スクールボーイ閣下
ジョン・ル・カレ/村上博基・訳/早川書房/Kindle版(全二巻)
『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』のあと、スマイリーらがどうなるかが気になったので、つづけて読むことにしたカーラ三部作の第二弾は、村上春樹も絶賛しているという噂の作品(未確認)。
タイトルの『スクールボーイ閣下』は、スマイリーが前作で情報を集めて訪ねて歩いた情報源のひとりで、陽気な新聞記者ジェリー・ウェスタビーのニックネーム(貴族の出だから「閣下」なんて敬称がついているけれど、彼自身にはまったく偉そうなところがないので、おそらくアイロニーが込められていると思われる)。前作では脇役のひとりにすぎなかったこの人が、今回は香港を舞台にした情報戦の主役をつとめるという構造に意外性がある。
まぁ、主役とはいっても、では彼が物語の中心かというと、そんな印象でもなく。いわば、前作のジム・プリドーと同じような存在。終始フィーチャーされているわりには、本編の流れとは関係なさそうな瑣末なエピソードばかりで取り上げられていて、なぜこの人がタイトルになっているのか、半分くらい読んでもなお、いまいちよくわからない。
とはいえ、仮にもタイトルになるくらいだから、そのままでは終わるはずもない。そのうちなんか、しでかしちゃうんだろうなぁ……と思って読んでいると、最後にあぁ、やっぱりという展開になる。そしてそんな彼の暴走の結末には、なんともいえないやるせない余韻が残る。
ジョン・ル・カレの作品のおもしろさは、スパイ戦という非情な世界を筆圧高い文体でドライに描きながらも、そのなかで運命を左右される彼のような人たちの哀しみも同時に描いてみせることにあると思う。片方には俗なる権力争いに明け暮れる人たちがいて、もう片方には情に流されて身を滅ぼす男たちがいる。スマイリーはその中間地点に立って、自らの思いは内に秘めたたまま、静かにサーカスの舵を取ってゆく。
いわば、愛なき世界を舞台に、愛に惑う弱者たちの悲劇を描く作家。――僕にとってのジョン・ル・カレはそんな印象だったりする。そしてスマイリーはおそらく、そんなル・カレの代弁者なんだろう。──ほとんどなにも語らないけれど。
(Nov 06, 2013)