Coishikawa Scraps / Books

2026年8月の本

Index

  1. 『夏帆 The Tale of KAHO』 村上春樹
  2. 『人間の証明』 森村誠一
  3. 『パルプ』 チャールズ・ブコウスキー
  4. 『村上朝日堂はいかにして鍛えられたか』 村上春樹・安西水丸

夏帆 The Tale of KAHO

村上春樹/新潮社

夏帆 The Tale of KAHO

 この村上春樹の三年ぶりの長編小説は、どうにもすっきりしない気分にさせられる作品だった。

 まずは主人公の女性がブラインドデートの相手から「君みたいに醜い相手は初めてだよ」といわれるところから始まる第一章。

 短編『謝肉祭』のアイディアを転用したようなこの始まり自体はまぁいい。実際に醜いのならばそれはそれでどんな醜さか興味が湧くし、醜くないのならばないで、相手はなぜそんな失礼千万なことをいったのか、知りたくなる。

 でも本で村上氏はそのどちらの関心もきちんと満たしてくれない。なんかすごく中途半端な回答でお茶を濁されてしまう。

 しかもその相手の男性はその後は登場しないまま次第に怪しさを増してゆき、再登場するころには、ファーストイメージを裏切る超常的な存在っぽくなっている。

 第一章の時点ではリアリズムっぽかった物語は、第二章のありくい、第三章のシロアリの女王と、超常的な存在の登場でまったく違う様相を帯びてゆき、ついに第四章では非現実の世界において決着をみて、曖昧なまま終わる。

 村上ワールドにおいては、過去の作品でもファンタジー要素がそれなりに重要なポジションにあったけれども、今回のそれはこれまでになくイージーに使われている感じ。そのうえで物語の決着はある種の暴力性によってもたらされる。

 不条理な未知の悪意に対抗するために、勇気を振り絞って立ち向かうという展開は、過去作でも繰り返されている村上作品にとって重要なモチーフだけれど、この作品の場合はその悪意をもたらすのが人間ではないせいで、話がどうにも説得力を持っていない気がした。事件が非現実的な空間での流血をともなわない暴力によって決着をみる展開には、なんともいえないもやもや感が残ってしまった。

 いま現時点での僕自身の嗜好がファンタジーよりもリアリズムに向かっているせいもあってか、残念ながらこの作品はまったく僕には刺さらなかった。

 本人はそんなもの欲しくないよって思っていそうだから、なんの問題もないのかもしれないけれど、このところの村上春樹って、作品を重ねるごとにノーベル賞から遠ざかっている気がする。

(Aug. 2, 2026)

人間の証明

森村誠一/角川文庫/Kindle

人間の証明 (角川文庫)

 母さん、僕のあの帽子どうしたでせうね――

 メディアミックスの嚆矢として、そんな詩とともに僕らの少年時代に一世を風靡した角川映画の原作ミステリ。これもKindleで安くなっていたので読んでみることにした作品。

 同じく森村誠一原作の次回作『野生の証明』――こちらも近いうちに読む予定――は薬師丸ひろ子のデビュー作ってことで観ているけれど、こちらはそういう華がなかったせいか、観た記憶がない。少なくてもあの有名な詩の一節以外は記憶にない。殺される黒人役が松田優作なのかと思っていたくらい(殺されるのはジョー山中)。

 なので物語をまったく知らないものだから、とても新鮮な気分で読めた。冒頭で発生した殺人事件をよそに、第二、第三のサブエピソードが語られてゆき、それが後半にひとつに収斂してゆくという展開が上手いなと思った。

 まぁ、男女関係の描写とかには、いかにも昭和って感じの古さを感じるし、事件が探偵の推理ではなく、偶然の積み重ねで解決へ向かう展開も、本格推理的なサプライズを求める人にはもの足りないかもしれない。それでもその偶然の積み重ね(ご都合主義ともいう)の扱いがとても巧みだ。逆にトリッキーな推理がないからこそ、ご都合主義的な事実の発覚にも、ある種の現実味が感じられた。

 まぁ、麦わら帽子とか、熊のぬいぐるみとか、西条八十の詩集とか、ラブホの本とか、いささか落とし物や忘れ物が多すぎる気がするけれども。

 ――いや、こうして並べてみると、ほんと多いな。

 かつて松本清張の『砂の器』を読んだときに、そのご都合主義だらけの展開にあきれて、もうこの手の社会派ミステリは読まなくてもいいやと思ったものだけれど、この作品もその流れをくむ作品なんだろう。

 推理の余地がないのならば、偶然に頼る以外にどんな方法が?

