2021年10月の本

Index

  1. 『ブリーディング・エッジ』 トマス・ピンチョン

ブリーディング・エッジ

トマス・ピンチョン/佐藤良明・栩木玲子・訳/集英社

トマス・ピンチョン全小説 ブリーディング・エッジ (Thomas Pynchon Complete Collection)

 トマス・ピンチョンの最新作。『重力の虹』を読んだあとで、この作品がすでに刊行されていることを知って、「翻訳は五年後くらいにして欲しい」みたいなことを書いていたら、実際に翻訳が出るまでに五年もかかった。ある意味、願ったり叶ったり。でも結局今作も大変にてこずり、読み終えるのに二ヵ月半もかかってしまった。
 ただ、『LAヴァイス』同様、内容自体は過去のピンチョンの作品と比べるとずいぶん読みやすくなっていると思う。今回はコンピュータ関係のキーワードであふれかえっているから、ITに興味がない人にはちんぷんかんぷんかもしれないけれど、仮にも僕はその業界で飯を食っている人間なので、その点有利だったってのはある。
 まぁ、基本的にピンチョンの作品に盛り込まれた膨大な情報量は、悪ふざけが過ぎる物語のディテールにリアリティを与えるために埋め込まれた、作者によるある種の自己満足的なものだと思うので、わかる人だけわかればいいというもののような気がする。
 いずれにせよ、今回の作品では膨大なうんちくを削り取ったあとに残る物語の幹となる部分は基本的に一直線だ。911テロがあった年のニューヨークを舞台に、会計不正検査士なる職業についているマキシーンというバツ二の女性が、知人のドキュメンタリー監督に頼まれてハッシュスリンガーズというIT企業の闇取引の流れを探る過程で経験する、さまざまな人々との出会いや別れを描いてゆく。
 IT用語に負けず劣らず登場人物も多いので、どちらかというと僕にはそちらのほうが問題だった。二ヵ月以上もかけて途切れ途切れに読んでいたせいで、章をまたいで再登場するキャラの過半数は誰それって感じだったので。これは集中して一気に読まないと駄目な小説だった気がする。
 まぁ、二ヵ月半もかかったのは内容が難しかったというよりは、読む気がしなくて放置してあった期間が長かったからなので(実質の読書期間は十日くらいな気がする)、それはつまりそれほどおもしろいと思わなかった証拠。翻訳を手がける佐藤良明という人の文体がいまいち苦手だというのもあって、決してつまらなくはないけれど、でも無理して読むこともないかなって作品だった。まぁ、ピンチョン作品はすべからくそうな気もする。
 ピンチョン氏もすでに八十四歳だとのことなので、新作を読むのはおそらくこれが最後だろう。もしも幸運なことに新作が出るようならば、そのときはまた文句をいいつつ読んじゃうんだろうなと思う。
(Oct. 31, 2021)