ずっと真夜中でいいのに。
CLEANING LABO「温れ落ち度」/2021年5月16日(日)/幕張イベントホール

新型コロナ・ウィルスのせいで海外アーティストの来日は全滅、国内アーティストも自粛でコンサートの本数が激減している。
そもそも開催されても、出不精でマスク嫌いの僕は、二時間もマスクをしたままでステージを観たいとは思わないから、今年は大人になってから初めて一度もライヴを観ずに終わる一年になると思っていた。
でもなにごとにも例外あり。ずとまよのチケットが手に入っちゃったらば、そりゃ観ないわけにはいきますまい。
ということで、緊急事態宣言下にある東京を離れて、お隣の千葉県・幕張イベントホールで開催されたずっと真夜中でいいのに。のライブを観てきた。幕張メッセには何度もいっているけれど、このホールでコンサートを観るのはこれが初めて。
今回の公演は一年前に『クリーニングライブ「定期連絡の業務」』というタイトルで開催される予定だったライヴの振替公演。二度の延期を経て、タイトルを微妙に変更して開催された。感染防止のため、定員を当初の半分にして、一日二公演を二日間。僕らが観たのはその最後の回だった。
緊急事態宣言のさなかだし、実施すべきかどうか、していいのかと最後まで葛藤はあったのだろうと思うけれど――そのことはコンサート終盤のACAねのMCからも感じ取れた――最終的にはここまで丹精を込めて築き上げてきたものを無にはできないという思いがまさったのだろうと思う。とにかく今回はそのステージ装飾がすごかった。
二年前に観たこたつのセットも素敵だったけれど、その後のネームバリューのアップにともない予算が増えたからか、今回はさらに壮大なことになっていた。配信で観た去年の『やきやきヤンキーツアー』もすごかったけれど(配信ライヴを観て、マスクが嫌でチケットを取ろうともしなかったことを少なからず後悔した)、今回は会場の広さもあって、さらにグレードアップしていたように思う。
いや、豪華という言葉は不適切かもしれない。金銀をきらめかせたキラキラとしたきらびやかさとは無縁な、『AKIRA』や『マッドマックス』を思わせる退廃的でレトロな美意識に貫かれたセットだったから。ずとまよはステージの上に二階建ての廃墟の街の風景を築き上げてみせた。
ステージの右手の二階にはシャッターが下りた研究室がある。ACAねの立つステージの真ん中には、直径二メートルほどの巨大な貯水槽のようなものが配され、その上方から伸びる何本かのパイプが向かう先、右手の建物の二階の物干し台にはコイン・ランドリーのようなドラム型洗濯機数台が並んでいる。セットの上方の薄暗い空には万国旗のようにたくさんの洗濯物がはためいている。
イメージ的には『やきやきヤンキーツアー』の延長線上。それを「クリーニング」というキーワードを絡めて、さらに発展させた感じで、なんかもう、そのままディズニーシーの一角に持っていってアトラクションとして公開できそうだった。こんなものをたった二日間だけのコンサートのために作るって、どんだけ金かけてんだよと思った。道理でチケットが高いはずだ。
セットがこれだけすごいのだから、演出も当然のように凝っている。ライブの開演までの待ち時間には、カトレヤトウキョウという人たちがシャッターに『ZTMY』のロゴを描くスプレー・ペインティングのパフォーマンス・アートがある。
彼らが絵を書いているあいだ、ステージ中央の貯水槽には洗濯機の映像が映し出され――これがあまりにリアルなのでライブが始まるまでずっと実物が配置されているのだと思っていた――そのドラムが回るゴトゴトという音がBGMがわりに会場に流されているのもディズニーリゾートのアトラクションっぽかった。
カトレヤさんたちはシャッターを仕上げたあと、ステージ右手へと移って、建物の壁をスマイル・マークみたいなラクガキで埋め尽くしていった。彼らが絵を描き終えていったんステージから離れたあと、そのうちにひとりががふたたびステージに戻ってきて、最後に自分たちのサインを入れて作品を仕上げたのがライブの開始の合図。彼が壁の左横にあったドアを開くと、そこからバンドのメンバーがぞろそろと登場してきた。
今回のバンドには、村山☆潤を中心とした四人に加え、ストリングスを多用した『ぐされ』の音作りを再現するために、吉田宇宙ストリングスという弦楽四重奏が加わっていた。また、途中からおなじみのOpen Reel Ensembleのふたりも参加。さらには『機械油』からの三曲では、津軽三味線の小山豊という人も登場するという。セットのみならずバンド構成もとても豪勢だった。
話をオープニングに戻すと、最初にドアから出てきたのは、ストリングスの人たちで、彼らの持ち場は右手二階の物干し台の上。この日のコンサートのオープニングを飾ったのは弦楽四重奏による短めのソロだった。
