2018年6月の本

Index

  1. 『神よ、あの子を守りたまえ』 トニ・モリスン
  2. 『酔って候』 司馬遼太郎

神よ、あの子を守りたまえ

トニ・モリスン/大社淑子・訳/早川書房

神よ、あの子を守りたまえ (トニ・モリスン・コレクション)

 八十代後半になってもいまだ健在なトニ・モリソンの最新作。内容的にも衰え知らずで素晴らしい。
 この小説はモリスン女史の作品にしては珍しい現代劇(もしかして初?)。
 主人公のブライドは色白な黒人の両親のもとに真っ黒な肌を持って生まれたがためにつらい幼少期をすごしたものの、成長してからは社会的な成功を収め、ハンサムな恋人とともに充実した生活を営んでいるキャリア・ウーマン。
 そんな彼女の人生の歯車が、ひとりの受刑者の釈放により狂い始める。
 彼女の幼少期に近所の子供たちへの性的虐待の罪を問われて受刑していたその女性にブライドは救いの手を差し伸べようとするのだけれど、なぜかそのことが原因となって恋人には振られ、受刑者から好意を仇で返され、こっぴどい目にあわされる。
 怪我のために長期休暇を余儀なくされた彼女は、ひとりで過ごす療養中に自らの人生を見つめなおし、恋人のブッカーへの想いを新たにする。そして理由も告げずに自分を捨てて去っていった彼に会いにゆこうと決心する。
 ところが彼の居場所を探して車を走らす旅の途中で事故をおこして、ふたたび身動きの取れない身となり、たまたま出会ったヒッピー夫婦の世話になるはめに……というのが半分くらいのあらすじ。
 いつも通り黒人差別の問題をテーマにしながら多重的な構成で描かれているのものの、これまでにないストレートな恋愛小説として読めるのが新鮮。主人公の親友ブルックリン、性的虐待の罪を着せられた女教師や、エコ生活を営むヒッピー夫婦とその養女、人のいいブッカーの伯母など、脇役に配した個性的なキャラクターもとても印象的で、短いながらも読みごたえがあるいい小説だった。
 老いてなおトニ・モリスンにハズレなし。
(Jun 30, 2018)

酔って候

司馬遼太郎/文春文庫/Kindle

酔って候 (文春文庫)

 「Kindleのバーゲンで買いました」シリーズの最新版は日本が誇る小説家・司馬遼太郎先生の短編集。僕が司馬文学を読むのはじつに十年ぶり。
 司馬遼太郎というと文庫本何冊にもなる大河小説のイメージが強いのだけれど、電子版で分冊の長編を買うのは嫌だし、かといって合本はどれもデザインがスーパーのチラシみたいで買う気になれなかったので、短編集だけを何冊か購入した。これはそのうちの一冊。
 収録作品はすべて幕末が舞台で、土佐藩主・山内容堂を描いた表題作『酔って候』と、薩摩藩主・島津久光が主人公の『きつね馬』、伊予宇和島藩の蒸気船建造の顛末を描く『伊達の黒船』、佐賀藩主・鍋島直正の生涯を描く『肥前の妖怪』の四編。
 文庫本のページ数にすると三百二十ページというから決して厚い本ではないんだけれど、なんだかとてもそうとは思えないくらいに読みごたえがあった。どの短編もとてもおもしろい。これが文庫本一冊で六百円台とかで読めてしまうというのはむちゃくちゃお得な気がする。
 司馬遼太郎という人は、あまり人を魅力的に描かないイメージが僕にはある。どんな偉人を描いていても、筆者はつねにその対象に一定の距離をおいていて、ニュートラルな第三者としての視点を失わない印象がある。
 だから司馬先生の登場人物って、織田信長であろうと徳川家康であろうと、あまり魅力的な大人物には見えない(少なくても僕の印象ではそうです)。
 この作品に出てくる四人の藩主たちもそれぞれに癖がある人物ではあるけれど、そんな大物感はない。逆にいえば人間臭い。でもそんな人々が幕末という乱世にそれぞれの思惑で繰り広げる群像劇はドラマチックでとてもおもしろい。
 実際にあったこと(とされていること?)をこんなに淡々と書いているだけなのに、なんでこんなにおもしろいんだろうと不思議になってしまうくらい。
 こういうのが司馬文学の醍醐味なのかもしれない。
 司馬遼太郎もコンプリートしたくなりました。
(Jun 30, 2018)