職業としての小説家
村上春樹/スイッチ・パブリッシング
この本で僕がおもしろいと思ったのは、その表面的な印象と内容がみごとにミスマッチなところ。
表面的なところだけ見ると、この本は意外なことだらけだ。
まずは村上春樹という人がこういう本を出版しようと思ったのが最初の驚き。あまり自己顕示欲が強くなさそうなタイプなので、自分語りのようなものは生涯しないだろうと思っていたから、まさか自身の小説家としてのキャリアやなんやについて、一冊の本を書こうとは思わなかった。
しかもその本のタイトルが『職業としての小説家』とくる。あまりに実務的で、どこかの新書のタイトルみたいだ。これも村上春樹っぽくない。
さらには表紙に肖像写真が使われているのにもびっくり。出版社の意向によるものだそうだけれど、メディアへの露出を嫌う春樹氏がそれを了承したのが意外。しかも撮影したのは、荒木経惟氏だという(まぁ、さすがに世界のアラーキーの仕事で、やたらと渋くカッコよく映ってますが)。
最後に読み始めて、その文章がいつもの春樹氏のエッセイとは違う、講演風の「ですます」調であることにも驚くことになる。
そんな風にこの本の外観は村上春樹を知っている(と思っている僕のような)読者にとっては、意外性に満ちている。
しかし、意外なのはそこまで。
いざ読んでいると、そこに書かれている内容は、これまでの村上春樹のイメージをまったく損なわない。そうそう、春樹さんってこういう感じの人だよねぇって。最初から最後までそう思いながら読み進めることになる。
まぁ、外国の出版社への売り込みの話とか、当然本邦初公開って話もあるにはあるけれど、それにしたって、それ以外があまりに(僕が思っているところの)村上春樹という人の人柄そのままって内容なので、やはり全体的な印象としては、新鮮味は薄い。
作者本人も、みずからの作家業の総まとめみたいなものだから、あえて内容的に重複することも厭わないというようなことを書いているし。おかげで実際にあまり新作を読んだって気がしない。
たとえてみれば、見ず知らずのブロンドの白人美女が、じつは日本生まれの日本人でした、みたいな?
外見的には意外性たっぷりなのに、内容には非常に馴染みがあるという。そんなミスマッチが印象的な一冊。
(Feb 06, 2016)