スラップスティック
カート・ヴォネガット/浅倉久志・訳/早川書房/Kindle版
あらすじの説明のしにくさというのが、ヴォネガット作品の特徴のひとつだと思う。再読であるにもかかわらず、まったくといって内容を覚えていなかったこの作品。いざ読み終えても、僕には内容をどう説明していいのか、よくわからない。
小説の語り手は、とても特殊な境遇にあるアメリカ合衆国大統領。彼の任期中にある特殊な病気で人類の多くが死に絶えてしまい、彼はエンパイア・ステート・ビルの廃墟に住み着いて、アメリカ最後の大統領を名乗っている。
この人が特殊なのはそうした現状だけではない。生い立ちからして普通でない。ネアンデルタール人に先祖返りした身長二メートルの大男で、自分にそっくりな双子の姉がいるという設定。
このふたりはそれぞれに不足した資質を補い、ふたり揃うことで尋常ならざる知的天才と化すのだけれど、わけあって長いことその事実を隠していて、家族を含めたまわりの人間たちからは、知的障害者だと思われていた。
やがて真実をカミングアウトする日がきて、当然ごとくひと騒動あり、大人の事情でふたりは離れ離れにされてしまう……。
というような話が、文明が滅びた世界に生きる主人公の回顧談として語られてゆく。作品的には『猫のゆりかご』と『ガラパゴスの箱舟』の中間くらいにある感じ。
ただ、この作品にとって重要なのは、そうしたあらすじの部分よりもむしろ、主人公が大統領となって施行した政策──政府が国民全員にミドルネームを与え、同じミドルネームをもつ者どうしを家族とするというもの──にまつわる拡大家族という思想の部分なのだろう。「もう孤独じゃない!」というサブタイトルもついていることだし。
ただ、その拡大家族という発想に、僕はすんなりとは馴染めない。この作品に関しては、意外とそういう人が多いのではないかと愚考する。
いずれにせよ、主人公が大統領になる過程やその後の記述は、なんだかひどくあっさりとしている。おかげで重要なはずのその部分は印象が薄く、一方で規格外の双子をめぐってセレブな家族がまき起こす、グロテスクで滑稽な愛憎劇こそが際立っているという。
あえて言えば、そこがこの小説の欠点ではないかと思う。
(Sep 06, 2015)