象
レイモンド・カーヴァー/村上春樹・訳/村上春樹翻訳ライブラリー(中央公論新社)
レイモンド・カーヴァーが生前、いちばん最後に描き上げた作品を集めた短編集とのこと。
気がつけばカーヴァーの作品を読むのも一年ぶりだったけれど、ひさしぶりに読んでみて、なんで僕を含めた多くの読者は、こんなどうしようもない話ばかりが詰まった本を喜んで読んでいるんだろうと、ちょっと不思議になってしまった。
だって、収録されている話のほとんどすべてが、離婚やら不倫やらに絡んだ、駄目ダメな男たちの話なんだから。新年の一冊目に読むには、どうにもふさわしくない。もうちょっと前向きな本を読めばよかった。
でも、じゃあこの本がつまらないかというと、決してそんなことはない。たとえば表題作の、母親、兄弟、別れた妻に子供たちと、考えられる近親者すべてから金を無心される主人公の徹底したどん底ぶりには苦笑を禁じ得ない。
救われない男たちの救われない人生を淡々と描いてなお、悲しみのみならず、笑いまで誘うカーヴァーの筆致には、おそらく特別ななにかがある……と思う。ただ、いまの僕にはそれをうまく説明できないけれど。
あと、チェーホフの末期の風景を描いたラストの 『使い走り』、これだけは掛け値なしに素晴らしい。そのほかの作品とは違って、これにだけは駄目男が出てこないし、生前最後にこういう作品を書いていたというのは、その事実自体がとてもよくできた一編の物語のように思える。
(Jan 30, 2011)