2013年3月の本

Index

  1. 『ミレニアム2 火と戯れる女』 スティーグ・ラーソン
  2. 『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』 スティーグ・ラーソン
  3. 『エコー・メイカー』 リチャード・パワーズ
  4. 『幼年期の終り』 アーサー・C・クラーク

ミレニアム2 火と戯れる女

スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂、山田美明・訳/早川書房/Kindle版

ミレニアム2 火と戯れる女(上・下合本版) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 すでに三作すべてを読み終えた今となると、この『ミレニアム』三部作が傑作だという意見には、まったく異論なし。いやぁ、ほんと、これはたぐい稀なる大傑作だと思う。まさかこれほどとは思ってもみなかった。
 トリロジーということで言うならば、僕が知っている範囲で、この作品と構造的にもっとも近いのは、映画『スター・ウォーズ』の旧シリーズだ。
 『スター・ウォーズ』の一作目がそれ自体、シリーズから独立した作品として出色の出来栄えであるのと同じように、この『ミレニアム』も第一作『ドラゴン・タトゥーの女』は、それだけとってみても、見事な完成度を誇っている。あれだけのミステリは、なかなか読めない。
 ただ、その出来があまりによすぎるがゆえに、僕はこの二作目以降にはそれほど期待していなかった。あの第一作を超えるのは、並大抵のことじゃない。三部作と称される理由もわかっていなかった。ミステリではよくあるように、単に主人公が同じで、三作目まであるから、便宜上、三部作と呼ばれているのだろう、くらいに思っていた。
 なので、この第二作は、この先ミカエルとリスベットの関係がどう変化してゆくのか気になるから、とりあえずフォローしておこう、くらいのつもりで手に取ったんだった。
 そしたら、とんでもなかった……。
 この作品から、物語はいよいよ本編に突入する。前作では主役というより、準主役というほうが正しいような扱いだったリスベット・サランデル――『ドラゴン・タトゥーの女』というタイトルの割には、思いのほか出番が少ないと思ったのは僕だけ?――が、満を持して主役に躍り出る。――というか、本人の意に反して、無理やり表舞台に立たされる。
 小説としての構造も違う。多重的な構造だった前作に対して、今回は基本的に一直線に物語が進む。さらには、それだけで一個の作品として完結していた第一作とは違って、この第二作は、次回作とあわせて、前編・後編と読んだ方がいいような構造になっている。
 要するにこの作品は、『スター・ウォーズ 帝国の逆襲』と同じように、三部作の中継ぎ的な役割を果たしているのだった(二作目で意外な親子関係があきらかになる点も『スター・ウォーズ』に似ている)。それ自体、とてもおもしろいけれど、かといって、これ一冊だけ読むってわけにはいかない作品だと思う。
 ディテール的には、少女が変態野郎に監禁されているプロローグには、いきなりげんなりさせられたし、事件を大展開させるエピソードがやや偶然に頼りすぎている嫌いはある。クライマックスでのびっくり仰天な展開は、荒技すぎてなんだそりゃーって思った。
 それでも、次回作まで読み終えた現時点では、そんな小さな欠点をあげつらうのが申し訳なくなるほど、三部作としての出来栄えが素晴らしかった。いますぐ三部作全部を初めから読み返したいくらいの傑作。
(Mar 05, 2013)

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士

スティーグ・ラーソン/ヘレンハルメ美穂、岩澤雅利・訳/早川書房/Kindle版

ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上・下合本版) (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 『ミレニアム』三部作ですごいと思うのは、三作それぞれにミステリとしてのスタイルが異なっている点。
 極上の本格派ミステリだった一作目、迫力満点のサスペンス・スリラーだった二作目ときて、この第三作のクライマックスでは、これまでの悲劇の元凶であった悪行の数々を暴きだすための法廷劇がたっぷりと描かれる。
 このシリーズはそれ全体が物語として最高におもしろいだけでなく、三部作を通じてそんなふうに、ミステリのいくつかのジャンルを横断して楽しませてくれる。そこもまた素晴らしい。
 とくにこの三作目に、僕は思いきり、はまった。もともと法廷劇好きなものだから、悪人どもに裁きが下る、その瞬間を読むのが楽しみで、ページをめくる手が止まらなくなった。
 作品の出来栄え的には一作目がいちばんだと思うけれど、本を読む楽しさという点では、これまでの積み重ねがある分、この三作目がピークだった。ほんと、平日に午前三時過ぎまで読書していたのなんて、何年ぶりだろう。最近はすっかり夜が弱くなって、いつもなら十二時には寝てしまう僕を、この本はそんな時間まで眠らせずにいたのだから。それくらいにこの第三作はおもしろかった。
 なんかもう、おもしろすぎて言葉が出てこない――というか、つべこべ語りたくない。今回僕はKindle版で読んだのだけれど、これがもし三部作ぞれぞれにハードカバーの一巻本で刊行されていたら、絶対に買い直している(実際にはソフトカバーの上下巻なのでスルー)。それくらいにおもしろかった。大絶賛。
(Mar 05, 2013)

