バット・ビューティフル
ジェフ・ダイヤー/村上春樹・訳/新潮社
二年前に刊行されてすぐに、春樹氏の翻訳本だからと買った本。
当時の僕のブログを見ると「ジャズの短編集」と書いているので、その時点ではどういう本か、断片的な情報は入っていたらしいけれど、その後、放ったらかしにしているあいだにすっかりそのことを忘れてしまっていたので、いざ読み始めてみて、その思わぬ内容にびっくりした。なにこの本?
春樹氏自身も訳者あとがきで、読み始めてみて、その内容に驚いたというようなことを書いているけれど、僕の場合、ジャズの本だということさえ忘れてしまっていたので、なおさら、なんだこりゃな感があった。
いや、べつに内容がふざけているとか、出来がひどいとかいう意味ではない。それどころか、書きっぷりは素晴らしい。とても端正で優れた散文だと思う。こんな文章、書けるならば僕も書きたい。
意外なのは、情感たっぷりの文章でつづられる、フィクションともノンフィクションともつかぬ、その内容。
作者のジェフ・ダイヤーはこの本の中で、実在のジャズ・ミュージシャンたちの姿を、あたかも自らの知りあいのような距離感で生き生きと活写して見せる。描かれているのは、どれもジャズ・ファンのあいだでは有名なエピソードばかりらしい。それをこの人──年齢的には春樹氏と僕のあいだくらい?──は、まるで自らが一緒に経験したかのような調子で描き出す。
取り上げられているミュージシャンは、レスター・ヤング、セロニアス・モンク、バド・パウエル、ベン・ウェブスター、チャールズ・ミンガス、チェト・ベイカー、アート・ペパーの八人。さらにデューク・エリントンとハリー
エリントンのパートはコミカルなのだけれど(これがまたいい味を出している)、それ以外の本編のエピソードはどれも、もの悲しい。取り上げられているのは、どれも深刻なトラブルをかかえたミュージシャンばかりだ。
後世に優れた音楽を残しながらも、自身は時代の空気に流され、酒やドラッグや心の病気で身を持ち崩して、苦しみを味わった天才たちの物語。
それをジェフ・ダイヤーという人は、慈しむようなまなざしを向けつつ、きりっと引き締まった短編へと昇華させている。
とても見事な出来映えの、それでいて風変わりな内容の本だと思う。
(Aug 31, 2013)