煙の樹
デニス・ジョンソン/藤井光・訳/白水社
基本的に僕は、戦争の話は苦手なんだけれど、これは四六版・上下二段組で六百ページをゆうに超えるボリュームときれいな装丁に惹かれて、
内容はベトナム戦争をめぐる群像劇。作者のデニス・ジョンソンがデビュー当時から二十年以上の長きにわたって書きつづけてきたものとのことで、ベトナム従軍中にJFKの暗殺を知った兵士たちの話から始まり、伝説的な叔父のもとで働くCIA諜報部員や、現地でユニセフのボランティアとして働くカナダ人女性、CIAの作戦に協力するベトナム人など、相互に絡んだ登場人物からなる、いくつかのエピソードが断続的に語られてゆく。
特徴的なのは、戦争の話とはいいながら、戦闘シーンがほとんどないこと。主要な登場人物には前線に立つ兵士はひと組の兄弟しかいないし、そんな彼らも従軍してからまったく戦闘を体験しない。兄は結局一度も戦わないまま退役してしまうし、弟も最初の一年間、一度の戦闘も体験することがない(つまり人を殺したことがない)。
でも、弟のほうは故郷に帰るのがいやで、懲役を延長してもう一年ベトナムに残ることにしたとたんに、初めての銃撃戦に巻き込まれる。この皮肉な展開がとても効いている。戦場にいながら、それまでの日常生活の延長線上にあるような平凡な毎日を送っていた彼が、突如、戦争という非日常を体験して、仲間を失い、自らは殺人者となる。そんな数少ない戦闘シーンには、少ないがゆえの、なんともいえない緊張感がある。
ただ、いずれにせよ戦争そのものにまつわる描写は少なめで、メインとなるのはベトナムにいながら、自らは銃をとることのない人たちの物語。しかも、ほとんどが駄目人間ばかりという。
この小説は戦争に関わりながらも戦わない(戦えない)人たちを描くことで、ベトナム戦争がいかに不毛だったかを浮かび上がらせているように見える。そういう意味では、ベトナムからの早期撤退をもくろんだというJFKの暗殺から物語が始まるというのは、この長大な物語の突端としては、とてもよく考えられているんだなと思った。
いわばこれは、責任者不在の戦場で、それゆえ右往左往する人たちの物語。その凡人目線にはけっこう共感できるものがあった。ま、タイトルである「煙の樹」(CIAの作戦名)がどういう作戦なのかは、情けなくも、よくわからなかったけれど。
(Oct 20, 2011)