『天地明察』の冲方丁による日本SF大賞受賞作。
僕はこの作品についてなにも知らず、第一巻の『1st Compression-圧縮』から始まる三部作だと思って、その本がKindleで安くなっていたので、試しに一冊と読んでみることにしたんだけれども。
いざ読んでみたら、これが三部作ではなく単一作品の三分冊の一冊目だったという。でも素晴らしくおもしろくて、いやおうなく三冊つづけて読まずにはいられなかった。
『天地明察』を読んだときには、時代小説にしては軽い印象を受けたけれど、この小説は反対にとても重厚。かつ意外とエログロ。とても同じ作家の作品とは思えない。僕はこの冲方丁という人の実力をあなどっていた。
いろいろとすごいこの小説だけれど、ファースト・インパクトは主人公のルーン・バロットがパトロンに殺されかけた未成年の娼婦だという設定。
彼女は彼女を殺そうとした男を別件で逮捕すべく追っている政府筋のドクターに命を救われ、全身に特殊な人工皮膚移植を受けたサイボーグとなる。その結果どんな電子機器をも自由に操れる特殊能力を身につけた彼女が、同様の実験で生み出された、あらゆる兵器に自由自在に変身できるネズミ──その名はウフコック──とともに、自らを殺そうとした男を追いつめてゆく──で、その前にターミネーターみたいな強敵が立ちふさがる──というのが主なあらすじ。
主人公は父親にレイプされた過去をもつ可憐な娼婦だわ、彼女をねらって体じゅうに他人の臓器を埋め込んだフリーキーな殺し屋集団は出てくるわと、第一巻からめちゃくちゃ設定が過激。アクションの描写も迫力満点で、読みごたえたっぷりだった。
でもこの小説がさらにすごいのは、序盤はそんなハードなアクションで惹きつけておきながら、中盤からはカジノを舞台にした濃厚な頭脳戦を描いてみせること。
スロットマシンにルーレット、ポーカー、そしてブラックジャック。冲方丁はSFだからこそ可能な裏技をもちいて、それらの勝負をこの上なく魅力的に描いてみせる。そこにはSFに興味がない人でもじゅうぶんに楽しめる、極上のエンターテイメントが用意されている。このパートのおもしろさは圧巻。
クライマックスではふたたびアクションに立ち返るけれど、それでもこの中盤のカジノ・シーンのおもしろさこそがこの小説の魅力を倍増していると思う。
あと、この小説で感心したのが、エロティシズムとの距離のとりかた。
主人公が娼婦という設定なので、当然セックスに関する言及なしでは済まないわけだけれど、そういうエロの部分はあくまで遠巻きな記述にとどめていて、直接描写はまったくなし。そのかわり主人公の少女は、戦闘服に着替える──というか、ボディスーツに変身したウフコックに全身を包まれる──シーンなどで、何度もヌードになる。
彼女は全身に特殊な人工皮膚の移植を受けることで命を救われ、なおかつその皮膚を通じてあらゆる電子機器を操れるという設定なので、全裸になるシーンにも、わざわざ裸になるだけの説得力がある。そんな少女のヌード・シーンには、手塚治虫の諸作やキューティー・ハニー等に通じる、とても懐かしいエロティシズムがあった。
考えてみれば、そもそも主人公が科学者に改造されてサイボーグになるっていう設定自体が仮面ライダーと同じなわけで。この小説には、そんな風に日本のマンガやアニメの伝統にのっとった、古典的なプロットがたくさん盛り込まれている。
まぁ、影響うんぬんを語るならば、日本に限った話ではなくて、作風自体がサイバーパンクの始祖、ウィリアム・ギブソンの影響を受けているらしいのだけれど、その辺の知識がとぼしい僕にはなんともいえない。少なくても僕はこの作品から、自分が幼少のころより親しんだ日本のSFマンガの伝統を継承している印象を受けた。
いやぁ、なんにしろ素晴らしい作品でした。SFというジャンルに対する愛着が薄いせいか、不思議と続編には興味が湧かないのだけれど、この作品にかぎっていえば、この先ふたたび読み返したくなりそうな気がする。
(May 02, 2016)