2015年8月の本

Index

  1. 『もの言えぬ証人』 アガサ・クリスティー

もの言えぬ証人

アガサ・クリスティー/加島祥造・訳/クリスティー文庫(Kinlde)

もの言えぬ証人 ハヤカワ文庫―クリスティー文庫

 僕はこの作品のタイトルをずっと勘違いしていた。表紙に犬の写真が使われているし、犬が出てくるのも覚えていたので、「殺人を犬が見ていた!」みたいな内容で、ポアロが犬の行動を分析して、犯人を割り出す話だと思い込んでいたら、ぜんぜん違った。犬、事件にあまり関係なし。
 物語は、とある老婦人が親族の誰かに命を狙われたのでは……と疑いを抱いて、ポアロに手紙を書くというまでの描写に冒頭の四章を費やし、その手紙をポアロが受け取る次の章で、書き手がいつものあの人であることがあきらかになる……という構成になっている。この構成にまず意外性がある。
 さらに意外なのは、ポアロがその手紙を受け取ったのは、手紙が書かれてから一ヶ月以上が経過してからで、その時点では依頼人がすでに故人となってしまっているという展開。で、これこそがこの作品の肝。
 事件の犯罪性を証言するはずの依頼人は、ポアロが登場した時点ですでにいなくなっている。つまりタイトルの『もの言えぬ証人』とは、依頼人のことだったわけだ。さらに最後まで読んでみると、もうひとり、その名にふさわしい人がいたのがわかるという。
 タイトルそれ自体が謎解きの一部であるとでもいった、この趣向にはなかなか感心しました。
(Aug 11, 2015)