明治波濤歌(山田風太郎明治小説全集九、十)
山田風太郎/ちくま文庫
明治時代に実在した偉人たちにまつわる架空の裏話を描いてみせた連作中編集。
一話ごとに別々の話で、それぞれにはこれといった関連性がないので、これを連作と呼ぶのがふさわしいのかどうかわからないけれど、どの話も史実をもとにしつつ、「その事件の裏ではじつはこんなことが起こっていた」というフィクション仕立てになっている点が共通している。
登場人物は、僕が名前を知っているところでいえば、榎本武揚、南方熊楠、北村透谷、樋口一葉、黒岩涙香、川路利良、川上音二郎と貞奴、野口英世といったところ。漱石や正岡子規がちょっと顔を見せたりもする。
欧州視察中の初代警視総監・川路利良らが巻き込まれる殺人事件を描く『巴里に雪のふるごとく』にはゴーギャンやヴェルレーヌも出てくる。パリを舞台にクライマックスで剣豪小説のような落ちをつける、そのミスマッチがおもしろい。
その次の『築地西洋軒』は森鴎外の『舞姫』のモデルとなったドイツ人女性エリスを主役に据えた作品だけれど、そのくせ鴎外の出番はほとんどなく、そのほかこれといった有名人も出てこない。そういう意味ではもっともフィクション度の高い一編。
この二編や『からゆき草紙』は、ある種のミステリといってもいいと思う。最初の『それからの咸臨丸』は時代劇色が強いし、明治時代を題材にしているところこそ共通しているものの、作風はそんなふうに作品によってまちまちだ(言い換えればバラエティ豊か)。
個人的にもっとも好きだったのは、樋口一葉を主人公にした『からゆき草紙』と川上音二郎夫妻と野口英世を絡めて描く『横浜オッペケペ』。この二編が物語的にもっともドラマチックでおもしろいと思った。本作のとりを飾る後者では、なにげない脇役だと思っていた人物が、最後の最後に意外な文豪だったことがわかる趣向もいい(その点、背表紙の作品紹介はネタバレで、いかがなものかと思う)。
なんにしろ、山田風太郎明治小説全集というシリーズ中、その「明治小説」という言葉からイメージする内容にもっともふさわしい一冊(いや二冊)ではないかと思います。
(Apr 05, 2015)