異人館
レジナルド・ヒル/松下祥子・訳/ハヤカワ・ミステリ
個人的に現在ミステリ作家としてはもっともすごいと思っているレジナルド・ヒルによるノン・シリーズの長編小説。帯の文句によると「幽霊譚、ゴシック小説、歴史小説、パズラーなど、あらゆる要素を詰め込んだ大作」とのことで、まあそうなのかもしれないけれど、期待していたほどには読みごたえがなかった。
物語は見ず知らずのオーストラリア人の女子大学生と、若くて神がかりなイタリア人の歴史学者が、イングランドの片田舎の村で出会い、その土地と深くかかわるそれぞれの家系の過去の秘密と出くわすというもの。歴史的にまつわる過去の事件をあつかっている点で、ロバート・ゴダード風の作品だったりする。まあ、レジナルド・ヒルの作品だから、ゴダードの作品ほどあっさりと読めたりはしないけれど、とはいってもそれほど難解な話というわけでもなく、なんとなくどっちずかずな印象を受けてしまった。もっと重厚であってくれてもよかったかなと思う。
主人公のサム(サマンサ)・フラッドは数学の天才。いまは亡き自分の祖母が幼い頃に移民としてイギリスからやってきたと知り、イギリス留学のついでに、祖母の出身地らしいとされるカンブリア州のイルスウェイトという村を訪れる。ところが彼女の問いに対する村人の答えは、祖母らしい女性など知らないというばかりで、なぜか隠しごとをしている雰囲気がある。あやしいと思って探りを入れた彼女は、その村の墓地の片隅に、自分と同姓同名の男性の墓石がひっそりと隠されるように立っているのを発見する。
彼女が村の人々にその墓の主と自分との関係を問いただしている頃、彼女が滞在している小さな宿≪異人館≫にもうひとりの外国人、ミグ・マデロがやってくる。彼は子供の頃から聖痕ができたり、幽霊を見たりするという一種の超能力者。それらが理由で一時は聖職者を志していたのだけれど、わけあって方向転換して、いまは異端審問にあった聖職者について研究している。調査のためにその土地を訪れた彼もまた、偶然──というよりは祖先の霊のお導きにより──、その村で過去に起こった事件が、自らの祖先に深くかかわっていることを知ることになる。
数学者ゆえに徹底した合理主義者のサムと、霊感あらたかな聖職者くずれのミグは、出会ったのちもしばらくは、まるでうまがあわない。それでも当然のごとく、二人はやがてベッドをともにすることになる。聖職者としての修行に明け暮れていたため、女性なれしていないミグが、それをきっかけに年下のサムにメロメロになってしまう展開がおかしい。
舞台設定はダルジール警視シリーズとはずいぶん違ってはいるけれど、それでいて主人公二人がともに優秀な頭脳の持ち主で、性格的なずれを感じつつも惹かれあうようになるという点には、あちらのパスコーとエリーの関係を思い出させるものがあった。どんなに強く結びついていようとも男女の関係が完璧なものにならず、それどころか、常にかなりのずれを含んでいて、なおかつ女性の方が進歩的だとするあたり、シニカルなイギリス人作家ならではかもしれない。
(Feb 04, 2007)