母なる夜
カート・ヴォネガット・ジュニア/飛田茂雄・訳/早川書房/Kindle版
個人的にかつてもっとも好きだったヴォネガットの長編第三作。
主人公のハワード・W・キャンベル・ジュニアは、第二次大戦中に、アメリカ人でありながら、ナチの広報担当として大活躍したことで、A級戦犯扱いされている人物。じつは彼はアメリカの二重スパイだったのだけれど、そのことを知る人は世界中にわずか三人しかおらず、戦後は売国奴の烙印を押されたまま、人知れずニューヨークでひっそりと隠遁生活を送っている──いや、この小説は主人公が獄中で書いた手記という形式を取っているので、時制的に正しくは、送っていた。
ところがそんな彼がいまだ国内で隠棲している事実が世間の知るところとなり、キャンベルは彼を激しく憎む似非愛国者や、反対に英雄とあがめる白人至上主義者たちに追い回される羽目に。そんな渦中で彼は死に別れたと思っていた奥さんとの感動の再会を果たすものの、しかし幸せな第二の逢瀬だと思ったものはわずか一晩しかつづかず──というか、そもそもそれ自体が間違いで……。
というような話で、痛ましくも滑稽なヴォネガットの持ち味が十分に出た、初期の傑作のひとつ。ほかの多くの作品のようにSF仕立てではないし、『ローズウォーターさん』のように主人公が変人でもない分、もっともとっつきやすいヴォネガット作品ではないかと。
しかし大好きだと言うわりには、情けなくもあまり語るべき言葉が出てこない。
(Sep 15, 2014)