2015年2月の本

Index

  1. 『パーカー・パイン登場』 アガサ・クリスティー
  2. 『ラヴクラフト全集2』 H・P・ラヴクラフト
  3. 『三幕の殺人』 アガサ・クリスティー
  4. 『遮断地区』 ミネット・ウォルターズ
  5. 『はい、チーズ』 カート・ヴォネガット

パーカー・パイン登場

アガサ・クリスティー/乾信一郎・訳/クリスティー文庫(Kindle版)

パーカー・パイン登場 ハヤカワ文庫―クリスティー文庫

 あなたは幸せ? でないならパーカー・パイン氏に相談を。
 そんなうさんくさい新聞広告でひそかに有名なパーカー・パイン氏(いわば幸せ請負人?)がさまざまな依頼人の不幸な悩みを解決してみせる連作短編集。
 ポアロやミス・マーブル、トミーやタペンスと違って、どうもこのパーカー・パインさんはこれが唯一の作品で、謎のクイン氏と同じように再登場の機会がなかったみたいなので、あまり出来は期待できないのだろうと思っていたら、意外や、そうではない。これがなかなかおもしろい。
 不幸だ!ってやってくる依頼人をいかにしてパイン氏が幸せにしてみせるか。──そこんところでクリスティーが見せるだましのテクニック、ある種、いたずら心の表れのようなその解決方法の数々がとても楽しい。なにより人が殺されたりしないで、ミステリらしい謎だけはあるってこの趣向が最高じゃないでしょうか?
 ――と思って、途中までは大喜びで読んでいたのだけれど、残念ながら後半からは趣向が変わってしまう。
 前半はパイン氏のオフィスに依頼人がやってきて、仕事の依頼があって……という、いわばシャーロック・ホームズ的、古典的探偵小説的な構造だったのに、後半の作品はパイン氏が中東旅行に出かけたその旅先でぐうぜん出くわす事件を解決してみせる、という趣向に変わってしまう。『火曜クラブ』もそうだったけれど、もしやクリスティーには連作短編集は前半と後半で二部構成にすべし、という方針でもあったんだろうか。
 とにかく、そんな方向転換のため、後半はふつうのミステリっぽくなってしまって、おもしろさ何割減。なにより人が死なない──でもミステリならではの楽しさがある──って喜んでいた僕としては、後半では死人が出る展開になってしまったのが、なにより残念だった。
 願わくば最後まで前半のパターンを踏襲して、一人も人が死なないまま、まる一冊を描き切ってくれていたら、どんなによかっただろうって。そうしたら、クリスティーの作品のなかでも特別な一冊になったかもしれないのにって。そう残念には思わないではいられなかった秀作。
(Feb 01, 2015)

ラヴクラフト全集2

H・P・ラヴクラフト/乾信一郎・訳/創元推理文庫(Kindle版)

ラヴクラフト全集 2 (創元推理文庫 (523‐2))

 第一巻を読んだときにも思ったことだけれど、ラヴクラフトという人は、とても端正な文章を書く。
 ホラー作家というと、あやしの世界を描く想像力が第一で、文章力は二の次というイメージを持ってしまいがちだけれど、この人の場合はそんなことがない。とても理路整然とした理知的な文体を持っている(まぁ、といいつつ翻訳で読んでいるわけだけれど)。それだからこそ、いにしえの昔のおぞましい神々の話が、まるで実話のような説得力を持って迫ってくる。
 聞けば、クトゥルフ神話の「クトゥルフ」はもとより、映画『エイリアン』のキャラクター・デザインで有名なH・R・ギーガーの画集のタイトルとなった『ネクロノミコン』もラヴクラフトによる造語だというし、まぁ、そういう神秘的・異教的な言葉を生み出しえるほどの言語センスの持ち主であれば、文章力に秀でているのは当然かもしれない。
 この第二巻では、やはり長編『チャールズ・ウォードの奇怪な事件』が格別。物語自体はそれほど意外性がないけれど、その整った文体が伝奇小説としての格を高めていて、とても読みごたえがある。
 さらにはクトゥルー神話の案内編とでもいった冒頭の『クトゥルフの呼び声』と、鬼気迫る『エーリッヒ・ツァンの音楽』の短編二編も印象的だし、この全集のなかでも特にインパクトのある一冊なのではないかと。
(Feb 11, 2015)

三幕の殺人

アガサ・クリスティー/長野きよみ・訳/クリスティー文庫(Kindle版)

