デビューアルバム 『無罪モラトリアム』 に魅了されてから、はや4年。念願叶って、ようやく椎名林檎嬢のライブを生で見ることができた。
とはいえ、席は武道館東2階席の最上列、なんたってX列だ、 ”X(エックス)”。普段あまりチケット上では見慣れない文字だったから、最初に見た時は一瞬、これはもしやスペシャルな席なんだろうかと、ほのかな期待を抱いたりしたのだけれど……(馬鹿)。
調べてみたら、単なるX、アルファベットの最後から三番目。二階席の一番上の上だった(うしろは立ち見客)。ステージが遠いよ~。でもまあ、以前エルヴィス・コステロを同じように、ステージ真正面の二階席の一番上で見た時よりはマシだったけれど(斜めの分だけ、ステージへの直線距離が近かった)。しかしあの広い武道館で、最上列の席を二度も経験するってのは、どういうことだろうか。嫌になっちゃうぜ、チケットぴあ。
なんて林檎さんとはなんの関係もない話はやめてライブのことを。
今回の武道館では、通常は使われないステージのうしろ、北側の席も解放して、ステージを360度ぐるりと観客が取り囲む形を取っていた。U2やR.E.M.、スプリングスティーンなど、最近の海外大物アーティストのライブ映像で見られるスタイルだ。スピーカーなどで林檎さんが死角になる席を除いて、すべての席が観客で埋め尽くされている。当然ライティングなどは限られてしまうので、演出よりも演奏重視のバンドが、より多くの人に見てもらえるようにと取る形態だと言える。基本的に演出には凝りたがる性分の林檎さんだけれど、今回はそれよりもライブの臨場感をより多くの人と分かち合うことを優先したということだろう。
まあ、とはいっても、ステージの上方には、どこからでも見られるようにした筒状のスクリーンが用意してあった。ライブの臨場感を最大限に生かすステージ構成をとった上で、なおかつ、できる限り演出に凝ってみせる。椎名林檎というアーティストの表現に向かう姿勢がとてもよく表れているステージだったと思う。
この日の林檎さんは、水色の振袖に黄色っぽい帯という、意表をつく和服姿で現れた。今回は着物かもしれないと予測はしていたけれど、まさか振袖とは……。あれはさぞや暑かろう。芸のためなら暑さも厭わぬというところだろうか。さすが腹の据わりが違う。彼女ほどの覚悟がないバックのメンバーたちは(失礼)、みんな揃って浴衣姿で、凛とした林檎嬢とくらべると、だらしがない印象が否めなかった。
でもって、晴れ着姿の彼女がぶちかます一発目が、なんと 『幸福論(悦楽編)』 だ。いきなり拡声機だ。振袖姿に拡声機で、伝統を重んじつつ、乱暴にアジる。このミスマッチの感覚こそ、林檎さんならではのセンスだ。なかなかこうはできない。やはりこの人は特別だよなあと一発目で痛感させられる。ようやく見ることができたライブの一発目がこれだもの。とても感極まるものがあった。
残念なのは一緒にいった友人がこのオープニング・ナンバーに間に合わなかったこと。思わぬ彼の不在に若干集中力を奪われていたのが、個人的に不覚だった。
ライヴはその後、 『罪と罰』、 『真夜中は純潔』 と続く。四曲目になってようやく 『ドッペルゲンガー』 が登場。アルバムの複雑な音作りとは違って、比較的シンプルなロックとして鳴らされていた。
今回のバンドは、原曲のフックを損なわない形で、それぞれの曲をあらためて解釈し直して、新しいバンドの音として鳴らしていた点にとても好感がもてた。 『加爾基 精液 栗ノ花』 の和風ロック路線がメインになるのだろうと想像していた僕には、こうした純然たるロック・バンド・サウンドですべての楽曲を楽しめたのは、嬉しい誤算だった。 『加爾基』 の音をステージで再現してもらえたならば、それはそれで感動的なんだろうけれど、今回のライブではこっちの方が絶対に嬉しかった。なんたって根が単純なロック・ファンなもので。そんな僕に訴えた椎名林檎というアーティストの一番の魅力は、ロックという音楽を真正面から鳴らすことのできる稀有の才能だったのだから。
ライブ序盤の個人的なクライマックスは 『すべりだい』 だった。この曲が生で聴けるなんて嬉し過ぎた。さらに早い時間に 『依存症』、 『丸の内サディスティック』、 『警告』 がどーっと演奏される。いやいや、もうどの曲も素晴らしい。バンド・サウンドは若干ギターが引き気味だけれど、その分、林檎さんのボーカルの抜けのよさは抜群。こんなに歌がよく聞こえるライブというのも、僕が足を運ぶコンサートの中では珍しい。なまじテレヴィジョンでトム・ヴァーレインのボーカルのとおりの悪さを残念に思った直後だけに、余計に気持ちが良かった。あらためて彼女のボーカリストとしての魅力を堪能させてもらった。
その後、ライブは新譜の曲を中心としつつも、カバー曲(美空ひばりですと)や 『ギプス』 などのシングルヒットを挟みつつ、グランジ風にアレンジされた 『茎』 で最初のフィナーレを迎える。 『茎』 にはやられた。今までオーケストラやジャズ・アレンジでしか聴いたことがなかったから、あんな風に鳴らせられるなんて思っていなかった。もちろん、僕みたいな人間にとってはこのアレンジが一番くる。もうこれだけで十二分に満足だ。
洋装に着替えてのアンコールで 『正しい街』 他を聴かせ、二度目のアンコールではマラカスを振りながらマンボ風の新曲 『りんごのうた』 を披露してくれた。スクリーンで控え室の模様を映したPVを流してみせた演出が見事だった。
演奏最後には、そのスクリーンに、「私の名前がわかりました。りんごといいます」という、テロップが映し出された。それは本人がこれまでずっと否定的だった自らの芸名を肯定的に受け止めて、これからも活動してゆくということの決意表明だろう(そうであって欲しいと思う)。その直後に唐突に場内の照明がついて、コンサートは終了した。僕を含め、あっけにとられた観客たちからのどよめきが印象的だった。
この日のライブは十二月にDVDで発売されるようだ。遠かったステージをもう一度、映像作品として見直せる幸せを噛みしめよう。これからも、もっともっと素敵なステージを見せてもらえることを願って。椎名林檎がしあわせでありますように。
(Oct 05, 2003)