タイタンの妖女
カート・ヴォネガット・ジュニア/浅倉久志・訳/早川書房/Kindle版
Kindleで再読するカート・ヴォネガットの二冊目は、長編第二作にしてキャリアのターニング・ポイントとなった初期の名作、『タイタンの妖女』。
『スローターハウス5』のときにもちょっと書いたけれど、僕はヴォネガットが好きだと言いながら、じつは『母なる夜』や『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』のような普通小説が好きで、これや『スローターハウス5』などのSF作品については、それほどおもしろいと思った記憶がない。これまでは傑作だといわれても、いったいどこがそれほど……と思う始末だった。
でも今回再読してみて、大いに納得。『スローターハウス5』は微妙だったけれど、これは文句なしの大傑作だわ。若い日の俺には、どうしてこのすごさがわかんなかったんだろう。まったく、なってないにもほどがある。
内容を簡単に説明するならば、時間等曲率漏斗(クロノ・シンクラスティック・インファンディブラム――とても覚えられません)なる宇宙の不可思議スポットに愛犬ともども飲み込まれて、(地球を含む)太陽系のあちらこちらに周期的に実体化するようになってしまった大富豪が、その時空を超越した神にも近い能力を使って、地球にとんでもない方法で大変革をもたらす、という話。
要するに荒唐無稽なおとぎ話なんだけれど、そこに作者自身の戦争体験を下敷きにした、珍妙な宇宙戦争のプロットが組み込まれているのがミソ。そのあまりに非人道的かつ、とびきり馬鹿馬鹿しい内容に、怒っていいんだか、笑っていいんだかわからない、なんともいえない気分にさせられる。
さらに重要なポイントは、物語の主人公が事件の張本人ウィンストン・ナイルズ・ラムファードではなく、彼のたくらみによって大きく人生を狂わされた、ひと組のカップル(とその息子)である点。運命にもてあそばれて、とても幸福とは思えない人生を余儀なくされる彼らの悲喜劇には、これだけ荒唐無稽な物語から味わうとは思えないほどの深い余韻がある。
どうしようもなく馬鹿げていて、どうしようもなく非道な話なのに、それでいて不思議と感動的。そのギャップがものすごい。ヴォネガットならではの語りの魅力はすでにこの時点であきらかだし、たっぷりのユーモアと溢れんばかりのペーソスを持った、希有な作品だと思う。あらためてヴォネガットに惚れなおしました。
(Jul 01, 2013)