だから僕は音楽を辞めた
ヨルシカ / 2019 / CD
今年の僕の音楽生活を語るうえで欠かすことのできない作品がこれ。
昨年二枚のミニ・アルバムで僕を虜にして以来、ずっとヘビーローテーションでありつづけているヨルシカ、待望のファースト・フル・アルバム。
先行した去年のミニ・アルバムの『負け犬にアンコールはいらない』はタイトルからしてネガティヴだったわけだけれど、このファースト・アルバムでもその辺の厭世観は変わらない(変わるわけがない)。
記念すべきデビュー・アルバムに『だから僕は音楽を辞めた』なんてタイトルつけようと思うアーティスト、おそらくほかにはいない。世を
タイトルの意味はべつにn-buna(ナブナ)の個人的な音楽業界への決別宣言ではなく、このアルバムのコンセプトによるもの。このアルバムはひとりの青年が音楽を辞めるにいたるまでの心情をアルバム全体を通して描いてみせたコンセプト・アルバムなのだという。
すべての楽曲は語り手の青年が日本を逃げ出し、ひとりスウェーデンを放浪しながら、エルマという恋人へ向けて書いたという体裁をとっている。そして、そんな物語の背景を補強するために、アルバムの初回限定盤は特製のボックス仕様になっていて、CDとともに彼がエルマにあてて書いた手紙の数々と現地で撮影したスナップ写真が封入されている。
手紙を読み、写真を手に取ることで、ナブナが描いた物語がより具体的なイメージを持って伝わってくる。
でもそれらはあくまで気のきいたおまけだ。音楽自体が伝えるイメージはそれだけで十分に鮮明だし、なによりそれが大事。
いろいろ聴きどころの多い作品だけれど、あえてこのアルバムで印象的な点をひとつあげるとするならば、それはこれが語り手と音楽との関係性をテーマとした作品であるにもかかわらず、主人公の青年が人生の糧として音楽を選んだ(選ばざるを得なかった)自分を決して幸せだとは思っていないこと。
彼にとって音楽は祝福であるより、むしろ呪詛に近い印象さえある。
もちろんそんな思いを音楽に託して表現している時点で、彼にとって音楽が悪いものであるはずがない。それでもナブナが自らを託した主人公には、音楽それ自体を無条件の「善いもの」として受け入れられない鬱屈がある。
これくらい魅力的な音楽作品が、それ自体のなかで音楽を呪っているという矛盾。「音楽を選んだ自分を馬鹿だと思う」という自虐の言葉と、そんな悪態の裏から溢れ出てしまう「だた一つでいい、君に一つでいい、風穴を開けたい」という真情。
そんな作り手の葛藤が疾走感あふれるロックンロールに乗せて歌われるこのアルバムは、僕にとってはこの上なく切実だった。とくに前の段落で引用した歌詞が出てくる『夜紛い』は上半期のヘビロテ・ナンバーワンだった(というか、いまでも繰り返し聴きまくっている)。今年の一枚を選ぶならばこれで決まりだろうって思った。――少なくてもこのアルバムが出た時点では。
ところが、これだけでも素晴らしいのに、そのリリースからわずか半年足らずして、その続編となるもう一枚のアルバム――その名も『エルマ』――が、別のメジャー・レーベルからリリースされるというサプライズがあるという――。(つづく)
(Oct. 23, 2019)