶせ』って本当にまちぶせする歌なんだって、いまさら思ったりするやつ。
長いこと意味のわからない英語の曲ばかり聴いてきたせいで、日本語の歌も興味がないとさらっと聴き流してしまうのが習慣になっているのかもしれない。
おかげで歌本来の魅力を十分に味わえてないのではという気もするけれど、まぁそこはそれ。もともと歌謡曲の持つウェットなドラマ性になじめないからこそロックを聴いてきたのであって、いまさら宮本が歌ったからというだけで、そういう歌謡曲の世界観に涙したりしたらそのほうが怖い。
僕みたいな有り難くないファンがいる一方で、そういう歌謡曲を歌う宮本を愛してやまない中高年の女性ファンもたくさんいて――というか、どうみても今回はそういう方々こそが大多数だったから、会場の東京ガーデンシアターはいつもとは違う特別な一夜を過ごせる喜びに満たされて、とてもうきうきと楽しそうな雰囲気だった。
この日のチケットは一万二千円と、エレカシ関係ではおそらく過去最高額だったので(巨大セットと総勢二十人越えバンドがすごかった前日ライブの1.5倍!)、もしかしてビッグバンドを配したゴージャスな歌謡ショーでも見せてくれるのかと期待していたのに、いざ始まってみれば、バンドは縦横無尽のときと同じ五人組だった。あとで聞けば、あらかじめ発表されていたらしい。あらら。
ベーシストだけはなぜかキタダマキではなく、須藤優という人に替わっていたから、演奏のニュアンスは若干変わっていた――気がしたけれど、それでも基本的なところは同じ。小林武史のウェルメイドなアレンジがステージでも見事に再現されていた。
【SET LIST】
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オープニングはゴトン、ゴトンという電車の走る音をバックに、車窓を流れる灯が映し出される『木綿のハンカチーフ』のモチーフを再現したらしき演出から。電車が到着するところを音だけで表現したあと、こつこつという靴音が鳴り響き、誰かがステージへと向かってくる。
その足音にあわせて宮本が颯爽と登場――するのかと思ったら、しなかった。
足音が途切れたあと、ひと呼吸おいてバンドのメンバーがぞろぞろと登場。なんかいまいち格好がつかないけれど、それもまた宮本らしい。
で、最後に宮本が出てきて一曲目は『ジョニィへの伝言』。
――って、『木綿のハンカチーフ』じゃないんかい!
ステージ左手には背の高いフランス窓のついた洋室の壁が配されていて、その窓を通して斜めに光が差し込むというのがライブ前半の演出のキーになっていた。
序盤でよかったのは、アルバムと同じように宮本の弾き語りで始まる宇多田ヒカルの『First Love』。全体的な音が安定感抜群なので、そのなかで宮本のあのぎこちないギターを聴くとなんかすごくほっとする。
でもって、そのへたうまなギターに途中から小林さんのキーボードなどが加わって、しっかりとまとまった演奏になってゆくところがとても新鮮だった。アンコールで演奏された同じパターンの『恋に落ちて』とともに、今回のお気に入り。そういやソロで椅子に座ってギターを弾く宮本を観たのはこれが初めてだ。
その曲までマイナー調やゆっくりした曲ばかりがつづいたので、そのあとの『SEPTEMBER』とその次の『白いパラソル』の弾けるようなポップな感じが、すごく解放感があってよかった。この日のライブから一曲だけフェイバリットを選ぶとしたら『SEPTEMBER』だなって思った。
いやでも、そのあとの『化粧』もよかった。この曲はいつもよい。個人的に宮本のカバー曲の中ではいちばん好き。
中島みゆきのオリジナルは七十年代のニューミュージックだから、いま聴いたらきっと音響面でものたりなく思うんだろうけれど(とはいっても最後に聴いたのはおそらく四十年以上昔だから確かなことはいえない)、宮本のバージョンはその当時を思わせる骨太な七十年代風ロック・バラードに仕上がっているところがすごく好き。
あと、この曲は宮本がニュートラルなキーで歌えているのも好印象の一因だと思う。女性の曲ばかりだから、曲によってはキーがあわずにファルセットを使って苦しそうに歌っている曲もあるので、自然な発声で歌ってくれたほうが単純に気持ちいい。
