2013年4月の本

Index

  1. 『村上春樹 雑文集』 村上春樹
  2. 『寒い国から帰ってきたスパイ』 ジョン・ル・カレ
  3. 『厭な物語』 アガサ・クリスティ―他

村上春樹 雑文集

村上春樹/新潮社

村上春樹 雑文集

 村上春樹が書いたエッセイのうち、これまで単行本には未収録だったり、人の本の解説などのために書かれたもの、文学賞の受賞スピーチ原稿などをまとめた本。帯にあるように、イスラエルの文学賞を受けた際に大きな話題となったスピーチ、『壁と卵』が収録されているのが、いちばんのセールス・ポイントだろうと思われる。
 寄せ集めの本ではあるけれど、基本的に人から頼まれて書いたもの──外部のと接点がはっきりしたもの──が多い分、『村上朝日堂』のようなプライベートなエッセイよりも、春樹氏の人となりがより強く出た本になっている気がする。とくに音楽についてのエッセイを集めた章などは、これまで埋もれさせていたというのがもったいなく感じられるくらい、読みごたえがあるものが多い。僕個人の印象では、これまでに読んだ春樹氏のエッセイ集の中でも、もっとも刺激的な作品のうちのひとつだった。
 村上春樹という人はあまり社会と積極的に接触している印象はないけれど、それでもこの本を読むと、この人はこの人なりのスタンスを守りながら、方々でなかなか有意義な人間関係を築いているんだなと感心させられる。なかでも和田誠氏と安西水丸氏との交流はその最たるものだと思うけれど(なんと、この本の表紙はおふたりの共作とのこと)、巻末に寄せられたご両人による対談が、これまたとてもおもしろい。この本はその部分だけでも十分読む価値があると思います。
(Apr 07, 2013)

寒い国から帰ってきたスパイ

ジョン・ル・カレ/宇野利泰・訳/早川書房/Kindle版

寒い国から帰ってきたスパイ

 スパイ小説の巨匠、ジョン・ル・カレの出世作。
 なるほど、これは見事な出来。短いながらも、ずっしりとした読みごたえがある。
 『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』は登場人物が多くてわかりにくかったけれど、こちらは少ないから、そういう意味では迷う余地がないし、かといって単純な話かというと、そうでもない。スパイどうしの騙しあいがストーリーに上手く練り込まれていて、適度に読者を煙に巻いてみせる。非情なスパイ戦を描きつつも、人情に触れるウェットな部分も持ち合わせている。そういった多重性があるがゆえに、決して長い小説ではないのに、とても深い余韻がある。
 ジェームズ・ボンド・シリーズこそがスパイ小説だった時代に、こんな作品が登場したならば、そりゃインパクトがあったろうと思う。決して派手な小説ではないけれど、地味ながらも渋い味わいのある逸品。こんな作品ばかりなら、もっと早くジョン・ル・カレを読んでおけばよかったと、ちょっぴり後悔している。
 そうそう、この小説には『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の主人公、ジョージ・スマイリーがちょい役で出演している(出番はほとんどないものの、役回りはけっこう重要)。調べてみたら、スマイリー氏はル・カレのデビュー作の主人公とのこと。なるほど、そうでしたか。そうと知ったら、なおさらもっとほかの作品も読みたくなった。
(Apr 14, 2013)

厭な物語

アガサ・クリスティ―他/中村妙子・他訳/文春文庫

厭な物語 (文春文庫)

 あと味のわるさをテーマにして集めた翻訳短編小説のアンソロジー。
 収録作家は、僕が名前を知っているところだけでも、アガサ・クリスティー、パトリシア・ハイスミス、ジョー・R・ランズデール、ウラジーミル・ソローキン、フランツ・カフカ、ローレンス・ブロック、フラナリー・オコナー、フレデリック・ブラウンといった錚々たる顔ぶれ。これでおもしろくないはずがない──とは思うのだけれど。
 ここに収録されているのは、要するにすべてがすべて、人が死ぬ話なんだった。そりゃあと味悪くて当然だろう。
 この本の解説には、本書のアイディアは京極夏彦の『厭な小説』から得たのだろうとあるけれど、あちらの本では(たしか)誰ひとりとして人は死ななかった。京極夏彦はそれでいてなお、厭ぁな気分にさせる小説ばかりを並べてみせている。そういう本がほかにある以上、この本にも人の死なない厭な話をもっと入れて欲しかった。その点がやや不満。
 まぁ、それでもタイトルに偽りなく、厭な話が並んでいるのは確かだ。中でもアメリカ南部のふたり、ジョー・R・ランズデールとフラナリー・オコナーの作品がとびきり厭なところがすごい。アメリカ南部、恐ろしや。
(Apr 14, 2013)