ねじれた家
アガサ・クリスティー/田村隆一・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle
一家の大黒柱である老富豪が毒殺されて、残された若き未亡人に嫌疑がかかる──というこの作品のプロットには、ひとつ前の『満潮に乗って』にきわめて近いものがある。ただし決定的に違うのは、これがノン・シリーズのミステリである点。
そう、この作品にはポアロもマープルさんも登場しない。語り手はヘイスティングズ大尉みたいなタイプの好青年で──つまり人はいいけれど、頭は切れない──彼が事件にかかわるのは、被害者が彼の恋人の祖父だからだ。この青年がどれだけ頭を使っても事件は解決しない。
じゃあ、かわりに誰が名探偵役を務めるのか──というのが、『忘られぬ死』など、過去のクリスティーのノン・シリーズ作品においては重要なポイントだった(誰が探偵かわからないからこその全員容疑者状態)。でもこの作品の場合、最後まで探偵役を務めるキャラは登場しない。
そう、極論すれば、名探偵の不在こそがこの作品を特別たらしめている重要な要素なのだった。ポアロやマープルさんの頭脳をもってすれば、早い段階で犯人があきらかになってしまうだろうし、そうなったらなったで(事件の特殊性ゆえに)彼らは非常に悩むことになるはずだ。だからこそクリスティーはこの作品に彼らを登場させなかった。
つまりこのミステリにはポアロやミス・マープルが出てこないことにちゃんと理由がある。少し前の『ホロー荘の殺人』なども「この話にポアロって必要?」と思ってしまうような作品だったけれど、その反省を踏まえてか、この作品でクリスティーは思いきってポアロを出すのをやめているわけだ。そこがすごいと思った。
みずからの代名詞たる名探偵を活躍させる一方で、ミステリとしての必然性があれば探偵不在のこういう作品もものしてみせる。クリスティーがミステリの女王と呼ばれるのも当然だよなぁと納得の秀作。
(May 04, 2018)