これがカッコいい! ストリングスの柔らかな音のイメージを裏切る、ちょっと荒くれた感じのビビッドな音が荒廃した舞台装置に映えて最高だった。
【SET LIST】
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吉田宇宙ストリングスが名刺代わりに弦の音を響かせたあとにバンドの演奏が加わり、一曲目『胸の煙』のイントロが始まる。そこでステージ右手のシャッターがガラガラとあがって、主人公のACAねさんが登場~。そのままステージ中央に向かう階段をおりてきた。わはは、この演出最高~。
シャッターがあがって初めて、その小部屋が研究室だったことがわかる。背面にはたくさんのモニターがびっしりと配置されていて、右手にはカラフルな液体の入ったビーカーやフラスコから煙が出ている。マッド・サイエンティストのラボってイメージ。細部まで手が込んでいる。そういや今回の「温れ落ち度」という変なツアー名は、DNAを構成する「ヌクレオチド」という物質の語呂合わせらしい。ACAね、可愛い顔して理系度が半端ないな(顔は知らないけど)。
僕らは今回も席に恵まれて、アリーナの前から七列目の一番左隅にいたので、そういうステージセットが肉眼でもそれなりに見えだから、楽しさ倍増だった。ステージの左右に配置された大型モニターの映像も当然凝ったものだったので、それも目の前で大きく見える僕らの席は、ある意味ベスト・ポジションだったように思う。村☆ジュンが逆サイドにいたのは残念だったけれど、でもこれ以上を望んだら罰があたる。
いやしかし、あらためて生でその歌を聴くと、ACAねのボーカリストとしての力量がすごい。レコーディング作品で聴ける歌声とまったく遜色がない。さんざん聴いて耳になじんだ楽曲群が、あのまんまの歌声で、なおかつライヴならではのラウドでラフなバンド・サウンドに乗って楽しめるんだから、これが最高ではなくてなんだろう?
あとね、ACAねちゃんは見た目もかわいい。スポットライトを浴びないのでどんな顔をしているかはわからないけれど、でも歌って踊るそのシルエットは完全に美少女。動きのひとつひとつが可愛くて仕方ない。現実に目の前で歌っている実存の人なのに、なんだか二次元キャラを愛でているような不思議な気分になってしまった。
セットリストは『ぐされ』のほぼ全曲にライブの定番を加えた感じのもの。『勘冴えて悔しいわ』が『ヒューマノイド』とのメドレーになっていて、ワンコーラスしか聴けなかったのと、『低血ボルト』がはしょられていたのが心残りだった。あと『脳裏上のクラッカー』がはしょられたのも予想外。あれは定番中の定番だと思っていた。
『はう"ぁ』ではモニターにでかでかと「Have a」と出たので、「あ、そう書くのか」と思ったり(ACAねのことだから気まぐれな語呂合わせの可能性もあり)、『機械油』ではバールのようなものでなにかをたたいていると思ったら、あとでうちの奥さんにあれはレンジだったと教えられたり(「稲妻のレンジ叩け」って歌詞を再現してたとは)。中盤の珠玉のバラッド二連発ではオーディエンスに座るよう勧めたり。声出しNGのご時世ゆえ『秒針を噛む』ではコール・アンド・レスポンスのかわりに手拍子を促したり。アンコールの『奥底に眠るルーツ』ではモニターに表示される歌詞が、途中から歌とはぜんぜん関係ない謎の日記風おもしろポエムに差し替えられていたり。そんなライブならではの見所もたっぷり。
あとこの日のライブでもっとも印象的だったのが、本編ラストの『正義』から『正しくなれない』という意味深な二曲のあいだに挟まれたACAねのMC。
記憶力の衰えが著しいので、彼女の発言をきちんと再現できないけれど、それは「押しつけられた正義とは戦っていきたい」というような決意表明だった(少なくても僕はそう思った)。「これからも研究をつづけていきたいです」って。アイドルみたいな若い女の子が「正義を研究する」なんて言うんだからびっくりだよ。
始まったときにはいつものようにはにかみまくりの口調だったのに、本編をほぼ終えてアドレナリンが出まくったのか、その部分のMCではこれまで聞いたことがないくらいはっきりとした口調になっていたし、アンコールで演奏された初披露の新曲も、そうした心情から作った曲だと紹介されていた(なるほど、そういわれるとって内容の素晴らしい曲だった)。
ACAねのようなユニークでエキセントリックな女の子にとっては、同調圧力の強いいまみたいな社会は生きづらいんだろう。そのことに憤りを感じつつも、いま自分にできる最大限を発揮して、ネガティヴな思いは作品へと昇華させて、こんなにも素晴らしいライヴを見せてくれる――。
ずとまよが現在の日本でもっとも個性的で重要なアーティストであることを知らしめるような一夜だった。今回もとてもいいものを見せてもらいました。
(May. 23, 2021)