とはいえ、ファルセットもずいぶんと使いこなすの上手くなったなぁって、この日のステージでは思った。難聴での活動休止期間をへてファルセットを使うようになった宮本だけれど、正直いまいちこなれていない感じがして、これまであまりいい印象を持っていなかったんだけれど、今回はすごくきれいに声が出ていた気がした。五十を過ぎてちゃんと進歩しているってすげーなって思いました。
前半はそのあともう一曲つづけて中島みゆきのナンバー『あばよ』を歌って終了。そういや二曲目に演奏された『春なのに』も中島みゆきの曲なんすね。中島みゆきを三曲も歌っているというのが意外だった(まぁ、ユーミンは四曲だそうだけれど)。
そのあと赤いカーテン(緞帳?)が降りて――となれば予想にたがわず――次の『喝采』が演奏されるまでに、しばらくインターバルがあった。
お色直しにしちゃずいぶんと時間がかかったから、どんなすごい衣装で出てくるのかと思ったら、たいしてかわり映えしない衣装で拍子抜け。後半はフランス窓のセットが撤去されてステージ背後にライトのやぐらが組まれていたから、単にステージの模様替えに時間がかかっただけなのかもしれない。まぁ、それにしちゃ長かった。
後半で最初に「お~」思ったのはソロではなくエレカシでカバーしたユーミンの『陰りゆく部屋』が披露されたこと。ソロ・コンサートでエレカシでの持ち歌が演奏されるのは予想外だったから、驚いたファンも多いと思う。
その次のサプライズは『ロマンス』でそれまで座ったままだった人たちが、示し合わせたようにいきなり立ったこと(この日はここまで座りっぱなしだった)。いわばこの夜のコンサートのタイトル曲だから、ここは立ってしかるべきと思ったんでしょうか。「あなたお願いよ~、席を立たないで~」という歌詞にあわせて立ったといって、うちの奥さんにうけてました。
もうひとつ僕が驚いたのが次の『DESIRE』で、「ゲラッ、ゲラッ、ゲラッ、ゲラッ、バーニン・ラ~ヴ」というサビ始まりのフレーズが、アタック音の効いたバンドの演奏とあいまって、爆発的にカッコよかった。中森明菜の曲でこんなにロックを感じるとは思わなかった。これぞ宮本の真骨頂って感じでした。
本編はそのあとつづけて中森明菜の『飾りじゃないのよ涙は』をやって終了。この辺になるともうエンジンも温まりまくりで、宮本もノリノリだった。
この曲ですごかったのが女性ダンサーの存在。MVのイメージを踏襲した白シャツに黒スーツの女性ふたりが、宮本の左右できれっきれのダンスを披露していた。見知らぬ女性をはべらせてのパフォーマンスなんて、エレカシじゃ絶対に見られない。いやはや、貴重なものを見せていただきました。
そのあとのアンコールでのクライマックスはもちろん『恋人はサンタクロース』での歌詞忘れ事件のほかにない。
これまでソロではバックがしっかりしているから、演奏をミスってやり直すエレカシではおなじみの風景がなかったのに、この曲では冒頭の一フレーズを歌ったあとで宮本が歌詞を忘れたといって、演奏を止めるハプニング。でもって再開しようとするバンドを止めて、「ごめん、思い出せない」と。
そのあとで自然発生的にお客さんたちの歌声が巻き起こったのが、僕にとってのこの夜いちばんの名場面だった。コロナ禍ではあり得なかったアットホームな雰囲気が最高だった。でもって、その歌を聴いた宮本のリアクションが「みなさんバラバラです」というのも爆笑もんでした。
結局宮本は「歌詞見ちゃおうかな~」とかいって舞台袖にひっこんで、歌詞カードらしき紙の束を手に戻ってきた。でもって歌い始めてみたものの、結局ちゃんと歌えずにごにょごにょいって失敗するというていたらく(さすがに二度目のやり直しはなし)。そこまでのやりとりがおかしすぎて、肝心の歌自体の印象がまったく残ってません。あしからず。
