夜想曲集 音楽と夕暮れをめぐる五つの物語
カズオ・イシグロ/土屋政雄・訳/早川書房
カズオ・イシグロ、初の書き下ろし短編集。
サブタイトルに「音楽と夕暮れをめぐる五つの物語」とあるように、どの話も「音楽」をモチーフにしつつ、人生の「夕暮れ」時を生きる人たちのささやかなエピソードをユーモアとペーソスたっぷりに描いてみせている。
イシグロの小説はいつも「なんだこいつ」と思ってしまうような「とんだ勘違い野郎」を語り手にするのが常套手段なので、あまり読後感がよくなかったりすることが多いけれど、これは短編集だからか、そのずれ具合が適度に緩和されていて、厭味がないところがいい。二話目の 『降っても晴れても』──冴えない中年男が、破局の危機にある親友の妻とふたりきりで過ごす夕べを描いたコメディ──なんて、長編で書いたらけっこう悲惨な話になりそうなのに、ここではそれがほどよいユーモアにつつまれて、すっきりとしたあと味になっている。
まあ、苦みばしったものこそ文学とするならば、ここでの苦味の足らなさに不満をおぼえる人もいるのかもしれないけれど、僕にはこれくらいでほどよかった。イシグロ、短編作家としても、けっこういけていると思う。
僕はこの短篇集、とても好きです。
(Jul 11, 2010)