ラヴ
トニ・モリスン/大社淑子・訳/早川書房(トニ・モリスン・コレクション)
トニ・モリスン──どうでもいいようなことながら、出版物では大半が「モリスン」となっているけれど、ヴァン・モリソンやジム・モリソンの名前に親しんでいるロック・ファンの僕としては、「モリソン」として欲しかった──はアメリカの黒人女性作家。今年で77歳になるというのに、5年前に発表されたこの最新作がまだ8作目という寡作な人だ。僕は93年にノーベル文学賞を受賞して話題になったときに知って、それ以来フォローしている。
この小説は、かつて黒人リゾート地として栄えた小さな村へ、ひとりのふしだらな黒人少女ジュニアが家政婦の仕事を求めてやってくるところから始まる。彼女が訪ねあてた屋敷では、ヒードとクリスティンというふたりの老女がひとつ屋根の下、たがいに激しく憎みあいながら暮らしている。少女が住み着いたことで、彼女たちのあいだでかろうじて保たれていた均衡が崩れ、物語が動き出す。幼いころには親友同士だったという彼女たちが、いったいなぜ憎みあうようになったのか。少女はどういう成り行きで、その屋敷にたどり着くにいたったか。いくつもの過去をさまざまな視点からフラッシュバックしつつ、物語は徐々にその全貌をあきらかにしてゆく。
この作品もそうだけれど、トニ・モリソンの最近の小説は、難しい名画のジグソーパズルみたいだ。最初に物語の現状が枠として語られたのちに、そこに収まる過去の断片が、徐々にあきらかにされてゆく。固有名詞よりも代名詞を用いることが多く、語られているのがなんのことなのか、誰の話なのかがつかみにくい。僕ら読者は、注意深く文章を読み解き、それぞれのパーツがどこに収まるべきか、よく考えないといけない。雑な読み方をしていると、物語はきちんとした絵にならない。そんな風に読むのは、なかなか大変だし、骨が折れる。
それでもいったん完成形が見えてくれば、しめたものだ。なんたって、たった6作の長編でノーベル文学賞を射止めたくらいの人だから、できあがる絵の見事さはその筋のお墨つき。どの作品も完成度が高くて、はずれがない。いつだって苦労して読んだだけのことはあったと思わせてくれる。その点は今回も例外じゃなかった。基本的には決していい話ではないのだけれど、それいて心地よい余韻の残る作品だった。
(May 06, 2008)