ちなみに宮本は歌詞を忘れたけれど、僕はこの曲の存在自体を忘れていたので、この時点でやり残した曲は『木綿のハンカチーフ』だけだと思っていた。あ、この曲もあったんだって、ちょっと意表を突かれた。季節外れだからか、見事に忘れてました。そういう意味では、去年観れていたらもっと盛り上がったのかも(この日は宮本が体調を崩して延期になった去年の公演の振替だったので)。
ということで、『ロマンスの夜』のアンコールの最後を飾ったのは『木綿のハンカチーフ』。冒頭でみせた電車の演出が演奏の前にもう一度繰り返されて、あー、あれは最初と最後をこうやってつなげるための演出だったのかと納得がいった。
この曲でおもしろかったのが、前半は小林さんのキーボードと打ち込みだけの演奏で、後半から玉田豊夢のドラムだけが入ってくるアレンジ。ギターの名越さんとベースの須藤くんは演奏が始まる前に引っ込んでしまっていた。この曲ってこういうアレンジだったのかと目から鱗でした。
――というようなことをですね。前回の感想でも書いてました、俺。ほんと記憶力がねぇ……。
以上、アルバム『ROMANCE』と『秋の日に』の十八曲に加え、『縦横無尽』収録の『春なのに』(このアルバムに入っているのを忘れていた)、松本隆トリビュート盤に提供した『SEPTEMBER』、エレカシでカバーした『陰りゆく部屋』の三曲を加えた、全二十一曲。
これまでに宮本がレコーディングしてきた他人の曲をすべて網羅した、まさに宮本浩次カバー・コンサートの完全版と呼ぶにふさわしい『ロマンスの夜』でした。
――って、もちろんそこで終わるはずがない。
注目の二度目のアンコールで演奏されたのは、ソロ活動のデビュー曲『冬の花』。
宮本自身の楽曲の中でももっとも歌謡曲色の強いこの曲は、まさにこの日のとりを飾るのにふさわしかった。ワンコーラス歌うごとに間奏で拍手が巻き起こるのも、これぞまさに歌謡ショーって感じで僕は好きでした。
その曲で終わっても誰も文句はいわなかったと思うんだけれど、宮本はそのあとにとっておきのサプライズを用意していた。
ということで、この夜の大とりを飾ったのは、本ツアー初披露の沢田研二のカバー『カサブランカ・ダンディ』!!
あえて女性の歌ばかりを歌ってきた宮本が、この夜の最後を、僕らの少年時代の歌謡界ナンバーワン・ヒーローの曲で締めてみせたのが最高だった。
沢田研二の歌を歌う宮本は、女性たちの曲をカバーしているときとは打って変わって、これまでになくやんちゃそうに見えた。
ということで、以上をもってして『ロマンスの夜』は全編終了~。最後に「もう一曲聴きたいですか」みたいに観客を煽っておきながら、「練習してないんで、できません」と笑いを誘って宮本は去っていった。
そういや、縦横無尽ツアーのバンド・メンバー三人とはハグしたのに、ベースの須藤くんとは握手だけってあたりも宮本らしかった。
でもあそこは全員ハグがいいと思うよ。
(Jan. 29, 2023)
【追記】WOWOWで翌月に放送されたこの日のライブを観たら、僕の印象と違うところがけっこうあった。最初は足音→ジョニィ→ガタンゴトン→春なのにという順番だったし(そうだったっけ?)、ライヴ終了後の退場の間際に、僕が気づかなかったところで、須藤くんともハグしてました。めでたし、めでたし。
ずっと真夜中でいいのに。
ROAD GAME『テクノプア』~叢雲のつるぎ~/2023年1月15日(日)/国立代々木競技場第一体育館

『テクノプア』のツアー終了後に年を越して開催された2デイズの特別公演『
いやしかし。今回のライブはセットがすごかった。ずとまよのアリーナ規模のライブはいつでもすごいけれど、ビジュアルのインパクトは過去最大だったと思う。
だって平屋建てのゲームセンターの屋上に超巨大な剣がぶっ刺さってんだよ? たぶん全長十メートル超え? で、そこに電飾であしらった雷がゴロゴロと落ちてくる。
まぁ、要するにライブの告知イラストそのまんまなんだけれど、誰がそんなものを実物化しようかって話だ。――ACAねとずとまよスタッフ以外のいったい誰が。
ゲームセンターの建物とか、電柱とか、曲名が表示されるモニターとか、基本的なセットは『テクノプア』ツアーを踏襲したものだったけれど、そこに巨大なつるぎが刺さって雷が絡みつくビジュアルのインパクトが絶大。これを見ずしてずとまよは語れまいという、ずとまよ史上に残る傑作ステージセットだったと思う。
