クララとお日さま
カズオ・イシグロ/土屋政雄・訳/早川書房
ノーベル賞・受賞後初となるカズオ・イシグロの最新長編。これが笑っちゃうくらいイシグロ節全開だった。
今回、世界のイシグロが選んだ語り手は、クララという名のAI搭載の少女ロボット――もしくはアンドロイド。作品中ではどちらの言葉も用いられず、「AF」と表現されている。「人工知能」ならぬ「人工フレンド」ということらしい。
舞台となるのは近未来のイギリス――たぶん。「パリに行ったことがある?」みたいなセリフがあったので、いずれによせ欧州のどこか。その社会では十代の少年少女にAFと呼ばれるロボットをコンパニオンとして付き添わせるのがトレンドになっている。あと、社会的に成功するには、子供のうちにある種の手術を受けることが必要とされているっぽい。でもそれによって命を落とす子供たちもいる。
主人公のクララが買い取られていった家庭でも、その手術のために上の子を失っていて、クララの親友となる次女ジョジーも深刻な障害を抱えている。もしかしたら社会環境に子供たちの命にかかわる放射能のようなものが蔓延していて、それから助かるために手術が必要なのかもしれないけれど、その辺はまったく説明されていないので理由はよくわからない。
いずれにせよクララは病弱な少女のつきそい役としてその家庭に受け入れられ、その子を元気にするために、懸命に尽くそうとする――のだけれども。
この世界のAIはいまだ黎明期で、クララは手足を動かすにも膨大な学習が必要なレベル。現状認識も微妙にピントがずれている。思考がいかに論理的であろうとも、人間にとってのコモン・センスが前提条件としてインプットされていないから、とんちんかんな結論に達したりする。
このずれ具合こそがイシグロのイシグロたるゆえんだ。信頼できない語り手ここに極まれりな感あり。クララが善意から繰り出すナンセンスな思考や行動にもやもやする感じ――これこそ僕にとってのカズオ・イシグロだって気がした。
後半でジョジーの母親が藁にもすがる思いで進めていた計画があきらかになるあたりには、ある種のサイコ・スリラー的な怖さがあってすごい。一瞬の地獄絵図が垣間見えるその部分が僕にとってはこの作品のクライマックスだった。
ただ、その方向で突き進んでゆけば、とんでもない話になりそうだったのに、そうはなっていないのが味噌。結末は意表をつくファンタジーな仕上がりになっている。これには驚いた。え、そんなのあり? と思いました。
(Apr. 06, 2021)