かわいい女
レイモンド・チャンドラー/清水俊二・訳/創元推理文庫
今回、チャンドラーを続けて詠むことにしたのは、村上春樹氏が 『長いお別れ』 を 『ロング・グッドバイ』 という邦題であらたに翻訳したことがきっかけだったわけだけれど、そういう風にタイトルに原題をそのままカタカナで使うことに対しては、正直なところ、あまり賛成できない。すでにさんざん人口に
『ロング・グッドバイ』 はまだしも、いちばん納得がゆかないのが、同じ村上春樹訳の 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 。あれと旧訳の 『ライ麦畑でつかまえて』 というタイトルを並べられて、翻訳家の知名度を抜きにして、どっちを選択すると問われたら、たいていの日本人が 『ライ麦畑』 を選択するんじゃないかと僕は思う。少なくても僕はそうする。 『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 というカタカナのタイトルはあまりに記号的で、まったくなんのイメージも喚起してくれない。逆に 『ライ麦畑でつかまえて』 というタイトルは、いまとなると、まさに古典という言葉にふさわしいと思いませんか。
『キャッチャー・イン・ザ・ライ』 という題名がなんのイメージも喚起しないというのは、単に僕の英語力が足りないからで、もしかしたら、より英語と親しんでいるいまの若い人たちは、村上訳に感化されて、 『ライ麦畑』 というタイトルよりも、そちらの方になじんでしまっているのかもしれない。僕にはそのへんのことはよくわからない。いずれにせよ、たとえ春樹氏がなんという邦題をつけようとも、僕にとってサリンジャーが書いたホールデン・コールフィールドの物語は、いつまでたっても 『ライ麦畑でつかまえて』 のままだと思う。だから正直なところ、春樹さんにもそのタイトルで訳して欲しかった。
さて、そんな僕ではあるけれど、このレイモンド・チャンドラーの長編第五作めのタイトルに関しては、さすがに新訳を出すとしたら、原題どおり 『リトル・シスター』 にする以外、ないんじゃないかと思う。さすがにいまとなると 『かわいい女』 は、あんまりだ。本文中では「小さなねえちゃん」なんて訳されていたりするし、語感的な面では、すっかり翻訳としての賞味期限が過ぎている感がある。
マーロウが事件にかかわる三人の美女たちときわどい会話を繰り広げるシーンがたくさんあり、なおかつそのうちの二人は映画女優だという、これまででもっともハリウッドという華やかな舞台にふさわしい話だったこともあり、この作品については、ぜひ新しい訳で読んでみたいと思ってしまった。
なにはともあれ、これでチャンドラーの長編も残り二作。いよいよ次は春樹氏訳の 『ロング・グッドバイ』 ということに。
(Nov 04, 2007)