トールキンの『指輪物語』は長年、読みたいと思いつつ読めずにいた小説のひとつだった。なぜ読めなかったかって、その文庫本のふざけた分冊ぶりゆえだ。『旅の仲間』の上一、ニ、下一、ニという四分冊は一体、なにごとだと。この文庫の過剰なまでの分冊ぶりは、基本的に分冊嫌いの僕には、とてもじゃないけれど許せない。
ではハードカバーを買おうかと思うと、それだって手の届く範囲のものは上下巻の分冊だし、理想的な三巻本は一冊が八千円と高価だし。結局どれひとつ欲しいと思えないまま、どうかもっとマシな形の翻訳が出てくれないかと長いこと待ちわびているうちに月日が過ぎていった。そうして2001年にこの映画が登場する。
本と映画と両方あれば、まずは本が優先という僕にとって、読みたいと思っている作品を本で読む前に映画で見てしまうというのはもってのほかだ。映画を先に観て、小説を読む楽しみを半減させるわけにはいかない。ということで映画にはとても関心があったのだけれど、観るわけにはいかなかった。なまじ評判が良い作品だけに、観られないのはかなり口惜しかった。
そんな状況を打破すべく、僕が重い腰をあげて The Lord of the Rings の原書を読み始めたのは、映画三部作の完結編の公開が間近に控えていた去年の正月のことだ。それから十ヶ月かけて──かなりディテールはいい加減だったけれど──、僕はどうにかこの長大な小説を英語で読み終えた。こうしてようやくその映画版を見られる状態になったわけなのだけれど。
それから現在までの約一年以上、観る機会が得られなかったのは、この映画のDVDが他の作品よりも高価だったこと──今となると二枚組とはいえ、定価で五千円近いDVDは許せない──と、折からの我が家のDVDフィーバーで、他に観るべきものがあふれかえっていた状況ゆえだった。それがここへ来て廉価盤のDVDがリリースされたことで、ようやく僕は4年越しの念願かなって、この映画を観ることができた。おかげでもう内容がうんぬんという以前に、観られたこと自体が嬉しいという、なんだか変な思い入れのある映画になってしまっているという、これは僕にとってそういう作品。
原作と比較してしまうと、この映画はやはり駆け足になってしまっている印象がある。いきなり指輪の来歴を紹介するオープニングはやや情感不足な感じがするし──原作ののどかなオープニングの方がやはりこの壮大な物語の始まり方としてはふさわしい──、メリーとピピンがなりゆきで旅に同行することになるって話の持って行き方も、彼らの性格の良さが曖昧になってしまって、残念な気がした。
なによりトム・ボンバディルという魅力的なキャラクターの登場シーンを削ってしまったのが、返す返すも残念だ。脚本家の一人は、トムを出さないと決めたことで、息子から一週間も口を聞いてもらえなかったと嘆いていたけれど、それもありなん。僕も彼の登場シーンを楽しみにしていたので、ないとわかってかなりがっかりした。
まあそんな風にところどころに不満はあるけれど、それを割り引いても十分おつりがくるくらい、この映画はよくできている。ホビット、エルフ、ドワーフ、人間、オークと言った、身長も姿形も異なる様々な人種が入り乱れる世界を、よくもここまで忠実に表現したものだと思う。とにかく若干の脚色と省略こそあるものの、この映画は驚くほど原作に忠実だ。製作者側の作品に対する敬意と愛情が感じられて、とても好感が持てた。
(Dec 25, 2005)