1996年のコンサート(抜粋)

Index

  1. マイケル・ジャクソン @ 東京ドーム (Dec 13, 1996)

マイケル・ジャクソン

HIStory Japan Tour 1996/1996年12月13日(金)/東京ドーム

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 ライブは二ヶ月ぶりだし、東京ドームでのコンサートも本当にひさしぶりだったので、とても楽しみにしていた。のみならずマイケル・ジャクソンという、超大物ながら、自分には今まであまり接点のなかったアーティストの公演だ。始まる前からどきどきわくわく。いやあ、こういう気分もひさしぶりだった。
 回転ドアをくぐって会場に入って、まずステージに目をやる。左右に荒廃したビルディングを思わせる灰色の壁がせり出していて、その中央に白っぽい縦長のディスプレイがセットされている。初め見た時はそれをスピーカーかと思い、こんなに広いのにディスプレイなしかと思った(スタジアム・コンサートでそんなはずがある訳がない)。ステージ中央にももう一つちいさめのディスプレイが配され、それが演出としてさまざまな映像を映し出す一方で、左右のディスプレイはマイケルの動きを拡大して映し続けるという仕組みだった。ステージ中央には十メートルばかりのせり出しが客席へと突き出ている。これがクレーンになっていて、途中で上へあがった時にはちょっとびっくりした。
 僕らの席は二階席の前から九列目。ステージから見ると中央よりやや右手に当たる。S席といいながらこの距離はないだろうと思う。下を見下ろすとパイプ椅子がきれいに敷きられて並べられたアリーナにはかなりのスペースが余っている。なんであすこに席を作らないんだろう。いつものことながら日本の興行主の発想はよくわからない。そのアリーナにはブロックごとにこれだけいれば十分以上だろうとばかりに係員が突っ立っている。あんなの半分も要らないから、そのバイト料分チケットを安くして欲しいとも思う。たいした額にはならないか。
 仕事帰りの妻も丁度着いたばかりのところだった。開演時間まであと十五分ほどの頃だ。僕は家から直行。家からドームまでは歩いても三十分とかからないのだから、うまく計算すれば開演時間ぎりぎりに来れたのだけれど、やはり楽しみにしていたものだから、ちょっと早めに会場についた。回りの客を見回してみると、いつものエレカシなんかと違い、やたらと女性が多い。八割は女性だったと思う。中年女性もちらほらしている。さすがアイドルだ。でも正直なところ日本でもこんなに女性ファンがついているとは思わなかった。
 通路では怪しげな白人男性がマイケルのロゴの入ったはちまきを売り歩いていた。どう見ても公式グッズには見えないのだけれど、とりあえずスタッフ・パスのようなものを首から下げていたから正規の商品なのだろう。それとも偽のパスだったのか。始まる前から怪しげでいい。
 場内のBGMはモータウンのヒット・メドレーだった。とても気がきいている。七時五分前くらいになっていったんその音が止み、大音量の場内アナウンスが英語、仏語、日本語の順で響き渡った。
 「今から三十分後に歴史が変わります」
 そして再びモータウンのナンバーが始まる。なんだおい、これから三十分も待たせるのかと思う。しかしながらこのアナウンス自体が演出の一部であり、BGMも楽しめるものが続いたので、そんなに待ちくたびれることもなかった。
 それから二十五分後、再び同じように今度は三ヶ国語のアナウンスが重なるように響き渡って「五分後に歴史が変わります」と告げた。ところがそれから五分待つことなく、すぐに客電が落ちて場内が暗くなる。当然の如く歓声が上がる。そして大音量の吹奏楽曲が流れ始めた。ステージの縁の部分から差し上げるようなライトがドームの天井へ向けて回転する。まるでオリンピックの開会式を見ているかのよう。その大仰な演出に初めから爆笑した。曲が終わる頃にステージ右手に隠されていた巨大なマイケル像が姿を現わしてさらに笑わせる。
 オープニングのファンファーレに引き続き、三面のディスプレイにCGアニメーションが映し出される。近未来風のジェットコースターにヘルメット姿のマイケルと思しき男が乗り込み、大音量の効果音とともにさまざまな風景の中を疾走してゆくというもの。三つのディスプレイのバランスが、さらに3Dっぽい印象を与えている。これがしつこく走り続ける。臨場感満点でやたらと迫力はあるのだけれど、とにかく長い。つまりこれが「五分後に歴史が変わる」まで続くのだった。もう最初からくどい。
 やがて地響きをたてるような大音量の効果音とともに、アニメのジェットコースター(一人乗りの宇宙船?)が画面から飛び出す(という演出)。その途端、場内に爆発音が鳴り響き、ステージ上で花火が炸裂した。もうもうと煙が上がる。その煙の中から今まで疾走していたジェットコースターの実物模型が現われ、その回りでパチパチ火花が飛び交っていた。歓声が高まる。しかし爆発音がして火花が飛ぶばかりでなにも出てこない。歓声が弱まって行く。とその時その乗り物のハッチが開いてギンギラギンの宇宙服に身を包んだマイケルがようやくその中から姿を現わしたのだった。といってもヘルメットをかぶっていて顔は見えない。再び黄色い歓声。でもマイケルは仁王立ちのまま身動き一つしない。また歓声が弱まる。ようやくマイケルが動き出す。歓声。表に出て立ち止まる。歓声。また動かない。歓声が弱まる。やっとヘルメットをとって顔を見せる。歓声。でもまだ動かない。弱まる歓声。それからも二、三の焦らしがあったあとで、ようやく一曲目の 『スクリーム』 のイントロが始まった。
 とにかくこの日のライブは終始こうした調子だった。一つ一つの動作や曲の合間がとても長い。おおっという盛り上りが、いつでも尻切れとんぼに終わっていた。一体どういうつもりなんだかわからないけれど、それがわざとだとしたら変な演出だ。好意的に見ると必要以上の興奮を排すべくクールに仕組んだとも取れるけれど、どちらかというとステージ・セット一つ一つに入念に手をかけたのだから、じっくりと見てくれという演出者側の意志があり、また凝りすぎたために必然的に間が開いてしまったということのような気がする。
 オープニング・ナンバーは 『スクリーム』。ジャネットのパートをどう処理するのかを前から気にかけていたといううちの奥さんの話によると、ジャネットのソロ部分はすべてカットされていたそうだ(うかつな僕は気がつかなかった)。いずれにせよマイケル一人でもなんら遜色のない格好よさだった。
 続いて 『ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス』 が来る。アルバムの並び通りのスタートだ。音はとてもクリア。ただヘッド・マイクで歌うマイケルの歌がどんなハードな動きの時でも完璧なあたり、かなり口ぱくの可能性が高そうだった。演出で女の子が飛びついても全く乱れない、『スリラー』 で狼のマスクをかぶっても声がこもらないんじゃあ疑いたくもなる。それでもショー全体がエンターテイメントに徹してあり余るほどの演出に溢れているのを見せられると、この際ライブなのに肉声が聴けないことへの不満を引っ込めても文句がないような気がしてしまう。それほど見世物としての娯楽性に溢れた内容だった。逆にあれで本当に歌っていたとしたら、その実力にはただ恐れ入るしかない。
 『ヒストリー』 というアルバムのコンセプトをライブで表現すべく、今回のライブではマイケルの名を「キング・オブ・ポップ」として知らしめる一番の要因であったビデオ・クリップのイメージをステージ上で再現するという演出が終始一貫して繰り広げられた。 『スクリーム』 の宇宙船、『ゼイ・ドント・ケア・アバウト・アス』 の刑務所――これは軍隊調の行進という演出に置換えられていた――、『スムース・ケミカル』 のギャングものではマシンガンがこれでもかと火を噴き、『ビリー・ジーン』 と 『スリラー』 では、ビデオ・クリップのままの衣装とダンスで観客を沸かせた。なにかのバラードの時には飛び出してきた女の子が曲の大半の間、マイケルと固い抱擁を交わし続けた。なんだろうなと思う。
 一曲ごとに衣装を替える必要から曲間が空いてしまうので、その間はビデオ・クリップを編集して流してつないでいた。 『ブラック・オア・ホワイト』 のようにビデオのオープニング・シーンからそのまま曲に突入するというパターンもあった。この曲の最後ではステージ中央に積み上げられた箱の山が爆発、もうもうと煙が上がる中で消防車のサイレンとヘリコプターのプロペラ音が場内に轟き、その間に廃虚のセットが用意されて次の 『アース・ソング』 につながるという凝った演出がなされていた。 『アース・ソング』 のエンディングではその廃虚に戦車が現れ、そこから降りてきた兵士が戦争孤児の幼い少女に花を手渡されて涙するという、べたな寸劇まで繰り広げられる。ほとんどディズニーランドのアトラクションの乗りだった。
 それにしても、僕は東京ドームでは花火は御法度だと思っていたので、むやみにドカンドカンと爆発する花火に驚かされっ放しだった。中でもオープニングとマシンガンと消防車の演出は見事だったと思う。

