逆光
トマス・ピンチョン/木原善彦・訳/新潮社(全二巻)
帯の言葉を引用させてもらえば、この本は「空想科学冒険少年スパイ超能力探偵SM陰謀ミステリ歴史・幻想美少女数学ギャグ労働史恋愛ポルノ革命テロ家族小説」ということになる。読んでいない人にはなんだそりゃだろうけれど、読んだ人からすると、ああなるほどという内容。
とにかく、この小説はなにもかもが過剰だ。上下巻で一千七百ページを超えるボリュームからしてはんぱじゃないけれど、そのなかに盛り込まれた情報量の多さも洒落にならない。
ベースとなるのは、とある無政府主義者の爆弾テロリストの三人息子にまつわる、それぞれの物語──なのだけれど。そこに枝葉末節がこれでもかと盛り込まれていて、全方向に拡散しまくり。そもそも、その三人息子が出てくるまでに、かなりのページ数を割いているし、一概に彼らが主人公とも言い切れない気さえする。
舞台となるのは、十九世紀末から二十世紀初頭の世界各地。ある人はアメリカを横断してメキシコへと到り、ある人はヨーロッパへ船で渡って、イギリス、ドイツ、イタリア、さらにはシャンバラ(シャングリラとの違いがわからない)を求めて、中央アジアへも足を伸ばす。登場人物も数え切れないくらい多い。さらには時代設定を考えると、ちょっと奔放すぎやしないかってくらいに、エロもたっぷり(それもバラエティ豊か)。
前作の『メイスン&ディクスン』は主人公がはっきりしていた分、旅行記的な味わいがあったけれど、こちらはいくつものエピソードが世界中をまたにかけて並列して語られてゆくために、もっとグローバルな広がりが感じられる。二十世紀初頭のパラレルワールドを覗き込んでいるような感覚があるというか。果てしなく広がる超巨大な箱庭を覗き込んでいるみたいだというか。その賑やかな小宇宙はとても眩惑的だ。
あまりのボリュームに読み終えるのに3ヶ月半もかかってしまったけれど、それだけの価値はある大作だと思う(わかんないことだらけだけれど)。あまり深い意味は気にせずに、カタカナ語や理工系のキーワードの多さに辟易としないでいられて、なおかつ天才のばかばかしいどんちゃん騒ぎにつきあえる、たっぷりと時間のある人にはお薦めの一冊(いや二冊)。
(Jul 11, 2011)