Coishikawa Scraps / Books

2025年6月の本

Index

  1. 『ラナーク 四巻からなる伝記』 アラスター・グレイ
  2. 『マルドゥック・アノニマス7』 冲方丁

ラナーク 四巻からなる伝記

アラスター・グレイ/森慎一郎・訳/国書刊行会

ラナーク 四巻からなる伝記

 『哀れなるものたち』の作者であるスコットランド人作家、アラスター・グレイの怒涛のデビュー作。

 よくあるパターンで、刊行されてすぐに買ったのに、あまりの厚さ(四六判二段組七百ページ超え)に放置していたら、いつの間にか二十年近くたってしまっていた。

 わけあってこの春は時間に余裕ができたので、意を決して読んでみたけれど、これは僕には無理だった。このボリュームでこの内容は正直きつかった。

 サブタイトルに『四巻からなる伝記』とあるように、この小説は四部構成になっている。実際にはエピローグにもかなりのボリュームがあるから、四巻半くらいのイメージで、そのうち一巻と二巻、三巻と四巻が対になっている。

 でもって、物語はいきなりその第三巻から始まる。

 描かれるのはラナークという青年の物語。作風はある種のファンタジー。メタフィクションな要素も含む。

 そのあとに彼の過去の話だといって、短めのプロローグを挟んで第一巻が始まる。主人公の名前はダンカン・ソー。こちらの巻はほぼリアリズムに貫かれている。

 一巻で彼の少年期、つづく二巻で青年期を描いたあと、物語は第四巻で再びラナークのいまへと戻ってゆく――のだけれど。

 残念ながら、このダンカン・ソーとラナークのキャラクターがいまいち僕にはしっかりと結びつかない。

 ラナークの巻については、巻末に収録されたインタビューで作者がカフカを意識したと語っていて、なるほど全編リアリズムを無視した不条理な展開に満ちている。人が竜になったり、歩いているうちにヒロインが妊娠したり、主人公が唐突に市長に任命されたり。時間の流れも自由気ままで一貫性がない。

 そういう支離滅裂な不条理さを、芸術家の想像力がもたらす文学的な達成だとか捉えられればいいのかもしれないけれど、あいにく凡庸な僕にはそうはいかない。

 とにかくまいったのは、主人公のキャラの一貫性のなさ。文学的な素養に溢れた若き画家だったダンカン・ソーが、なぜに幻想世界において、最後には市の代表として世界会議に出席することになるのか、さっぱりわからない。いきあたりばったりの展開に振り回されるばかりで、物語の世界に浸れない。

 一般的な単行本二冊分くらいの物語を読み終えたあと、エピローグで作者と主人公の対話を読まされたり、そのあとに脇役による政治的スピーチを延々と読まされるのは、正直なところ退屈でしかなかった。

 デビューまで四半世紀を費やしてこれだけの大作を書き上げた作者の才能と熱意と膨大な知識量には感服するし、これが唯一無二の個性を持った文学作品だという意見には異論がないけれど、でも好きかと問われたら、残念ながら好きだとはいえない。とりあえず読み終えられてほっとした。そんな作品。

(Jun. 11, 2025)

マルドゥック・アノニマス7

冲方丁/ハヤカワ文庫JA/Kindle

マルドゥック・アノニマス7 (ハヤカワ文庫JA)

 この巻は葬儀の場面から始まる。

 どうやらイースター・オフィスの保護証人が殺されたらしい(誰かはあきらかにされない)。怒りに震えるバロットが仲間とともに式場に足を踏み入れると、葬儀を仕切っているのはお馴染みのクインテッドの面々。そして悼辞のために演壇に立つのはあの男――。

 ということで、長かったニューフォレスト健康福祉センターにおけるウフコック救出作戦にも前巻でようやく決着がつき、物語は新章に突入~。クインテッドがすでに以前とは違う社会的地位を獲得していることから、あの事件からはかなりの時間が過ぎたことが示唆される。

 おいおい、ウフコックはどうなった?――という疑問にも今回はきちんと答えてもらえる。葬儀にまつわる物語に並行して、前回の物語のつづきが、イースター・オフィスとクインテッドの両サイドに分けて描かれてゆく。

 イースター・オフィスは、死んだと思っていた仲間が《誓約の銃》に捕らわれていることを知り、即座に行動を開始。空飛ぶサメに乗って敵の船を急襲したバロットたちが、前回苦戦を強いられたカマキリ爺マクスウェルと再度対決する展開が前半のクライマックス。この戦いが済んで、ようやくウフコック救出作戦が一段落したといえる状態になった。いやぁ、めでたし、めでたし。

 一方でクインテッドのサイドにも展開あり。このところ姿を消していたハンターがシザースの支配から抜け出し、戦線復帰するまでが描かれる。で、その後は〈スネークハント〉とか〈Mの子供たち〉とか、クインテッドの配下につくエンハンサーたちの内紛が描かれてゆく。いやぁ、キャラが増えること、増えること……。

 後半クインテッドの仲間割れと並行して主題となるのは、オクトーバー社に対する集団訴訟。大学の恩師のクローバー教授からアソシエートとして起訴に協力するよう求められたバロットが、法曹界の歴戦の猛者たちに圧倒されながら、法律家としての第一歩を踏み出すことになる。

 最新時間軸の葬儀に、過去話となる集団訴訟とクインテッドの仲間割れ。三つのエピソードが同時進行中のまま、物語は次の巻へ。

 先月新刊が出て、残りが三冊に増えたけれど、それらを全部読んでもぜんぜん話が決着しそうにない。

(Jun. 15, 2025)