2012年3月の本

Index

  1. 『ビギナーズ』 レイモンド・カーヴァー
  2. 『プロフェッショナル』 ロバート・B・パーカー

ビギナーズ

レイモンド・カーヴァー/村上春樹・訳/村上春樹翻訳ライブラリー

ビギナーズ (村上春樹翻訳ライブラリー)

 レイモンド・カーヴァーの第二短編集、『愛について語るときに我々の語ること』は、初出にあたって編集者の手によって大幅な削除・改訂が行われていたのだそうだ。で、作者の死後に発見された原稿をもとに、その本をできるかぎりカーヴァーが意図した初期状態に戻してみせたのがこの短編集とのこと。このシリーズでカーヴァーの作品を読むのは、これが最後になるようだ。
 ということで、この本には基本的に一度読んだ作品だけしか収録されていないはずなのだけれど……。
 いやー、おぼえてねー。情けないくらいにおぼえてねー。
 『ささやかだけれど、役に立つこと』のようなインパクトのある作品(それも後日、書き直されて別の短編集にも収録されているもの)はさすがに忘れようがないけれど、そういうのはほんの数編。あと、おぼろな記憶があるものもあるけれど、半分は初めて読むも当然だった。まったくなってねぇ。
 そもそも、恥ずかしながら僕はこの短編集、表題作の『ビギナーズ』を読むまで、『愛について語るときに我々の語ること』ではなく、『頼むから静かにしてくれ』のオリジナル版だと勘違いしていた。なぜって、この本が分厚かったから。
 この村上春樹翻訳ライブラリーでは、『頼むから静かにしてくれ』は二分冊になっていた(それに対して『愛について語るときに』は一冊)。今回の『ビギナーズ』はページ数的にその二冊分を一冊にしたくらいのボリュームなので、そのオリジナル版を出すにあたって、分冊をやめたんだろうと思い込んでいた。どれだけ中身がわかってないんだ、俺。
 ということで、『愛について語るときに』の内容をおぼえていない僕としては、両者の違いを比較しようがない。でも、過去にその本を読んだときの自分の感想を見ると、「個々の作品がコンパクトで読みやすい」みたいなことを書いているので──そして今回この短編集を読むのに(個人的なタイミングの悪さも手伝って)やたらと気が乗らなかったのを考えると──、どうやら僕自身はカーヴァーのこのオリジナル・バージョンよりも、敏腕編集者の手により切り刻まれた初出版のほうが好きみたいだ。なんとなく申し訳ない気がする。ま、いつの日か余裕があれば、両者をつづけて読んで、もう一度ちゃんとくらべてみたい。
 それにしても、自分が失業するかも……ってタイミングで読むには、カーヴァーの小説はどうにもふさわしくなかった。まいった。
(Mar 12, 2012)

プロフェッショナル

ロバート・B・パーカー/加賀山卓朗・訳/早川書房

プロフェッショナル (ハヤカワ・ノヴェルズ)

 スペンサー・シリーズ第三十七作。これでこのシリーズも残すもあと二作。
 今回の事件の依頼人は四人の若くて美しい人妻たち。それぞれに年の離れた金持ちの夫がいる。
 彼女たちは揃いもそろって旦那に隠れて浮気していて、その浮気相手から脅迫されるようになってしまったという。で、その浮気相手というのが、同じ男だと。どうにか旦那様方にばれないように彼の脅迫をやめさせてくれというのが依頼の内容。
 スペンサーが調査を始めてみれば、その男性というのは毎日朝昼晩と違う女性をホテルに連れ込んでしまうような、稀代のプレイボーイだった。しかもそのことに対して悪びれることがなく、暴力にも屈しない気骨もある。一本筋の通った、男性のスペンサーから見ても憎めないタイプの男性。
 対する依頼人の女性たちは──まあ、ゲイの旦那を持つ覆面夫婦とか、性依存症だとか、アル中だとか、それぞれに事情はあるにせよ──、旦那を裏切っている時点で、スーザン一途、浮気なんてもってのほかなスペンサーからしてみれば、好意を持てない女性たちなわけで。しかも、ことが公になって旦那に浮気がばれると困るからと、脅迫の事実を裁判沙汰にしようとはしない。
 両者のあいだですっかり手詰まりになったスペンサーが、いかに事態を打開してみせるのかってのが前半の焦点。後半はその事件から派生して、頭が悪いにもほどがあるって殺人事件が巻き起こる。
 終わってみれば、恋する探偵スペンサーが、愛より欲のドロドロな男女関係にへきえきしながら、可哀想なひとりの愚か者のためにささやかな情けをほどこすという話。欲に目がくらんだ馬鹿女にきちんとした正義の裁きが下らないのが残念だ。
(Mar 22, 2012)