わたしを離さないで
カズオ・イシグロ/土屋政雄・訳/早川書房
なぜだかよくわからないけれど、あちらこちらで絶賛されているカズオ・イシグロの長編第六作。
今回の作品でイシグロが舞台に選んだのは、近未来のイギリス。基本的には現代とほとんど区別のつかないその社会だけれど、そこでは一点、普通に考えるとあり得ないような、非常にシリアスな社会政策が実施されている。
それは人間という存在の意味を問いかけるような、非常に非人道的な政策だ。それがどのようなものかがこの小説の肝なので、ここでは詳しく書けない──って、まぁ、この時点ですでにかなりネタばれ気味な気がしないでもないけれど。
語り手となるキャリーはその当事者である女性。しかしながら、彼女自身やその仲間たちは、自らが置かれた立場がいかなるものかを、まったく理解していない。生まれたときから特殊な環境下に置かれ、その意味するところを隠されたまま成長してきた彼女たちは、自分たちの置かれた立場を別に理不尽だとも思わず、普通の人ととちょっと違う、くらいに受け止めて、ごく普通に生きている。
そう、彼女は本当のことを知らない。この点こそが、イシグロの真骨頂だ。語り手が真実を知らないがゆえに、本当のところは最後まで読んでもはっきりしない。それでも彼女が語る、不器用な恋といびつな友情の物語のすきまから、その社会が隠しているグロテスクなものの断片がちょろちょろと垣間見えてくる。一見ありふれた思春期の思い出話の背景に潜む、悪夢のような運命が行間から滲み出してくる。
おそらくその辺のなんともいえない感じが、絶賛されている理由ではないかと……そう思いつつも、僕はあまりこの小説に惹かれはしなかった。よく書けているとは思うけれど、どこがそれほど感動的なのか、わからない。解説を寄せている柴田元幸氏が現時点でのイシグロの最高傑作と評し、タイム誌が英米文学のベスト100に選んだりするほどの作品だ。そのよさがわからないのは、おそらく僕の不徳のいたすところ。
もっと勉強して出直します。
(Aug 08, 2008)