2014年4月の本

Index

  1. 『インフェルノ』 ダン・ブラウン
  2. 『失踪者たちの画家』 ポール・ラファージ
  3. 『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』 カート・ヴォネガット・ジュニア

インフェルノ

ダン・ブラウン/越前敏弥・訳/角川書店/Kindle版(上・下合本)

インフェルノ(上下合本版) (角川書店単行本)

 『ダ・ヴィンチ・コード』のダン・ブラウンによるロバート・ラングドン教授シリーズの第四弾。
 すでに前作『ロスト・シンボル』がどんな話だったかも、うろ覚えだったりして、いい加減、この人の作品にも食傷気味の感があるんだけれど、Kindleストアのバーゲンでこの最新作(しかも一巻本)が安くなっていたので、とりあえず読んでおくことにした。
 で、読んでみた感想は、これもそこそこおもしろい。
 今回の物語はラングドン教授がフィレンツェの病院で目を覚ますところから始まる。
 でもラングドンさん、なぜか記憶を失っていて、自分がどうしてフィレンツェにいるか、わからない始末。しかも、アメリカ政府筋(?)とおぼしき殺し屋に命を狙われていたりする。
 病院での寝ざめを襲われた彼は、なにやら訳ありの美人女医シエナに助けられて、命からがら病院を脱出。その後は彼女とともに逃亡劇を繰り広げながら、失われた記憶を取り戻そうとすることになる。
 ――ということで、記憶をなくした彼の前に立ちはだかるのが、ダンテの『神曲・地獄編』にまつわるいくつもの謎――なのだけれど。
 これが要するにすべて、犯人の愉快犯的な動機による謎かけクイズみたいなもので、正直なところ、とってつけたよう。一応はすべて史実に材を取ってみせた『ダ・ヴィンチ・コード』とくらべると、かなり強引な設定になっている。
 ラングドンが命を狙われていた理由も、種明かしされてみれば、なにやら釈然としないものがあるし、全体的にちょっとなぁって作品ではあるのだけれど。
 それでいて、この小説も『ロスト・シンボル』同様、駄目だって思わせて終わらない分部がちゃんとあるのが、ダン・ブラウンの優れたところ。
 たとえば、途中からラングドンのあとを尾行し始める謎の皮膚病男の正体とか、けっこう意外性があって、僕はおぉっと思ったし、最終的な――『天使と悪魔』での「反物質」を思い出させる、かなりSF的な――落ちのつけかたにも、その思い切りのよさゆえに納得させられてしまうものがあったりする。
 ――ということで、これっきりラングドン教授とのつきあいをやめても後悔はしないだろうけれど、でも暇と金が少しでもあったら、また次回作も読んでしまうんだろうなと。そう思わせる最新作だった。
 まぁ、それ以前に、この本と一緒に安くなっていたノン・シリーズの旧作二作もすでに買ってあったりするので、結局最低でもあと二作はこの人の小説を読む予定。
(Apr 01, 2014)

失踪者たちの画家

ポール・ラファージ/柴田元幸・訳/中央公論新社

失踪者たちの画家

 柴田元幸氏が、たまたま本屋で手にした知らない作家の本を二、三ページ読んでみたら滅法おもしろかったので、 そのまま買って帰って一気に読み切ったというアメリカ人作家のデビュー作。
 僕個人はそこまで夢中になることはできず、仕事のストレスで読書欲を欠いていた時期だったこともあり、読み終えるのに一ヶ月近くかかってしまった。
 とはいえ実際に読んでいたのは三、四日だったと思う。読みにくかったから時間がかかったというより、つづきを読む気が起きなくて、放置しておいた時間が長かった。
 それは決して、つまらなかったからではなくて、 独特の世界観に入り込むのに、覚悟が必要だったから。なんとなく、自然に途中から読み始めて、すうっとその世界に入り込む、という読み方を許さない作品だった。
 内容はひとことでは説明しにくい。どことも知れない都市を舞台に、田舎から出てきた青年のまわりで、カフカ的な不条理感をたっぷり含んだ、奇妙なドラマが次々と巻き起こる。主人公の恋人がある日、突然失踪してしまうというプロットはとても村上春樹っぽいし、現実と幻想の境界線があいまいなところはスティーヴン・エリクソンを、ところどころに寓話を差し込んで見せた手法はスティーヴ・ミルハウザーを思い出させる。そういう意味では、柴田さんが気に入ったわけがよくわかった。
 かなり癖のある内容なのに、それでいて不思議と謙虚で慎みぶかい印象もある。その独特の作風がなかなか好印象だった。
(Apr 14, 2014)

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを

カート・ヴォネガット・ジュニア/浅倉久志・訳/早川書店/Kindle版

ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを

 僕がいつヴォネガットのことを好きになったのか、とんと覚えていないのだけれど、いちばん最初に読んだのは、これか『ジェイルバード』ではなかったかと思う。
 ということで、個人的にはとても思い入れ深い、わがヴォネガット・ファン歴において、もっともつきあいの長い一冊――のはずなんだけれど。
 あれぇ、これってこんな話でしたっけ?
 物語は、博愛主義にめざめた消防団フェチな大富豪エリオット・ローズウォーターが、自らの一族の出身地であるさびれた片田舎で、調子っぱずれの奉仕活動を繰り広げる一方、彼の財産横取りをたくらむ若手弁護士が、彼が正気を失っていることを証明しようと暗躍する、という話。
 それ自体は(ある程度)記憶にないでもなかったけれど、その味わいが思いがけず、にがかった。とくにエリオットと彼の奥さんにまつわる部分が、徹底的に苦い。
 いわば、『プレイヤーピアノ』と同じテーマに、普通小説で再チャレンジしたような内容なのだけれど、あちらの夫婦が終始ずれまくりつづけているのに比べて、こちらはなまじ愛し合っていて、なおかつ、彼の行為の価値を奥さんが認めている分──それでいてなお、受け入れられずにいる分──、そのすれ違いの痛みがなおさら切実なものになっている。
 ばかばかしくてコミカルながらも、やたらと痛々しい。この痛みの部分を僕はすっかり忘れていた。なってねぇ。
(Apr 14, 2014)