レイディ・イン・ザ・レイク《チャンドラー短篇全集3》
レイモンド・チャンドラー/小林宏明・他訳/ハヤカワ・ミステリ文庫
精鋭翻訳家陣の競作によるチャンドラー短篇全集の第三巻。
この短編集は真珠の話ではじまって、真珠の話で終わる。僕がとくに気に入ったのが、その二編、『赤い風』 と 『真珠は困りもの』 。
『赤い風』 はこの本に収録されている短編のうち、主人公がフィリップ・マーロウの唯一の作品。ただし初出時はジョン・ダルマス名義だったものが、その後マーロウに変更されたとのことで、おそらくほかの作品のように長編に転用されていないため、この本にはマーロウのままのバージョンが収録されることになったんだと思う。
物語は、事務所の向かいのバーで起こった突発的な殺人事件に巻き込まれたマーロウが、その事件に関係する美女のためにひとはだ脱ぐというもの。彼女に対するマーロウの態度がとても粋でいい。とくにラストのふるまいは、惚れぼれとするくらい気がきいている。
『真珠は困りもの』 は、恋人から盗まれた真珠を取り戻すよう頼まれた素人探偵が、容疑者と目された男と意気投合して、いっしょに真犯人を探そうとするという話。ふたりで腹を探りあいながらガンガン飲みまくっているうちに、いつの間にか気心のしれた仲になってしまうという展開がいい。やはり男どうし、こうでないといけない。
そのほか、表題作と 『ベイシティ・ブルース』 がどちらも 『湖中の女』 のプロトタイプ。ただし主人公の名前はマーロウではなく、ジョン・ダルマス。たったそれだけのことで、かなり印象が違う気がしてしまう。 『赤い風』 も主人公の名前がダルマスのままだったら、また印象が違っていたかもしれない。
ちなみにこの本に収録されている短編は五作だけと、このシリーズのなかではもっとも少ない。あらたに登場した翻訳家も横山啓明氏ひとりで、あとの四人は前の二巻からの再登場となっている。
(Jan 26, 2009)