オリエント急行の殺人
アガサ・クリスティー/山本やよい・訳/早川書房/Kindle版
いわずと知れた、アガサ・クリスティーの代表作のひとつ。
この『オリエント急行の殺人』と『そして誰もいなくなった』、『ナイルに死す』、『鏡は横にひび割れて』、『春にして君を離れ』が、中高生のころの僕にとってのクリスティーのベスト5だった(なんだかとても平凡ですね)。
でも今回、再読してみて、この作品はややポイントが下がった感じ。事件解決の重大な手がかりとなる手紙の燃えさしが被害者の部屋に残っていたというプロットはどうにも不自然だし、さらにはそこから「アームストロング」の名前が浮かび上がるという展開にいたってはなにをいわんやだ。
そんな手紙、普通だったら部屋から持って出てあとで処分するなり、窓から投げ捨てるかして終わりでしょう? 犯行の重要な手がかりとなる手紙を、犯人がなぜにわざわざ殺人現場で焼いたりしなきゃいけないのかわからない。
さらには殺人の方法にも説得力がない。いかに被害者がひとでなしであろうと、報復のための殺人であろうと、殺人という行為に自ら手をくだすには、それ相応の勇気や覚悟が必要だろう。僕にはこの作品の犯人全員(ネタバレごめん)にそんなことができたとはどうにも思えない。
おまけに、豪雪で列車が非常停止に追い込まれたために緻密な犯行計画が破たんして、なおかつその列車に偶然、天下のエルキュール・ポアロが乗り合わせていたために、真相が暴かれてしまったと。
この小説はそんな風に最初から最後まで偶然に頼りすぎている。そこんところがどうにも感心できなかった。
とはいえ、いまだミステリにうとかった若かりし日の僕にとって、意外なる事件の真相が絶大なるインパクトを持っていたのも確かなところ。現実のリンドバーグ事件を下敷きにして、ミステリ史上に残るトリックを生み出してみせた発想は、やはり脱帽ものだと思う。
思ったよりも小説の語り口があっさりめだったので、なんだかひさしぶりにアルバート・フィニー主演の映画版も観なおしたくなってしまった。
(Aug 06, 2014)