午前零時のフーガ
レジナルド・ヒル/松下祥子・訳/ハヤカワ・ミステリ
はじめて読んだころのレジナルド・ヒルは、僕にとってかなり手強い作家だった。登場人物の正体をぼやかしたまま、場面を前後左右する手法を多用するため、物語は把握しにくいし、博学に裏打ちされたエスプリの効いた会話も、歯ごたえがありすぎた。
でも、最近は大半の著作を読み終えて、その作風にもすっかり馴染んだうえに、トマス・ピンチョンやリチャード・パワーズのような作家の作品をコンスタントに読むようになったことで、僕もそれなりに読書好きとしてのグレードが上がっている。
いまの僕にとって、レジナルド・ヒルの作品はすごくしっくりくる。難しすぎず、軽すぎず、まさにジャストなエンターテイメントとして、読書する楽しみをもっとも強く味わわせてくれる作家のひとりとなっている。今回の作品も楽しいことこの上なし。まるで頭からしっぽまで、たっぷりとあんがつまったタイヤキのよう。
今回の物語は、前作でリハビリを終え、職場復帰して間もないダルジールが、なんと曜日をまちがえて、日曜日に出勤しようとするというエピソードから幕をあげる(ネタばれ失礼)。まだまだ本調子じゃない御大が、誰にも知られぬうちに自らの失態に気づき、途方に暮れるさまがユーモラスに描かれている。
もちろんレジナルド・ヒルたる人が、それをそのまま一直線に描くはずはなく。ダルジールの行動を謎めかして描く一方で、そんな彼を尾行する謎の美女と、さらにその女性を尾行するもうひと組の存在をパラレルに描いてゆく。やがてこの三つの歯車ががっちりと噛みあい、物語はぐんぐんと推進力を得て本編へ突入してゆくという趣向。
物語自体はまる一日の出来事を描いて終わるので、あまり大事件って感じでもないけれど、それでもその激動の一日の終わりに、とても味な演出が用意されていたりすることもあり、シリーズ読者としてはとても満足のゆく一冊だった。
最近、大ベテランのミステリ作家が次々と他界している。レジナルド・ヒルも現在七十四歳だというので、この先、もうそれほど多くの新作は望めないだろうけれど、いつまでも長生きして、このつづきを書きつづけて欲しいと、心から願ってやまない。
(Mar 06, 2011)
【追記】……なんてことを書いたときには、よもやこれが遺作になってしまおうとは思ってもみなかった。合掌……。