エコー・メイカー

リチャード・パワーズ/黒原敏行・訳/新潮社

エコー・メイカー

 待望のリチャード・パワーズ邦訳最新刊!──ってことで、これもいつも通り、読み終えるのにやたらと時間がかかってしまったんだったけれども。
 これについては時間がかかった理由がこれまでとはちょっとちがう。なんたって、この作品はこれまでのパワーズの小説の中では、もっとも読みやすかった(まぁ、パワーズの小説にしては、ということだけれど)。
 それなのに一ヶ月半もかかってしまったのは、ひとつには同時進行で読んでいた『ミレニアム』シリーズがやたらとおもしろかったせい。途中からはそっちにかかりっきりになって、こちらを読むのを中断してしまっていたから。それはまぁ、しょうがない。
 でも、もうひとつの理由が、この小説にはあまりに共感できる要素が少なかったから──ってんだから、こっちは少なからず残念だ。
 パワーズのこれまでの小説は、いずれも基本的にはなんらかの知的職業にかかわっている人たちの物語だった。つまりパワーズの分身といえるキャラだった。
 それがこの作品は違う。主人公はあまり恵まれない家庭に育った労働者階級の姉弟。その弟マークがみずからが起こした交通事故で脳に重大な障害を負い、「カプグラ症候群」という珍しい精神疾患をわずらってしまう。
 弟のほか身寄りのない姉のカリンは、自らを犠牲にして弟の看病に尽くすのだけれど、その症状の「特殊性」が彼女自身にも大きくかかわってくることから、思わぬ苦しみを味わうことになる。
 そんなふたりを救うために、物語の第二章からはひとりの高名な精神医学者が登場する──のだけれど。なんだか知らないけれど、この人があまり役に立たない上に、発表したばかりの本を批判されて、うじうじしていたりして、いまいち好感が持てない。
 ということで、この作品で唯一パワーズらしい知的キャラが共感を呼ばないのが致命的。主役のふたりは自分勝手な言動ばかりしているし、その友達や恋人たちもキャラクターとしての魅力に乏しい。とにかく「この人が好き」と思えるキャラがほとんどいない上に、人間関係がどれもこれもぎくしゃくしていて、心温まるところが少ない小説なんだった。少ないというか、まったくないんじゃないかって気さえする。
 まぁ、人それぞれの苦しみを描くことが文学だとするならば、この小説は十分にそのことに成功している気もする。でもその苦しみにいまいち共感しきれないのが残念なところ。読んでいてなんだか息苦しくなってしまった。アマゾン本家のレビューを見ると、星の数がパワーズ作品中でいちばん少ないみたいなので、そう感じたのは僕だけではないんだろう。
 まぁ、さすがのリチャード・パワーズでも、すべてが傑作というわけにはいかないんだって。初めてそう思わせた作品。あと、やたら傷がつきやすい装丁の表紙も残念無念。
(Mar 17, 2013)

幼年期の終り

アーサー・C・クラーク/福島正巳・訳/早川書房/Kindle版

幼年期の終り (ハヤカワ文庫 SF (341))

 『2001年宇宙の旅』の原作者、アーサー・C・クラークの代表作。この人の本を読むのも、これが初めて。
 なるほど、これはSFの古典として名高いのもわかる。宇宙人とのファースト・コンタクトをテーマにした小説ながら、まずその宇宙人の造形に意外性があるし──まぁ、映像化したら一発でネタバレになって、おもしろさ半減だけれど──、宇宙ものなのに降霊術なんてレトロなオカルトネタが出てきたり、聖書のエピソードを下敷きにした密航の話があったりするのもおもしろい。クライマックスなんて、まるでエヴァンゲリオンみたいだ。とにかくSFならではの意外性はたっぷりとあった。
 ただ、やはりSF初期の作品だけあって、ボリューム的な面で、やや読みごたえが足りない。いまの作家ならばもっとディテールの描写に凝って、倍以上のボリュームになりそうなところを、あっさりと書き流している感じ。昔の作品だし、そこがいいって人もいるんだろうけれど、僕はもっとどっしりとした読みごたえが欲しかった。
 Kindle Paperwhite 購入以来、SFをつづけて読んでいるけれど、やっぱSFはたまに読むくらいがいいかなって思ったりしている。
(Mar 31, 2013)