エドの舞踏会(山田風太郎明治小説全集八)
山田風太郎/ちくま文庫
山田風太郎の明治シリーズの特色は、その時代に実際に生きた有名な政治家や文化人を多数出演させて、物語に広がりと意外性を加えているところにある。
ただ、これまでに読んだ作品では、そうした実在の有名人たちはあくまで脇役に徹していた。『地の果ての獄』の有馬四郎助や『明治斬頭台』の川路利良のように、語り手が歴史的人物という作品はあったけれど、それにしたって知る人ぞ知るというレベルの人たちだし、彼らはあくまで語り手であって、物語のメインはあくまで架空の人たちだった。
でもこの作品はちょっと違う。鹿鳴館での舞踏会をきっかけとして、そこに集まる政治家たち──伊藤博文や井上薫、山県有朋、大隈重信ら──の妻に焦点をあわせた連作短編集で、要するに登場する主要キャラクターの過半数は実在の人物なのだった。
とはいえ、ここで描かれる夫人たちの波乱の人生が、すべて実際の出来事なわけもない。ウィキペディアには旦那のページがあり、そこに妻として彼女たちの名前はあっても、彼女たち自身のページはない。山田風太郎は奔放な想像力でもって、明治期に名を残した偉人たちを陰で支えた女性たちのもうひとつの姿を浮かび上がらせてみせる。
主役が実在の女性たちという作品の性格上、これまでの風太郎作品とは違って、ほとんど流血事件が起こらない。その点もこの作品の特色だと思う。その分、他の連作短編のように最後に畳み掛けるような大どんでん返しがあったりもしないけれど、いまの僕にはこれくらいのさじ加減がちょうどいい。明治ものではこの作品がいちばん好きかもしれない。
(Sep 15, 2013)