囚人のジレンマ
リチャード・パワーズ/柴田元幸・前山佳朱彦・訳/みすず書房
ようやく登場したリチャード・パワーズの長編第二弾。
この人の小説は読むのにとても骨が折れるだけあって、訳すのもかなりの難事業らしい。処女作 『舞踏会へ向かう三人の農夫』 が、現代米文学翻訳の第一人者、柴田元幸氏の翻訳により刊行されたのが00年。これと同時に、柴田氏自身の監修による 『パワーズ・ブック』 なんて読本も出ているし、残りの作品──現時点ですでに長編九作が上梓されている──も続けてさくさくと出るんだろうと思っていたのに、いやはや、そのあとが続かない。処女作の翌年に、あいだの三作を飛ばして、いきなり第五作 『ガラテイア2.2』 が出版されたのを最後に、ぱったりと出版が途絶えてしまった。今回、この 『囚人のジレンマが』 が出るまでに、それから六年が経過している。
まあ、僕が 『ガラテイア』を読んだのは去年のことだから、個人的にはあまり待ったという感じはしないけれど、それにしても、翻訳が出るよりも、原書で新作が出るほうが早いんだから、この調子じゃ、日本の読者はいつまでたってもこの人の全貌を知ることができないんじゃないかという気がしてしまう。あ、だから 『パワーズ・ブック』 なんて読本がまっさきに刊行されたのかと、いまさらながら思ったりした。
翻訳が出ないならば、いっそ原書で、と思えるようならばいいけれど、日本語で読んでも頭を抱えちゃうようなパワーズの小説を、僕ごときの英語力で読み解けるとも思えない。ためしに挑戦してみたら、一冊読むだけで十年くらいかかりそうだ。現状ではそんな悠長なことをする時間の余裕はとてもないので、結局、僕のような力ない読書家は、翻訳家の皆さんの努力に期待するしかないのだった。
ということで、これは待望のリチャード・パワーズの翻訳最新刊。
柴田さんも解説で似たようなことを書いているけれど、この人のいいところは、小説として、構造的にも内容的にも非常に凝った作品を書いておきながら、そのなかであたたかな人間味を感じさせるところだと思っている。この手のペダンティックで難しい小説を書く人というのは、頭がよすぎるせいか、得てしてドライな作風になりがちなものだけれど──ドン・デリーロは読んでいてまったく心がなごまないし、トマス・ピンチョンは戯画化されすぎていて共感できない──、リチャード・パワーズの場合は、圧倒的な筆圧を感じさせつつも、しっかりと情感に訴えてくる。そこがまさに僕のつぼ。この小説もこれまでの二作と同じように、きちんと読みとれていない感がありありなのだけれど、それでもいいやって思ってしまうくらい、ぐっときた。情けないことに、これがどういう話で、どこがどうよかったか、きちんと説明できなかったりするんだから、話にならないけれど。
(Aug 16, 2007)