十三の物語
スティーヴン・ミルハウザー/柴田元幸・訳/白水社
これぞスティーヴン・ミルハウザーの極めつけという印象の短編集。
タイトル通り十三編の短編小説が収録されたこの作品。「オープニング漫画」と称された一編めの『猫と鼠』から始まり、あとの十二編が、ぞれぞれ「消滅芸」「ありえない建築」「異端の歴史」というサブタイトルの三章に分けて、四編ずつ収録されている。ミルハウザーの読者ならば、この目次をみた時点でにやりとせずにいられない。
冒頭の『猫と鼠』はアニメの『トムとジェリー』を活字で表現したもので、おもしろいかと問われると困るけれど、その笑えないユーモアはいかにもミルハウザーらしいし――『エドウィン・マルハウス』かなにかの一部に同じような章がありませんでしたっけ?――その後の各章でも、ありそうであり得ないミルハウザー・ワールドを――「消滅芸」では人間を、「ありえない建築」では空間を、「異端の歴史」では文化と時間をテーマとして――いつもの緻密な筆致で描き出してゆく。
とにかく描写力がすべてというその疑似ノンフィクションタッチの作風ゆえに、会話があるのは最後の『ウェストオレンジの魔術師』だけ。それにしたって日記の体裁をとった書簡小説だし、まずは会話ありきという一般的な小説とは全編まったく方向性が違う。これを知らずにふつうの短編集のつもりで読み始めた人は、さぞや面食らうだろうなぁと思う。
このあとにさらに二冊、新しい翻訳が出ているし、ふと気がつくとミルハウザーの邦訳はすでに十作品を超えている。数編ならばともかく、さして文学史上重要だは思えない、こういう特異な作風の作家の作品が、これほど小まめに翻訳されている国ってほかにはないんじゃないだろうか(そんなことないんですかね?)。
おそらく柴田元幸という人気翻訳家の偏愛なくしてはあえり得ないこの状況――それ自体がある意味ミルハウザーの作品のパロディのようにさえ思えるきょうこの頃。
(Oct. 18, 2020)