で、今回すごいのはセットのみならず。バンドも。
これまでもツイン・ドラムはけっこうあったけれど――というかいまや定番?――この日はギターとキーボードもツイン(もちろん村☆ジュンとコジローくんもいる)。で、弦楽四重奏にホーンが三人、オープンリール・チームも当然のごとく吉田兄弟にTVドラムの和田永を加えたフルセット。さらには準レギュラーの津軽三味線の小山豊も仲間入り。
ドラム、ギター、キーボードが二人ずつなのに、ベースだけはひとりなのかと思っていたら、途中のサブステージでのアコースティック・セットでは、メイン・ステージにはいなかった川村竜がウッドベースを弾いていた。
川村氏は『果羅火羅武~』のときと同じように、今回も開演前にステージのどこかに出てきてアーケイドゲームのプレイ生配信をやっていたから、きょうはまさかゲームのためだけに呼ばれたのかと思っていたら、さすがにそんなことはなかったらしい(蛇足だけれど、ゲームのときは川村竜ではなく、ミートたけし名義らしい。「ビート」ではなく「ミート」)。それにしても余興とサブステージの数曲のために、どこぞで最優秀賞をもらったというベーシストを呼んできちゃうずとまよって……。
ま、なんにしろ、そんなわけでこの日のすとまよはメイン十九名+サブ一名の総勢二十名という大所帯だった。ただでさえ最強のずとまよナンバーがこの人数で演奏されるんだから、そんなの最高以外のなにものでもない。
そもそもオープニングが小山氏の三味線のソロから――つづいてドラムの人が鞄をぶらさげて現れ、鞄のなかに詰まった謎の打楽器(なのかな?)で即興演奏を聴かせる――ってあたりが、ずとまよの音楽性の高さを象徴していた。なんてマニアックな。
さらにはその演奏のあいだに派手な格好をした書道家の先生みたいな人が出てきて、書初めのパフォーマンスを披露する。遠すぎて何を書いたんだかわからなかったけれど、たぶん「叢雲うんたら」なんでしょう。いろいろおもしろすぎる。
セットリストは『テクノプア』の流れを踏襲しつつ、要所要所で変更されていた。
そもそもオープニング曲が違う。ツアーのオープニング曲『マイノリティ脈絡』――これまで僕が観たライブでは必ず演奏されていた――がこの日はカットされていて、かわりに一曲目を飾ったのは『サターン』だった。
建物の屋上にピンク色っぽい巨大なマカロンみたいなものが置いてあったから、あれはなんだろうと思っていたら、その中からACAねが出てくる。でもってギターの弾き語りで歌い出したのが『サターン』。
あ、あのピンクのやつはもしかして土星か――ってそこで初めて気づきました。
【SET LIST】
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『サターン』から『MILABO』『居眠り遠征隊』とつづいた冒頭の三曲はどれも短めだった――気がする。かといってメドレーというほどつなぎがスムーズではなかったので、なんかどれも短縮バージョンでさくっと終わった感じ。
ツアーとの違いはこのオープニングのメドレーコーナーと、四曲目ではやくも『お勉強しといてよ』がきたこと(惜しみなさ過ぎて残念なくらい)、中盤のしゃもじコーナーが『彷徨い酔い温度』ではなく『雲丹と栗』だったこと、ガチャのコーナーのかわりにサブステージでのアコースティックセットがあったこと。そして本編の締めが『残機』だったこと等々。
このうち個人的に最大の失敗をしたのがサブステージでのこと。
サブステージはメインステージの真正面、アリーナの反対側に設営されていて――アリーナのうしろのほうにいた僕はそのときまでその存在に気づかなかった――要するにメインステージに背を向けて観ることになったわけだけれど、驚いたことにこの時にアリーナ後方にいた観客が全員坐ってしまったんだった。
え? 坐るったって、椅子の背もたれのほうを見てんだぜ? ふつうに座ったら身体を百八十度ひねらなきゃ見れない。そんな不自然な姿勢をして座りますか、普通?
