映画監督・是枝裕和が Cocco の全国ツアーに密着して撮りあげたドキュメンタリー・フィルム。
是枝裕和という人はエレカシのドキュメンタリー 『扉の向こう』 のプロデューサーも務めていた。普段ほとんど邦画を観ない僕の視野に入ってくるくらいだから、とても音楽好きな映画監督なのかもしれないけれど、残念ながらその作品からは、「この人ってあまり音楽そのものには、のめり込んでないんだろうなぁ」という感じを受ける。その撮り方が、音楽ファンとしての僕のツボを刺激してくれないのだった。その点、音楽オタクなマーティン・スコセッシあたりとは決定的に違う。
Cocco にしろ、宮本浩次にしろ、ミュージシャンとしての才能には間違いがない上に、その人となりがとてもエキセントリックだから、ただ単にその姿を追っているだけでも、それなりにおもしろいものが撮れてしまう。是枝監督がやっていることは、単にそういったレベルで終わっているように僕には思える。料理にたとえれば、材料がいいので、なるべく手間をかけず、素材の味を活かしました、みたいな感じ。
要するに Cocco や宮本の姿を記録するばかりで、彼らの音楽の魅力とその源泉には、まったく迫っていかないのだった。確かに核再生処理施設のある六ヶ所村の現状に、米軍基地をかかえる自らの故郷・沖縄の歴史を重ねあわせてステージで涙する Cocco の真摯さは胸を打つ。 Cocco という人の人間としての魅力は十分に伝わってくる。ただこれを観ても、なんで Cocco の音楽があんなに素晴らしいんだかはわからない。というか、そもそも音楽そのものがまるでフィーチャーされていない。
たとえばライブのシーンなどでは、カメラは Cocco にのみフォーカスして、彼女のまわりで演奏しているミュージシャンたちの姿を写そうともしない。どこぞで行われた弾き語りのミニ・ライヴでの映像では、Cocco の表情ばかりにフォーカスしていて、彼女が弾いているギターさえ映らない。
僕は音楽が大好きなので、その時に鳴っている音がどういう人たちのどんな演奏によって生まれているのか、彼らがどんなふうに演奏しているのかにとても興味がある。それってべつに特別なことではなく、音楽好きな人ならば共通の関心だろうと思っている。
ところが是枝裕和という人は、この映画のなかで僕のそういう欲求にまるで答えてくれない。カメラは最初から最後まで Cocco ひとりの姿を追いつづける。彼女のお母さんや息子さんでさえも、なんの紹介もされないまま、まるで背景のひとつでしかないような扱いを受けているくらいだから、仲間のミュージシャンなんか、いないも同然。あくまでこれは Cocco が主役のドキュメンタリーなんだから、まわりの人なんて撮る価値がいわんばかりに見える。そこがむちゃくちゃもの足りない。
僕はこのDVDを観た翌日に、たまたまマイケル・ジャクソンのラスト・ツアーのドキュメンタリー・フィルム 『THIS IS IT』 を観にいった。生前のマイケルが最後に行っていたリハーサル風景をおさめたこのフィルムは、ツアー・ダンサーたちのインタビューから始まる。でもって、なかなかマイケルが出てこないのだった。マイケルの追悼作品だと思えば、最初から最後までマイケルばかりにフォーカスすることだってできただろうに、あえてそういう形はとらず、マイケルが最後に作り上げようとしていたショーの全貌をあきらかにするような内容になっている。
まあ、監督はそのショーの責任者だった人らしいし、マイケルはもうすでにいないので、新たなインタビューなどが追加できないという関係もあるんだろうけれど、それでもこの作品は、そうした構造ゆえにとても感動的なのだった。なぜって孤高の天才だと思われているマイケルが、多くのリスペクトを受けながら、多くの人々に支えられて音楽を生み出していたという事実がくっきりと浮かび上がっているからだ。プライベートのマイケルは孤独だったかもしれないけれど、少なくてもステージにいるマイケルは孤独には見えない。そこにはたくさんの愛とリスペクトがあった。
Cocco を主人公にしたこの映画からは、そうした音楽人としての Cocco を取り囲むまわりの人々との絆がほとんど見えてこない。 Cocco だってたくさんの仲間たちや愛する家族に支えられて素晴らしい音楽を生み出しているんだろうに、そうした家族や仲間にフォーカスが当たることがないがゆえに、まるでたったひとりで孤軍奮闘しているような印象を受けてしまう。人間 Cocco にのみ関心がある人にはこれでも十分なのかもしれないけれど、ミュージシャン Cocco のことをもっと深く知りたいと思う僕なんかにすると、この内容はとてももの足りない。もっと長田さんらのインタビューも交えて、Cocco のいまを明確に描き出して欲しかった。
ああ、日本にもマーティン・スコセッシのような映画監督がいてくれたならなぁと思ってしまう、これはそんな作品。でも日本のカルチャー・シーンには、そういう多角的な才能を生み出す土壌がない気もする。
(Nov 29, 2009)