三幕の殺人 ハヤカワ文庫―クリスティー文庫

 なんだかすごくひさしぶりのポアロの長編だなと思ったら、僕が前作『オリエント急行の殺人』を読んだのは去年の六月のことだった。半年以上前じゃん!
 べつにこの時期のクリスティーがポアロものを書き控えていたわけではなく、それどころか、この作品は『オリエント急行』と同じ年(1934年)に刊行されている。
 要するに、作家として創作意欲が盛んだったクリスティーが短編集その他を多数出版した年だったのと、たまたま僕の読書量がガタ落ちした時期が重なって、半年のご無沙汰になってしまったわけだ。
 なんたって去年の後半に、僕はクリスティーの本を三冊しか読んでない。読書欲の衰えにもほどがある。まぁ、衰えているのは読書欲だけに限らないんだけれど。あぁ、まったくやれやれだ。
 なにはともあれ、僕個人的にとっては半年ぶりとなるポアロの長編。
 ちなみにここからクリスティーはポアロものの量産体制に入ったらしく、このあと、あいだに短編集を一冊だけ挟んで、じつに九冊もポアロものがつづく。『オリエント急行』も含めれば十冊。この五年間は年二冊ずつポアロを書きつづけた計算になる。どういう心境の変化があったのか、ちょっと気になる。
 まぁ、なんにしろ個人的にひさびさのポアロ登場ということもあって、僕にはこの小説、とてもおもしろかった。
 とはいえ、ミステリとしてはものすごく地味だ。パーティーでの毒殺事件が二度つづくという話。それも最初のときは殺人とみなされずに終わり、二度目で初めて殺人事件と認識されるという展開。しかもまったく手がかりなし。ポアロも最初のパーティーにこそ招かれていたものの、終盤になるまで見せ場なし。
 『謎のクイン氏』の準主役──というか主役?──のサタースウェイト氏がなぜか再登場していたりして、おぉ、とは思うものの、とにかく、ミステリとしての道具仕立てが徹底的に地味で、いまどきこんなミステリ書いてたら、おそらく出版されないんじゃないかって話なんだった。
 ただ、そうはいっても、そこにはちゃんとミステリならではの謎がある。なんだかわけがわからない事件だからこそ、その真相が気になってページをめくる手がとまらなくなる。そういうミステリ独特の読む楽しさがある。下手に煽情的だったりしないところにミステリ黄金期ならではの品格も感じる。
 まぁ、弘法も筆の誤りというか、最後のほうになってクリスティーが不用意に書いたシーンのために、クライマックスを待たずに犯人とその動機がわかっちゃったりしたけれど、それでも最終的には真相を読み違えていた部分もあったし、なにより最後のポアロのひとことが最高に効いていて見事。
 要するにポアロの最後のひとこと、これを書きたいがための長編だったんじゃないかという気さえする。ほんと、地味ながらも馬鹿にできない良作。
(Feb 14, 2015)

遮断地区

ミネット・ウォルターズ/成川裕子・訳/東京創元社/Kindle版

遮断地区

 年末にKindleのバーゲンで半額になっていたので買ってみたイギリス女性作家の長編ミステリ。
 舞台はいびつな都市開発のせいで迷路のような壁に取り囲まれた貧民団地。そこで小児性愛者がらみの暴動が起こって死者が出て……と、冒頭でこれから起こる物語が事後の視点による簡素な文章であきらかにされ、さらには中年女性の落ちこぼれソーシャル・ワーカーと十代にして三人目のこどもを妊娠中のシングル・マザーとの険悪なやりとりがあったり、少女誘拐事件が巻き起こったりと、いきなり悲惨な要素のオンパレード。うわぁ、こりゃあまり好きになれそうにないなぁと思ったんだけれど。
 ところがどっこい。
 やはり起こる事件は悲惨で物騒なんだけれど、その事件に立ち向かってゆく主要キャラクターが思いのほか善良で勇敢なおかげで、とても楽しく読めた。内容の悲惨さからすると、この本のおもしろさ、読後感のよさは予想外。肌の色や年の差を超えて、事態を収拾しようと協力しあう人々の姿はとても感動的だ。
 まぁ、金もないのに十代で子供をふたりも抱えた女性でここまでしっかりした人がいるものかとか、刑務所あがりでこんなに気のいい男はいないんじゃないのとか思わないでもないけれど、でもこの小説の盛り上がりは登場人物たちの人的魅力に負うところが大きいので、そこをつっこんでもなという気がする。
 なにはともあれ、とてもおもしろかった。読むに従いどんどんおもしろくなるので、後半は一気呵成だった。一週間もかけず長編小説を読み終えたのって、なんかとてもひさしぶりだ。
(Feb 21, 2015)

はい、チーズ

カート・ヴォネガット/大森望・訳/河出書房新社

はい、チーズ

 この期におよんでまだヴォネガットの未発表作品が読めるとは思っていなかった。
 それも単なるデモ音源を集めたアウトテイク集のようなものではなく、なぜこれがこれまで未発表だったんだと驚いてしまうような粒ぞろいの短編ぞろい。戦争もの中心だった『追憶のハルマゲドン』よりもとっつきやすいし、ヴォネガット・ファンにとっては至福の一冊といっていいと思う。
 ―─といいつつも、まぁ、僕の場合、過去の短編集の収録作品を一編たりとも覚えていない愚鈍な読者なので、ありがたみも半減って気がする。
 収録作品でとくに印象的だったのは、不正がはびこる街で平凡な夫婦が窮地に立たさせるサスペンス・スリラー『エド・ルービーの会員制クラブ』と、カサノヴァ的ボーカル・トレーナーにふられた女性が意外な形で復讐をなしとげる『小さな水の一滴』。前者のハードボイルド系のストーリーはヴォネガットらしくなくて新鮮だったし、後者はアイディアが秀逸だと思った。
 この本につづいて、もう一冊未発表短編集が出るらしいので、それも楽しみに待ちたい。
 それしてもこの本の出版社が早川書房でないところに、あの会社の変節を見る気がして、僕はちょっと悲しい。
(Feb 25, 2015)