少なくても僕の選択肢には座るという選択肢はなかった。おそらくずとまよ以外のライブならば坐る観客のほうがレアだと思う――というか、ふつう座らないよね?
ずとまよのライブって観客の座る・立つのタイミングが僕の感覚とずれているのがなによりの難点で、いつもはまぁ仕方ないかとまわりにあわせて座っていたんだけれど、このときはそのあまりに不自然な状況での同調圧力の強さにイラっときて、つい座らずにそのまま二曲を聴いてしまった。そしたら三曲目が始まる前にうしろの男の子におずおずと背中をつつかれて「坐ってください」としぐさで促されたので、ここでごねるのも大人げないなぁって、素直に座りました。ごめんよ若者。
でもまじであれはないよ。不自然すぎる。僕は一曲だけで首が痛くなったし、僕の前のカップルはその体勢が我慢できなくなったらしく、僕が座ったあとで椅子を降りてフロアに正座していた。そんなのどう考えたって不自然でしょう?
ACAねがMCで「なにも強制はしないので好きなように自由に楽しんでください」みたいなことをいっているのに、この無個性な均一性はいったい……。
まぁ、そんなことがあったせいで、そのあとはうまく気持ちの切り替えができず、もやもやした気分を引きずってしまい、いまいちライブに集中できなくなってしまった。あぁ、若い子たちの同調圧力に流されて素直に座っておけばよかった……。
この日のライヴはカメラが入っていて、後日配信されることが発表されたので、あんなところでひとり立ってたら下手したらカメラに映っちゃうじゃん!――ってあとから気がついて、二重に後悔しました(目立つの嫌い)。
でもまぁ、立って観た『正しくなれない』と『Dear Mr「F」』の二曲は、ステージも近かったし、視野を遮るものがひとつもないこともあって絶景だった。空気を読まないせいで、いいもの見れてしまった。
そのほかでもうひとつ、ささやかながら残念だったのは『勘冴えて悔しいわ』がこの日も短縮バージョンだったこと。冒頭のメドレーではなく、中盤で披露されたから、おぉ、ひさしぶりのフルコーラス!――かと思ったら、この日もやはり二番がはしょられてました。あぁ、なんでさー。
まぁ、一番のあとブレイクを挟んでブリッジのメロディーに突入するアレンジ自体はとてもカッコいいと思うけれど。たまには本当にフルコーラス聴かせて欲しいです。そういや、キーボードがふたりいるからツイン・ピアノの『低血ボルト』が聴けるかと思ったのに、やってくれなかったのもこの日の残念ポイントのひとつ。
逆によかったのは、ACAねがステージに刺さっていた剣を抜きとって、稲光が落ちる中でそれを振り回しながら歌った『残機』、アンコールでの『胸の煙』からのまさかの『過眠』(冒頭のサビ省略バージョン)、ゲストのバーチャルYouTuber、Mori Calliopeをフィーチャーした(この日もっとも楽しみにしていた)『綺羅キラー』など。どれもレア感たっぷりの素晴らしいパフォーマンスだった。でも先程の「座ってください事件」のせいでいまいち集中しきれず。ちっくしょー。
そうそう、『正義』での恒例のシャウトが、この日はフジロックと同じ「ジャスティース!」だったのもこの日のトピック。単にタイトルを英語にして叫んでるだけなのに、なんであんなにコミカルで可愛いんだろう。
最後は『あいつら全員同窓会』で締め――と思わせておいて、再登場して『サターン』のアウトロのインスト・パートだけ聴かせた演出もよし。『サターン』で始まり、『サターン』で終わる。――これぞまさに大団円。とても気がきいていた。
