2020年1月の本

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  1. 『愛の重さ』 アガサ・クリスティー

愛の重さ

アガサ・クリスティー/中村妙子・訳/クリスティー文庫/早川書房/Kindle

愛の重さ

 クリスティーがメアリ・ウェストマコット名義で発表した六編の恋愛小説のうちの最後の作品。
 この作品はベースとなる設定がひとつ前の『娘は娘』と似ている。あちらは親子の話だったけれど、こちらは年の離れた姉妹の話。ただ、あちらが仲むつまじかった親子の関係が徐々に破綻してゆく話だったのに対して、こちらの姉妹のあいだには幼少期から不穏な空気が漂っている。
 このままどんどんドロドロな展開になってゆくと嫌だなぁと思って読んでいると、そんな悩みは意外と早い段階で解消されて、ある事件をきっかけにふたりの関係がドラスティックに変化する。
 そこまでを姉のローラを主役にして描いたのが第一部。
 第二部ではふたりが成長してからの恋愛劇が描かれる。前章では赤ん坊だったシャーリーがここではもういきなり恋する乙女になっている。で、その章のあいだで若くして不幸な結婚をしたあげく、最後には悲劇をほのめかすようなミステリっぽい幕引きが用意されている。四部構成の小説なので、ここまでが半分。
 意外性たっぷりなのは、そんなふうに意味深に第二部が終わったにもかかわらず、次の章ではそのつづきが描かれないこと。
 第三部ではそれまでの物語とはまったく関係のないルヴェインという中年男性が初登場して、異国の島を舞台にした別の話が始まる。
 まあ、もちろんそのエピソードがそれまでとぜんぜん無関係ってことはなくて、前の章でとある島の存在がほのめかされていたことから、ああ、ここがその島なのか――じゃあ彼女たちは……と思うことになるわけだけれど。
 とはいえ、さすがにそれまでの物語とはまったく関係のないアメリカ人男性――しかもかなりオカルトが入っている――の数奇な半生がそのタイミングでたっぷりと語られる構成にはちょっとばかり意表をつかれた。しかもそのあとのクライマックスを飾る第四部にもまたどんでん返しがあるし……。
 この作品はそうやって章が変わるごとに視点や状況を変えて物語が描きなおされるところが最大の特徴だと思う。でもって、そんなふうに前の話の顛末を謎として残したまま新しいエピソードが語られてゆくところにミステリに近い感触がある――というか、実際にはこれってある種のミステリなんじゃないかって気さえする。
 ロマンスの体裁でクリスティー・ミステリの独特のタッチが楽しめるという点で、なかなか他では得がたい味わいのある良作だと思う。
 これきりクリスティーのロマンスが読めないと思うとちょっとさびしい。
(Jan. 07, 2020)