一人称単数
村上春樹/文藝春秋
怠けていたら読み終わってから一ヵ月もたってしまった村上春樹の最新短編集。
今回の作品は表紙のデザインやそっけないタイトルに「らしからぬ」雰囲気があるけれど、こと内容に関しては、これぞまさに村上春樹のスタンダードといいたくなる短編集だった。
イタリア料理店でバイトをしている大学生がなりゆきで職場の女性の先輩と一夜をともにする『石のまくらに』や、とくに仲がいいわけでもない女の子の演奏会に招待された青年の奇妙な体験を描く『クリーム』、ガールフレンドのお兄さんに芥川龍之介の短編を朗読して聴かせる『ウィズ・ザ・ビートルズ』などの作品は、まるで『ノルウェーの森』のサイド・ストーリーみたいだ。
チャーリー・パーカーの架空のアルバムに関する不思議な話『チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ』、「これまで僕が知り合った中でもっとも醜い女性」(原文まま)についての『謝肉祭』、スーツを着てバーで本を読んでいた語り手が知らない女性にこっぴどく罵られる表題作などには、語り手は春樹氏その人なのではと思わせる雰囲気がある。
『「ヤクルト・スワローズ詩集」』の語り手にいたっては、そのものずばり春樹氏自身だし――これが小説なのかエッセイなのか、いかんとも判断できないけれど――おまけに『東京奇譚集』に収録されていた『品川猿』が再登場する『品川猿の告白』というサプライズも収録されているという。
ということで、もしも村上春樹という人が好きならば、これは絶対はずれなしって短編集なのではと思います。
でもファンでない人にとっては……どうなんだろう? よくわからない。
(Sep. 07, 2020)