あと、規制退場のときに振り返ったら、BGMだと思っていたジャズ・ナンバーが、サブステージの五人バンドによる生演奏だったのにもびっくり。本当に最後の最後まで楽しませてくれる。心底素晴らしいライブだった。
会場の外では、特製おにぎりを売っていたり、カードゲームで遊べるコーナーがあったり、うにぐりとの撮影会が開かれていたりと、単なる一アーティストのライブとは思えないような文化祭的アミューズメント空間が作り上げられていた。観客を少しでも楽しませようという姿勢の徹底ぶりがほんと素晴らしい。
ここまできたら、次はもうドームでもいけちゃうんじゃないだろうか。アリーナでこれほどな人たちがドームを舞台にしたらどんなすさまじいことになってしまうのか、いまいち想像がつかないけれど。
いまの個人的なささやかな願いは、ずとまよの観客にもっと普通の音楽ファンが増えて、僕のストレスにならないタイミングで立ってくれること――なんて、そういうつまらないことをつべこべ考えずに心から楽しめるよう、願わくばオールスタンディングの会場で観たい。もしも願いが叶うなら、いまいちばんの願いはそれかも。
(Jan. 23, 2023)
ずっと真夜中でいいのに。
GAME CENTER TOUR『テクノプア』/2022年12月21日(水)/東京ガーデンシアター

ずとまよの『テクノプア』二回目。今回はツアー最終日ひとつ前の公演を東京ガーデンシアターで観た。
なにも同じツアーを二度も観なくたっていいじゃんって思うのだけれど、片方だけ応募して抽選に外れると嫌だったので、複数申し込んだら両方とも取れてしまいました。別口で申し込んだうちの奥さんの分も取れてしまったので、この日は夫婦で別行動。僕はうちの子――ずとまよファンではないけれど、親があまりに夢中なのでちょい興味ありらしい――と一緒に観ることになった。
僕らの席はアリーナだったけれど――チケットに「2Fアリーナ」とあるので二階席だと思い込んでいたら、「2F」はライブハウスの入っているビルの二階という意味で、実質は一階相当だった――ガーデンシアターのアリーナ席って、オールスタンディングにも対応した可動式シートだということで、フロアの前と後ろで高低差がないせいで、うしろのほうの席だと前の人が邪魔でステージがよく見えなかった。
ふつうに座席に座った状態だとステージがちゃんと見えないなんて、設計ミスじゃなかろうか。オールスタンディングならば観やすい位置に移動もできるけれど、席があったのではそういうわけにはいかないし。こんなことならば、アリーナよりバルコニーのほうがよかったなって思ってしまった。
ということで、席がアリーナのうしろの方だったのに加えて、ずとまよファンは若い男の子が多いため、うちの子(身長は日本人女性の平均)は残念ながらほとんどステージが観えなかったそうだ。なんかわるいことをした。ずとまよといえばステージ装飾の豪華さも楽しみのひとつなのに。親として残念無念。
まぁ、かくいう僕自身もこの距離だとステージでなにが起こっているかはいまいちよくわからないので、今回はひたすら音楽そのものを楽しむだけに徹した感じだった。
ライヴのセットリストは前回の川口とほぼ一緒。唯一の違いは中盤のガチャを引いて選曲をランダムに決めるコーナーで、この日は『ろんりねす』を引いたあと、つづけてもう一度ガチャをまわして『正しくなれない』を出して、この二曲をメドレーで聴かせるというサプライズがあった。
