パーカー・パイン登場
アガサ・クリスティー/乾信一郎・訳/クリスティー文庫(Kindle版)
あなたは幸せ? でないならパーカー・パイン氏に相談を。
そんなうさんくさい新聞広告でひそかに有名なパーカー・パイン氏(いわば幸せ請負人?)がさまざまな依頼人の不幸な悩みを解決してみせる連作短編集。
ポアロやミス・マーブル、トミーやタペンスと違って、どうもこのパーカー・パインさんはこれが唯一の作品で、謎のクイン氏と同じように再登場の機会がなかったみたいなので、あまり出来は期待できないのだろうと思っていたら、意外や、そうではない。これがなかなかおもしろい。
不幸だ!ってやってくる依頼人をいかにしてパイン氏が幸せにしてみせるか。──そこんところでクリスティーが見せるだましのテクニック、ある種、いたずら心の表れのようなその解決方法の数々がとても楽しい。なにより人が殺されたりしないで、ミステリらしい謎だけはあるってこの趣向が最高じゃないでしょうか?
――と思って、途中までは大喜びで読んでいたのだけれど、残念ながら後半からは趣向が変わってしまう。
前半はパイン氏のオフィスに依頼人がやってきて、仕事の依頼があって……という、いわばシャーロック・ホームズ的、古典的探偵小説的な構造だったのに、後半の作品はパイン氏が中東旅行に出かけたその旅先でぐうぜん出くわす事件を解決してみせる、という趣向に変わってしまう。『火曜クラブ』もそうだったけれど、もしやクリスティーには連作短編集は前半と後半で二部構成にすべし、という方針でもあったんだろうか。
とにかく、そんな方向転換のため、後半はふつうのミステリっぽくなってしまって、おもしろさ何割減。なにより人が死なない──でもミステリならではの楽しさがある──って喜んでいた僕としては、後半では死人が出る展開になってしまったのが、なにより残念だった。
願わくば最後まで前半のパターンを踏襲して、一人も人が死なないまま、まる一冊を描き切ってくれていたら、どんなによかっただろうって。そうしたら、クリスティーの作品のなかでも特別な一冊になったかもしれないのにって。そう残念には思わないではいられなかった秀作。
(Feb 01, 2015)