 演出といえば、途中でステージ前面にスクリーンを降ろし、その上に踊るマイケルのシルエットを映し出すというものがあったけれど、これがとてもよかった。豆粒みたいにしか見えなかったマイケルのダンスが、この時だけはシルエットだけとはいえ、隣のマイケルの巨大像に負けない大きさで楽しめた。それが終わる瞬間に味わった、「あんなに大きかったマイケルがまた豆粒大に戻ってしまった!」という失望感もまたおかしかった。
 途中 『アイ・ウォント・ユー・バック』 から始まるジャクソン5コーナーもあった。ラスト一つ前の 『ヒール・ザ・ワールド』 では子供たちを交えて輪になって歌って見せる。世界各国の国旗をはためかせてトリを飾る 『ヒストリー』 まで、実ににぎやかなビジュアル性に富んだステージだった。まるで短編ミュージカルを連続して見ているような印象。バック・バンドが何人いるかもわからない大人数のステージだったけれど、マイケル・ジャクソンという人のエンターテイナーとしてのおもしろさはとにかく堪能した。わざわざチケットを取った甲斐がある。あえて言うなら 『バッド』 と 『ジャム』 が聴けなかったのが唯一の心残りだった。
 この二日後の日曜日、妻と二人で東京ドームへ散歩に出かけた僕は、つい 『ヒストリー』 のロゴの入った野球帽を買ってしまった。
(Dec 16, 1996)