ナイフ投げ師
スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸・訳/白水社
たとえばディズニーランドやディズニーシーがどんなところかを、そこへ行ったことのない人にもわかるように、文章のみで伝えるとする。写真もイラストもいっさいなし。余計な演出をつけ加えることなく、ミッキーマウスさえ知らない人にもわかるように、言葉だけで純粋にその魅力を伝えてみせる。
そんなの、ただあるがままを伝えるだけでも難しい。少なくても僕には無理。ましてや、そんなもので読者を魅了するなんてのは、よほど卓越した文章力がないかぎり至難の
ところがこのスティーヴン・ミルハウザーという人は、デビュー以来、その手のことを延々とやり続けてきている。しかもつねに見事な出来栄えでもって読者を魅了しつつ。
もちろん彼が描くのはディズニーランドのように現実に存在する場所ではない。また、あんなに健全でもない。彼は彼自身の頭のなかだけにある、あやしい陰影をもった架空の世界──二十世紀の雰囲気を色濃く残した架空の遊園地や百貨店、実物と見まがう自動人形や処女だけの秘密結社など──を、熟練のガラス職人のような巧みな筆致でもって、それぞれの短編小説に結実させてみせる。
「物語」ではなく「事物」を描くがゆえに、彼の文章は自然、フィクションよりもノンフィクションに近いスタイルになる。視点はつねに客観的で、主人公なんていないし、会話文もほとんどない。いわば、キャラと会話が命のライトノベルなどとは対極にある、疑似ドキュメンタリー・タッチとでもいうべき作風。
そして、どの作品もそんな現実世界と地続きのリアリティのなかに、なに食わぬ顔をして非現実性が紛れ込んでくる。ありふれた説明から始まる物語は、どれも次第にエスカレートしていって、最後には奇妙に
このノスタルジックでどことなくグロテスクな感覚は、なかなかほかの作家では味わえない。たまにこの手の作品を思いつく人はいるかもしれないけれど、これほどまでの出来栄えで、この手の作品ばかりを
(May 12, 2009)