海鳴り忍法帖
山田風太郎/角川文庫/Kindle
忍法帖シリーズの実質的な最後の一冊。
このあとに発表された『忍法創世記』は風太郎先生の生前には単行本化されていない訳ありの作品だし、『武蔵野水滸伝』と『柳生十兵衛死す』は忍法帖シリーズに入れるべきか意見のわかれる作品だと思うので、少なくても明確に「忍法帖」と題した作品としてはこれが最後の一遍となる。
物語の舞台は室町時代末期。ぱあでれ(いわゆる「伴天連」のことをこの本ではこう表記している)フロイス神父が見守る中で
松永弾正は勝利の褒美として、将軍・足利義輝の妻か愛妾、どちらかをよこせと失礼千万な無理難題を押しつけ、義輝は返答に困って日々をやり過ごす。かくしてこれが引き金になって、弾正による謀反(永禄の変)が巻き起こる。
主人公の美しきキリシタン青年・厨子丸はこの騒動に巻き込まれて都を追われ、彼に想いをよせる美女・鵯(ひよどり)とともに、境に身を寄せることになる。
鍛冶職人の村に生まれ育ち、南蛮渡来の火縄銃を改造して近代的な短銃に作り替えたりする特異な才能の持ち主である厨子丸は、独立独歩の商業都市・堺の財力を借りて、各種の近代兵器を製造、境を乗っ取ろうと攻めてくる弾正に対する防衛作作戦のキーマンとなってゆく。
――ということで、舞台は室町時代だし、忍者は伊賀・甲賀ではなく根来僧、メインのバトルも忍法対決ではなく、忍法VS近代兵器という、忍法帖としてはいろいろとイレギュラーな要素の多い作品だった。ある意味、忍法帖シリーズがいかに多様性に富んでいるかを象徴する作品のひとつといっていいかもしれない。
忍者が活躍するのは序盤の御前試合の場面ばかりで、あとは近代兵器の前に負けっぱなしという点では、『銀河忍法帖』に通じるものがある。
とはいえ、共通するのは忍法帖に近代兵器を持ち込んだ着想だけで、いろいろ問題ありだったあの作品よりはこちらのほうがいい。
調べてみたら『銀河忍法帖』からこの作品に至るまでの二年間(昭和四十三~四年)に、山田風太郎はじつに七冊もの忍法帖を刊行している。
――まじですか?
決して傑作とはいえない作品ばかりとはいえ、それらの一遍一編がいかに創意工夫に満ちているかを知っているだけに、にわかには信じがたい創作力。
あらためて山田風太郎って本当に天才だったんだなと思った。
(May. 11, 2025)