調べてみたら、どうやらガチャ枠がメドレーだったのは今回の東京二公演だけ(翌日は『Ham』と『蹴っ飛ばした毛布』だったらしい)。しかもこの日のアレンジはこの時期ならではのクリスマス仕様。ジングルベルがシャンシャン鳴って、いつもはシリアスな『正しくなれない』が楽しげなホリデー気分のアレンジになっていた。これが観れただけでも同じツアーに二度足を運んだ甲斐ありだ。
今回もうひとつ重要だったのが、キーボードがバンマスの村山☆ジュンだったこと(彼とコジローくんとオープンリールの吉田兄弟以外のメンバーはあいかわらずわからない。ACAねがツイッターでツアーメンバーを紹介していたけれど、全員ニックネームなうえに各パート二名ずつなので誰が誰やら)。エレカシのファンとしてはキーボードが彼だとやっぱり嬉しい。
村☆ジュンといえば、『正義』でのピアニカのイントロが回を追うごとに長くなっていて、正直いささか食傷気味なのだけれど、この日はそこで終わったばかりのカタールW杯の番組のジングルを奏でていたらしい。
――らしい、なんて書くのは僕がそれに気がつかなかったからで、なんかしつこく同じフレーズを繰り返しているけれど、これってなんだろうとか思ってしまった。一ヶ月間毎晩のように聴いていたはずなのに。不覚すぎる。
【SET LIST】
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ライヴ自体とは関係のないところで驚いたのは、そのガチャ枠のふたつ前の『夏枯れ』が始まるまでのインターバルで、まわりの観客がいきなり全員座ってしまったこと。バラードが始まったとかじゃないよ? 次の演奏が始まるまでの待ち時間だよ? その次はしゃもじ大活躍の『彷徨い酔い温度』じゃん! 曲順を知ってか知らずかわからないけれど、そのタイミングで座る?
ずとまよのファンって基本的に腰が重すぎる嫌いがある。ガチャ枠でACAねに「座ってください」といわれて座ったあと、その次の『消えてしまいそうです』では、モニターに「STAND UP」という文字が出るまで立たないし。そもそもオープニングでも毎回ACAねが登場するまで立たないし。どんだけ足腰弱いんだ、若者たち。いま日本でいちばん踊れるバンドの生演奏を観ているんだから、もうちょっとはっちゃけて欲しい。
まぁ、そんなこというなら、お前が率先して立てよって話なんですけどね。すでに四捨五入すると還暦っておじさんが率先してうしろの若者たちの視野をふさぐのもなぁって思ってしまう。どうにも遠慮が勝ってしまう。そのへん俺もやっぱ平均的な日本人だよなぁって思う。
そういえば、アンコールの『Dear Mr「F」』では途中から咳が止まらなくなってしまって難儀した(これが新型コロナ感染後初のおでかけだった)。それまではなんともなかったのに、この日いちばん静かなこの曲のときになぜ……。すでに感染の心配はないはずだけれど、まわりの人にはそんなことはわからない。となりに迷惑がかからないよう、途中からは抑え込もうと必至で、曲を楽しむどころじゃなかった。名曲なのに。残念。
まぁ、そんなわけで今回もいろいろありましたが、ずとまよのライヴはやっぱり楽しかった。娘と一緒だからあまり恥ずかしい思いをさせないようおとなしく観ようと思っていたのに、やっぱ聴いているとじっとしていられなくて、結局ノリノリでステップを踏んでしまった。
ほんとこんなに踊れるバンドめったにないと思う。ダンス好きな人にはぜひ一度ずとまよのライヴを体験してみていただきたいと思います。すんごい気持ちいいです。絶賛お薦め中。
(Dec. 29, 2022)