 そんな開き直り(?)がちゃんと機能しておもしろい小説になっているのがいい。その上でちゃんと社会問題も提起してくる。文庫改訂版のおまけとして「作家生活五十周年記念」と銘打って収録されている短編が、ミステリではなく戦争小説だというあたりにも、森村誠一という人の作家としての矜持が表れている。

 いま読んだらまた印象も違いそうだから、こんどまた機会があったら松村清張も読んでみようかなと思った。

(Aug. 12, 2026)

パルプ

チャールズ・ブコウスキー/柴田元幸・訳/ちくま文庫

パルプ (ちくま文庫)

 ちょっと前に読んだ『小説の読み方、書き方、訳し方』のなかで、高橋源一郎が「文章の理想像」と語っていたので、いまさらこのタイミングで読むことにした積読のなかの一冊。これがブコウスキーの遺作なのだそうだ。

 これ、なにがそんなにすごいのかと思ったら――。

 拍子抜けするくらいに、まったくすごくない。でも、肩の力が抜けたあっさりとした文体で、とても読みやすかった。翻訳であることを感じさせないその自然体でさばけた語りこそが高評価の理由なのかもしれない。

 若いころに読んだブコウスキーの短編集『町でいちばんの美女』はそんなに読みやすかった気がしないのだけれど、ずいぶんと昔のことで、内容はまったく忘れてしまっているので、比較するのがおこがましい。でも作品の感触はけっこう違った気がする。

 いずれにせよ、そのときの印象は「酒と競馬とセックス、そして最低な犯罪がいくつか」という、小市民的な僕には縁遠いタイプの作家というものだった。

 ダメ探偵のもとに次々と妙な依頼が舞い込み、主人公の活躍を待たずにそれぞれ勝手に解決していってしまうハードボイルドのパロディみたいなこの作品を読んでも、その辺の印象はさほど変わらず。やっぱ俺には関係ないかなぁと思う。

 若いころにロス・H・スペンサーのチャンス・パーデュー・シリーズが大好きだったものとしては、そこそこ通じるもののある世界観のような気がするんだけれど、ブコウスキーという作家のフィルターを通したことで、なんとなくしっくりこなくなっちゃった、みたいな。そんな作品。

 いやでも、ブコウスキーって、コーマック・マッカーシーやドン・デリーロと同じで、僕には関係ない作家だと思いながらも、なんとなく気になる存在ではあるので、この先もたぶん読むことはあるだろう。

 ――というか、これと同時期に買った積読があと二冊あるので、少なくてもそれらは読むことが確定しているんだった。

(Aug. 20, 2026)

村上朝日堂はいかにして鍛えられたか

村上春樹・安西水丸/新潮文庫/Kindle

村上朝日堂はいかにして鍛えられたか(新潮文庫)

 『村上朝日堂』をタイトルにしたエッセイ集の四冊目にして現時点では最後の一冊。

 初版の刊行は1997年だから、村上さんが四十八歳のころ。

 さすがに五十に手が届こうって年齢になっているので、村上さんの言葉にもそれ相応の風格が……とくに感じられるようになっていないのが、村上朝日堂の村上朝日堂たるゆえんという気がする。

 でもまぁ、最初の『村上朝日堂』に比べると、読んでいてげんなりさせられる回数は圧倒的に減った――というか、ほとんどなかった。

 文章的にちょっとなぁ……と思うところはところどころにあったけれど、語っている内容に反感を覚えることはほとんどなかった気がする。

 なかでもいちばん印象的だったのは、「牛も知っている……」と題した一遍。

 これは前半で「牛も知ってるカウシルズ」とか「ベレンコ中尉も、これでデレンコ」とかのくだらない宣伝文句を引用して笑わせておきながら、後半はそのベレンコ中尉という人がソ連を亡命した年に絡めて、そのときに手がけていた最新翻訳の『心臓を貫かれて』について紹介するという、なにそれって内容だった。

 『心臓を貫かれて』のような素晴らしくハードな内容のノンフィクションを紹介する前振りがそれ?――って。かなりびっくりしました。

 まぁ、なにはともあれ、雑誌には乗らなかったエッセイがおまけで二本追加されていたり、いくつかのエッセイには後日談として追記があったり、あとがきもあって、なおかつそのあとに安西水丸氏との対談まで添えられているという。ボリューム的にもサービス精神たっぷりの、現時点でのシリーズのとりを飾るにふさわしい一冊だった。

 ということで、デジタルで読む月刊・村上春樹も残りあと一冊!

(Aug. 23, 2026)