2014年7月の本

Index

  1. 『パズル・パレス』 ダン・ブラウン
  2. 『デセプション・ポイント』 ダン・ブラウン

パズル・パレス

ダン・ブラウン/越前敏弥、熊谷千寿・訳/角川書店/Kindle版(全二巻)

パズル・パレス(上) (角川文庫) パズル・パレス(下) (角川文庫)

 『ダ・ヴィンチ・コード』の作者、ダン・ブラウンのデビュー作。
 NSA(アメリカ国家安全保障局)というところが国民には内緒で開発していた、どんな暗号でも数分間で解読できてしまうスーパーコンピュータ(といっても、単に膨大な量のマシンを並列稼働させたものみたいだけれど)が、天才ハッカーの開発した絶対に解読不可能な暗号化アレゴリズムのために大混乱に陥るというお話。
 歴史の裏に暗号を見いだすことにかけては天才的なダン・ブラウンが、デビュー作では歴史とはまったく関係のないところで、やっぱり暗号絡みの小説を書いていたというのが、まずはおもしろい。
 その点にかぎらず、わずか一日たらずのあいだに、アメリカの存続にかかわるような驚天動地の大騒動が巻き起こるという極端な話の持っていきかたも、やたらと人の命がそまつにされる展開も、まごうかたなくダン・ブラウン印。つまりは、話としてはおもしろいんだけれど、あまりテイスト的には感心できない。
 とくにクライマックスの素数にまつわるパスワードの謎は、あまりに陳腐で興ざめもはなはだしかった。そんなん、気がつかない方がどうかしてるって。
 ──とはいいつつ、そこに意外性のある伏線(被害者の指にまつわる身体的障害)をこっそりしのばせていたりするところには、ちょっぴり感心させられた。ダン・ブラウンって、なんだかんだ、そういうところは上手い。
 まぁ、なんにしろ、全体的にはいつも以上にディテールの粗がめだつというか、設定に無理があるというか。その辺はやはりデビュー作だけあって、改善の余地ありって印象だった。
 それにしても、世紀の暗号化ロジックを発明してみせた日本人の天才ハッカーの名前がエンセイ・タンカドって。いったいどんな日本人だ。
(Jul 04, 2014)

デセプション・ポイント

ダン・ブラウン/越前敏弥・訳/角川書店/Kindle版(全二巻)

デセプション・ポイント(上) (角川文庫) デセプション・ポイント(下) (角川文庫)

 気がつけばダン・ブラウンの未読作品も残すはこれひとつとなったので、つづけて読んでしまうことにした。いやでもこれ、これまでに読んだダン・ブラウンの小説では、『ダ・ヴィンチ・コード』と並ぶくらいおもしろかったかもしれない。
 まずは、NRO(アメリカ国家偵察局)の職員で、次期大統領候補の娘である主人公レイチェルが、会ったこともなかった現大統領からの突然の要請で、いきなりF14に乗せられて北極まで連れてゆかれる、という導入部の唐突感と先の読めなさ加減が素晴らしい。
 わけもわからず北極まで引っぱってゆかれたレイチェルがそこでなにを見せられたか──というところからがいよいよ本編となるわけだけれど、そのふろしきの広げ方がまたダン・ブラウンらしいというか……。この部分の意外性がこの作品の大きな魅力のひとつだと思うし、そこのところは主人公と一緒になって、なにも知らないで読んだほうが絶対に楽しいと思うので、ここではあえて書かない。
 とにかくその思わぬ内容に、なにこれSF?──と一度は思ったんだけれど、なにせタイトルは日本語にすると『欺瞞の極限』(訳者いわく)とかなわけで。あぁ、要するに裏があるのね、とその時点でわかる。というか、こういうタイトルをつけるところからして、作者自身は最初からそんなところで勝負しようとは思っていないのがわかる。
 とにかく、そこにはいつでも大風呂敷ひろげ過ぎの感のあるダン・ブラウン史上でもとびきりの、過去最大の欺瞞が待っていた。あまりに荒唐無稽で説得力がない気がするんだけれど、でもその思いきりのよい発想にはとても感心した。これでもう少し人の命を大事にしてくれると、ダン・ブラウンのことをもっと好きになれるんだけれどなぁ……と思わずにいられない。
 この人の場合、どの作品もそういう傾向は強いけれど、ここでつづけて読んだ二作品はとくに、人を人とも思っていないような殺人の描き方が最大のネック。
 たとえばジョン・ル・カレの作品では、人を殺すことに対してそれ相応の逡巡がある。京極夏彦の作品にだって、人の死に対するやるせない悲しみがあふれている。
 ところがダン・ブラウンはそうじゃない。権力者がちょっと邪魔だと思っただけで、平気で人を殺してあたりまえの顔をしている。そして(謎解きに夢中になるあまり?)、そのことを誰も気にしていないようにみえる。そこのところが僕はどうにも好きになれない。
 この二作品にしても、何人もの人が命を落としているのに、最後はその日のうちにヒロインがベッドインしてハッピーエンドってさ。そりゃちょっとないんじゃないの? と僕は思わずにはいられない。
 そういう意味では、ダン・ブラウンの小説はどれも、文学的というよりは徹底的にハリウッド的だ。そこのところがどうにも好きになりきれない一番の要因。
(Jul 04, 2014)